第46話
文字数 1,544文字
羽良野先生も、木枠から鉈のような形状の刃物を振り回しながら、躍り出た。村田先生の後に続き。四部木さんと三部木さんを追い回す。
あばら家は、突然猟奇的な空間へと変貌した。
当然、四部木さんも三部木さんも死なない。
バン!
村田先生の散弾銃を浴びても、二人は逃げおおせ。腐臭漂う。濁った空気のあばら家から、やっとのことで外へ停めてある車に二人して体をねじ込んでいた。
でも、村の人は別だった。
「ほれほれ。ほれほれ」
三部木さんたちが車で逃げ出しても、村の人は羽良野先生と村田先生へと近づいて鍬を振り下ろした。
酷い形相の羽良野先生が狂気に任せて刃物を振り回している。
村田先生の散弾銃が何度目かの火を吹いても村の人は死ななかった。
それを、ぼくはじっと、見守っていた。
また、縛られたままで悲しい歌を歌っていた。
鉈と散弾銃で村の人がバラバラにされ、ぼくは羽良野先生に縄をほどいてもらった。
「歩君。田中一家や村の人たちが大勢来てしまうわ。もうすぐに燃やすしかないの。だから、燃やしてしまう前に、この村の秘密を話すわね。……この子にすべて話すわ。村田先生は外を見張ってて」
羽良野先生は学校の先生とは、程遠い醜く恐ろしい形相の中に慈愛が滲んだ目をしていた。そして、ぼくを見つめる。
ぼくは遥か昔の学校の授業を思い出していた。
「1883年の飢饉で、その時はもともと貧困のお百姓さんたちが餓死していたの。徳川幕府は市中にたくさん御救小屋を設置したのだけど、救いを求めている人たちは70万人もいた。百姓一揆や打ちこわしとかまだ歩君は知らないことを、その当時の人たちはしていたの。でも、毎日100人から200人の餓死者がでたわ」
いつもの学校の先生だ。
羽良野先生?
「でもね。まったく餓死者がでなかった場所があるの……」
ぼくは、また悲しい歌を歌った。
心の中で……。
そう。その答えはもう知っている。
「そう、この街です」
「羽良野先生? 村の人は200年近く生きていたの?」
羽良野先生は、頷き。そして、首を振った。
「彼らは生きていないところもあるの。呪い? いえ、自然よ……。永久腐敗。それが彼らの身に起こったことだった。それがこの世のものとは思えない悲劇を産んでいるの。そう、私もそうなの……彼らと同じ……人を食べないといけない体なの……」
「え?」
羽良野先生は醜い顔のまま。小さな女の子のように泣き出した。
「ごめんね……。ごめんね……。歩君……」
ぼくはそんな羽良野先生に何も言えなかった。
羽良野先生も悲しい人だった。
不死の人たちはみんな悲しい。
「私も同じなの……人を食べないと生きていけないの……生きていけないの……」
羽良野先生は泣き崩れ、同じ言葉を繰り返し繰り返していた。
幾つものあばら家にガソリンを撒いた。
村全体のガソリンの揮発性で鼻がどうにかなるくらいだった。もう、暑い昼が過ぎ。夕暮れの時間になっていた。羽良野先生は涙を流しながらライターを取り出した。
「もう終わりにしないと……」
「これで最後よ……」
「お父さん。お母さん。おじいちゃん……ごめんね……」
そんなとりとめのないことをこぼしながら羽良野先生は、村の端の一軒のあばら家に火を放った。
村田先生が急に散弾銃を撃ちながら叫んだ。
「早く! 村の人たちが起きてしまった! 農耕車から子供たちを助けたい!」
「待って! 羽良野先生。どんなに悲しくても……命は粗末にしたらいけないって、おじいちゃんが言っていたんだ!」
しばらく、羽良野先生はぼくの言葉が耳に入っていないかのように、次々とあばら家付近の藁に火を点けていった。
火炎が村を襲う。
地獄の業火のような火炎だった。
その炎はバラバラの子供たちごと村中を包みこんでいく。
あばら家は、突然猟奇的な空間へと変貌した。
当然、四部木さんも三部木さんも死なない。
バン!
村田先生の散弾銃を浴びても、二人は逃げおおせ。腐臭漂う。濁った空気のあばら家から、やっとのことで外へ停めてある車に二人して体をねじ込んでいた。
でも、村の人は別だった。
「ほれほれ。ほれほれ」
三部木さんたちが車で逃げ出しても、村の人は羽良野先生と村田先生へと近づいて鍬を振り下ろした。
酷い形相の羽良野先生が狂気に任せて刃物を振り回している。
村田先生の散弾銃が何度目かの火を吹いても村の人は死ななかった。
それを、ぼくはじっと、見守っていた。
また、縛られたままで悲しい歌を歌っていた。
鉈と散弾銃で村の人がバラバラにされ、ぼくは羽良野先生に縄をほどいてもらった。
「歩君。田中一家や村の人たちが大勢来てしまうわ。もうすぐに燃やすしかないの。だから、燃やしてしまう前に、この村の秘密を話すわね。……この子にすべて話すわ。村田先生は外を見張ってて」
羽良野先生は学校の先生とは、程遠い醜く恐ろしい形相の中に慈愛が滲んだ目をしていた。そして、ぼくを見つめる。
ぼくは遥か昔の学校の授業を思い出していた。
「1883年の飢饉で、その時はもともと貧困のお百姓さんたちが餓死していたの。徳川幕府は市中にたくさん御救小屋を設置したのだけど、救いを求めている人たちは70万人もいた。百姓一揆や打ちこわしとかまだ歩君は知らないことを、その当時の人たちはしていたの。でも、毎日100人から200人の餓死者がでたわ」
いつもの学校の先生だ。
羽良野先生?
「でもね。まったく餓死者がでなかった場所があるの……」
ぼくは、また悲しい歌を歌った。
心の中で……。
そう。その答えはもう知っている。
「そう、この街です」
「羽良野先生? 村の人は200年近く生きていたの?」
羽良野先生は、頷き。そして、首を振った。
「彼らは生きていないところもあるの。呪い? いえ、自然よ……。永久腐敗。それが彼らの身に起こったことだった。それがこの世のものとは思えない悲劇を産んでいるの。そう、私もそうなの……彼らと同じ……人を食べないといけない体なの……」
「え?」
羽良野先生は醜い顔のまま。小さな女の子のように泣き出した。
「ごめんね……。ごめんね……。歩君……」
ぼくはそんな羽良野先生に何も言えなかった。
羽良野先生も悲しい人だった。
不死の人たちはみんな悲しい。
「私も同じなの……人を食べないと生きていけないの……生きていけないの……」
羽良野先生は泣き崩れ、同じ言葉を繰り返し繰り返していた。
幾つものあばら家にガソリンを撒いた。
村全体のガソリンの揮発性で鼻がどうにかなるくらいだった。もう、暑い昼が過ぎ。夕暮れの時間になっていた。羽良野先生は涙を流しながらライターを取り出した。
「もう終わりにしないと……」
「これで最後よ……」
「お父さん。お母さん。おじいちゃん……ごめんね……」
そんなとりとめのないことをこぼしながら羽良野先生は、村の端の一軒のあばら家に火を放った。
村田先生が急に散弾銃を撃ちながら叫んだ。
「早く! 村の人たちが起きてしまった! 農耕車から子供たちを助けたい!」
「待って! 羽良野先生。どんなに悲しくても……命は粗末にしたらいけないって、おじいちゃんが言っていたんだ!」
しばらく、羽良野先生はぼくの言葉が耳に入っていないかのように、次々とあばら家付近の藁に火を点けていった。
火炎が村を襲う。
地獄の業火のような火炎だった。
その炎はバラバラの子供たちごと村中を包みこんでいく。