潮騒が揺らぐその間で 八話
文字数 1,741文字
ミチカは、朝方になって微睡むことが出来た。目覚めると数時間しか経っていなかった。
バイトの始まる時間には早かったが、店に向かった。独りで準備を始めていたミナが、綺麗な笑顔で歓迎した。
「あら、早いね。でも、助かるわ。」
ミチカは、店の手伝いに勤しんだ。動いている方が、気持ちが紛れた。
一段落終えると、ミナは冷たい飲み物を勧めた。
「ねぇ。ナミって、最近何かあった?」
「えっ……。」
ミチカは、尋ねられ改めてナミのことが何も見えていないのに気付いた。
「……すみません。花火の約束、すっぽかしたからだと思います。」
「うん、そうじゃなくて。……どうしてかな、迷っているのよ。」
ミナは、昔から時々謎掛けのような話し方をした。ミチカも、人を引き付ける口調に魅かれた一人だった。
「ナミって、決断が速いでしょう。そして、不思議にベストな選択をしているし。」
ミチカもナミの言葉と行動の正しさは認めていた。
「でも、ナミは、一生懸命の不器用じゃない。」
母親代わりのミナは、妹の面倒見がよかった。ミナから見てもナミの様子が普段と違うことを知らせる言葉は重かった。ミチカが迷い考えていると、ミナが優しく言った。
「これ、貰い物だから。気分転換にナミを誘ってくれる。」
ミナから舞台のチケットを渡された。その演目は、夏休み前にナミが独り騒いで憧れていた舞台だった。ミチカの名前も使って抽選の申し込みをした。
──ああぁ……、最悪っ。予約とれなかったじゃない。
ナミの失意の声が、ミチカの心に残っていた。
──あんたが、悪いのよ。最低だし。
──いつも、俺だな。
──そうでしょう。
ミチカは、ナミの八つ当たりを受け流した。ナミの落胆を見ると舞台に興味がなかったが、同行できる思いは持っていた。
花火のことを考えればナミに償う気持ちはあった。
「感謝します。」
「もぅ……、君も真面目ね。」
ミナが楽しそうな笑い声を上げた。
「夫も言っているよ。君は、御父さんに激似だって。」
ミナの夫は、父親と遊び友達だった。ミチカは、病死した母親との微かな思い出の向こうにある父親の若い姿を見たように思えた。少し照れ臭かった。
「どうしようもない、遺伝です。」
「違うでしょう。好い遺伝だから。」
ミナが、優しく叱った。
バイトの帰り道、ナミに連絡を入れたが繋がらなった。メッセージを残した。
サナとマリサに出逢ってからのミチカは、バイト以外の時間を岬の別荘に通った。会話を楽しみ真夜中になる日が続いた。
話の流れで、サナが写真家として活動しているのを知った。学生の頃に海外で撮影したプライベートな写真を観る機会もえ得た。風景写真の中に必ず人物が入っていた。
「わたしは、人ありきだから。」
サナは、飾ることなく作風を語った。初めて知り合いになった写真家の考えが面白く感じた。
ミチカとマリサの二人が先に帰った月夜の後、マリサは必要以上にサナに寄り添って離れなかった。子供のようなマリサを苦笑しながらも適当にあしらうサナは、余裕がある大人だった。
サナの傍らで静かに甘えて過ごすマリサをミチカは、密かに思慕した。逢う度に魅かれていく気持ちが深まるのを隠して。マリサの近くでいるだけで充分だった。
ミチカは、切ない恋心の昂りで眠れずに明け方近くまで過ごすこともあった。
或る夜、サナに頼まれて深夜営業のスーパーに同乗した。車中でサナの言葉にミチカは、不意を突かれた。
「マリサは、好い娘でしょう。そう思う?」
ミチカは、考え過ぎて言葉が見つからなかった。
「素直で献身的で優しいのよ。でもね、あの娘は拗ねるんだ。大人になれない寂しがりやね。あの手の女子は、難しいのよ。知っていた?」
あれはサナの自慢だったのだろうか。忠告のようにも思えた。少し後になってミチカは、言葉に秘めた意味の重さに溜息をつくのだった。
ミチカは、素直な意見を返した。
「不思議な感覚を持っている女子ですね。」
「えっ……、なによ。君って、エモーショナル男子だった?」
意外だったのかサナは、ハンドルを操りながら本気で笑った。
「あの娘はね。予言ができるのよ。」
「……嘘ですよね。」
今度は、ミチカが苦笑いを堪えて戸惑う番だった。
バイトの始まる時間には早かったが、店に向かった。独りで準備を始めていたミナが、綺麗な笑顔で歓迎した。
「あら、早いね。でも、助かるわ。」
ミチカは、店の手伝いに勤しんだ。動いている方が、気持ちが紛れた。
一段落終えると、ミナは冷たい飲み物を勧めた。
「ねぇ。ナミって、最近何かあった?」
「えっ……。」
ミチカは、尋ねられ改めてナミのことが何も見えていないのに気付いた。
「……すみません。花火の約束、すっぽかしたからだと思います。」
「うん、そうじゃなくて。……どうしてかな、迷っているのよ。」
ミナは、昔から時々謎掛けのような話し方をした。ミチカも、人を引き付ける口調に魅かれた一人だった。
「ナミって、決断が速いでしょう。そして、不思議にベストな選択をしているし。」
ミチカもナミの言葉と行動の正しさは認めていた。
「でも、ナミは、一生懸命の不器用じゃない。」
母親代わりのミナは、妹の面倒見がよかった。ミナから見てもナミの様子が普段と違うことを知らせる言葉は重かった。ミチカが迷い考えていると、ミナが優しく言った。
「これ、貰い物だから。気分転換にナミを誘ってくれる。」
ミナから舞台のチケットを渡された。その演目は、夏休み前にナミが独り騒いで憧れていた舞台だった。ミチカの名前も使って抽選の申し込みをした。
──ああぁ……、最悪っ。予約とれなかったじゃない。
ナミの失意の声が、ミチカの心に残っていた。
──あんたが、悪いのよ。最低だし。
──いつも、俺だな。
──そうでしょう。
ミチカは、ナミの八つ当たりを受け流した。ナミの落胆を見ると舞台に興味がなかったが、同行できる思いは持っていた。
花火のことを考えればナミに償う気持ちはあった。
「感謝します。」
「もぅ……、君も真面目ね。」
ミナが楽しそうな笑い声を上げた。
「夫も言っているよ。君は、御父さんに激似だって。」
ミナの夫は、父親と遊び友達だった。ミチカは、病死した母親との微かな思い出の向こうにある父親の若い姿を見たように思えた。少し照れ臭かった。
「どうしようもない、遺伝です。」
「違うでしょう。好い遺伝だから。」
ミナが、優しく叱った。
バイトの帰り道、ナミに連絡を入れたが繋がらなった。メッセージを残した。
サナとマリサに出逢ってからのミチカは、バイト以外の時間を岬の別荘に通った。会話を楽しみ真夜中になる日が続いた。
話の流れで、サナが写真家として活動しているのを知った。学生の頃に海外で撮影したプライベートな写真を観る機会もえ得た。風景写真の中に必ず人物が入っていた。
「わたしは、人ありきだから。」
サナは、飾ることなく作風を語った。初めて知り合いになった写真家の考えが面白く感じた。
ミチカとマリサの二人が先に帰った月夜の後、マリサは必要以上にサナに寄り添って離れなかった。子供のようなマリサを苦笑しながらも適当にあしらうサナは、余裕がある大人だった。
サナの傍らで静かに甘えて過ごすマリサをミチカは、密かに思慕した。逢う度に魅かれていく気持ちが深まるのを隠して。マリサの近くでいるだけで充分だった。
ミチカは、切ない恋心の昂りで眠れずに明け方近くまで過ごすこともあった。
或る夜、サナに頼まれて深夜営業のスーパーに同乗した。車中でサナの言葉にミチカは、不意を突かれた。
「マリサは、好い娘でしょう。そう思う?」
ミチカは、考え過ぎて言葉が見つからなかった。
「素直で献身的で優しいのよ。でもね、あの娘は拗ねるんだ。大人になれない寂しがりやね。あの手の女子は、難しいのよ。知っていた?」
あれはサナの自慢だったのだろうか。忠告のようにも思えた。少し後になってミチカは、言葉に秘めた意味の重さに溜息をつくのだった。
ミチカは、素直な意見を返した。
「不思議な感覚を持っている女子ですね。」
「えっ……、なによ。君って、エモーショナル男子だった?」
意外だったのかサナは、ハンドルを操りながら本気で笑った。
「あの娘はね。予言ができるのよ。」
「……嘘ですよね。」
今度は、ミチカが苦笑いを堪えて戸惑う番だった。