第8話 小さな事件
文字数 1,943文字
電話の後、内田は僕を家まで送った。パトカーではなくて、歩いていた。
終始無言だけれど、何かの圧力を感じて僕も俯き加減で押し黙っていた。
御三増駅から自宅までは歩いて20分はする。その間は僕は永遠とも思える時間の中で四方八方に向かいたがる気持ちを我慢していた。
最初に玄関に現れたのは母さんだった。
驚いている顔の母さんは、僕の顔を覗いては、どうしたのと何回も聞いてきた。
内田はカエルのような顔で、母さんに事情を説明して、今後このようなことがないようにと、念を押していた。
おじいちゃんは、玄関から僕のところへと駆けて来ては、頭を撫でて何も心配しなくていいからねと言っている。
僕は訳も分からずに顔をやかんのように熱くしていた。
「とにかく、裏の畑に行こうよ。お巡りさん」
僕は間違っていない。
内田の手と母さんの手を引っ張って、半ば強引におじいちゃんも連れて行った。
空には暗雲が覆い被さり、雨は概ね止んでいたが、時折パラパラと降り出すような空模様だった。薄暗い裏の畑への砂利の小道を僕はみんなを連れて行った。
畑は不気味に薄暗く。
内田の顔も少しだけ青白いものが浮き出ていた。
「こんなところで、バラバラ殺人事件っていうのも変な話だな」
おじいちゃんは意地悪そうに見える顔を引きつらせた。これからのことに少し緊張しているのかもしれない。
「まあ、子供の言うことですから」
内田は普通に胸ポケットからペンライトを取出し、僕の指差す杉林の覆う大根や人参の場所を照らしながら掘り返した。
現れたのは、人形の手足だった。泥のついた人形の手足だけが次から次へと現れ、内田は首を傾げていた。人形の手足には赤黒い何かがそれぞれ付着している。
「こんなところに、誰が人形なんて埋めたんでしょうね? 私、怖いわ。何だか気持ち悪くなるわ」
丸っこい母さんがおじいちゃんに寄り添って肩を摩った。
「うーん。歩が間違えたのも頷けるね……。誰かが……子供だといいけれど、悪戯をしたのかな? でも、確かに不気味なことだよね。俺の人生でもこんな奇妙なことは一度だって起きなかったんだよ」
緊張していたおじいちゃんも、たまらず畑から出てくる人形を両手で掘り出していた。
「うーん。確かに不気味ですね。けれども、子供の悪戯ならば、事件性はないでしょうな。でも、誰がこれだけの精工な人形の手足を畑に埋めたんだろう。これじゃあ、野菜は育ちにくいでしょうな」
内田は片手にペンライトを持って、片手で土を掘っていた。次から次へと出てくる人形の手足に辟易しているようだ。
「まあ、雨も本降りになると困るので、今日はこのへんで」
内田は額の汗を拭いながら、泥だらけになった片手を僕の家で洗いに行った。
僕は無数にある人形の手足の中に、一つだけ動いている足があるのに気が付いた。けれども、僕は何も言わなかった。言う気がしなかった。
「まあ。事件というわけでは……」
あれから、しばらくたって、父さんが帰ってきた。キッチンで大人に混じって僕は思考を巡らす。内田は首を捻りたい気持ちを極力我慢しているようだった。
カエルに似た顔は不可解な出来事に直面して、今では目玉が大きく開いて、まるで窒息しそうなカエルの顔がそのまま大きくなったように見えた。
「歩。いつ頃、見つけたんだい? 人形の手足なんかを裏の畑に埋める人がいるなんて? 一体、誰だか解らないけど、あそこはこの近辺に住んでいる人達の。大事な誰の土地でもない。自由な野菜作りができる場所なのに……。どうして、こんなことをするんだろう?僕は怒りたい気持ちでいっぱいだよ」
父さんは母さんが人数分淹れたお茶を啜りながら、小さい事件の犯人に憤慨していた。
「そうね。でも、子供の仕業なら、誰の家の子かしら? この近辺って子供が多いでしょ」
「確かに子供と年寄りだけだね。佐々木さんや藤堂さんに篠原さん。大久保さん、田中さん……きりがないね」
おじいちゃんは、猿のような顔の皺を増やして俯き加減だ。
「誰の悪戯か知らないけれど、犯人の子を見つけてください」
母さんは内田にお茶を注ぎながら自然に懇願していた。
僕はみんなの会話に参加せずにキッチンのテーブルで、子供の生きたバラバラの部分は時間が経つと、人形になるのだろうかとも考えていた。
もしそうなら、昨日の朝に埋められていたのであれば、合点がいく。
でも、そんなことがあるのだろうか?
子供たちの切断面は赤黒く、血が固まっていた。それに、人形には胴体と顔がなかった。
それでは、子供たちの生きているけれどバラバラの部位を、掘り出してから人形の手足を埋めたのだろうか?
終始無言だけれど、何かの圧力を感じて僕も俯き加減で押し黙っていた。
御三増駅から自宅までは歩いて20分はする。その間は僕は永遠とも思える時間の中で四方八方に向かいたがる気持ちを我慢していた。
最初に玄関に現れたのは母さんだった。
驚いている顔の母さんは、僕の顔を覗いては、どうしたのと何回も聞いてきた。
内田はカエルのような顔で、母さんに事情を説明して、今後このようなことがないようにと、念を押していた。
おじいちゃんは、玄関から僕のところへと駆けて来ては、頭を撫でて何も心配しなくていいからねと言っている。
僕は訳も分からずに顔をやかんのように熱くしていた。
「とにかく、裏の畑に行こうよ。お巡りさん」
僕は間違っていない。
内田の手と母さんの手を引っ張って、半ば強引におじいちゃんも連れて行った。
空には暗雲が覆い被さり、雨は概ね止んでいたが、時折パラパラと降り出すような空模様だった。薄暗い裏の畑への砂利の小道を僕はみんなを連れて行った。
畑は不気味に薄暗く。
内田の顔も少しだけ青白いものが浮き出ていた。
「こんなところで、バラバラ殺人事件っていうのも変な話だな」
おじいちゃんは意地悪そうに見える顔を引きつらせた。これからのことに少し緊張しているのかもしれない。
「まあ、子供の言うことですから」
内田は普通に胸ポケットからペンライトを取出し、僕の指差す杉林の覆う大根や人参の場所を照らしながら掘り返した。
現れたのは、人形の手足だった。泥のついた人形の手足だけが次から次へと現れ、内田は首を傾げていた。人形の手足には赤黒い何かがそれぞれ付着している。
「こんなところに、誰が人形なんて埋めたんでしょうね? 私、怖いわ。何だか気持ち悪くなるわ」
丸っこい母さんがおじいちゃんに寄り添って肩を摩った。
「うーん。歩が間違えたのも頷けるね……。誰かが……子供だといいけれど、悪戯をしたのかな? でも、確かに不気味なことだよね。俺の人生でもこんな奇妙なことは一度だって起きなかったんだよ」
緊張していたおじいちゃんも、たまらず畑から出てくる人形を両手で掘り出していた。
「うーん。確かに不気味ですね。けれども、子供の悪戯ならば、事件性はないでしょうな。でも、誰がこれだけの精工な人形の手足を畑に埋めたんだろう。これじゃあ、野菜は育ちにくいでしょうな」
内田は片手にペンライトを持って、片手で土を掘っていた。次から次へと出てくる人形の手足に辟易しているようだ。
「まあ、雨も本降りになると困るので、今日はこのへんで」
内田は額の汗を拭いながら、泥だらけになった片手を僕の家で洗いに行った。
僕は無数にある人形の手足の中に、一つだけ動いている足があるのに気が付いた。けれども、僕は何も言わなかった。言う気がしなかった。
「まあ。事件というわけでは……」
あれから、しばらくたって、父さんが帰ってきた。キッチンで大人に混じって僕は思考を巡らす。内田は首を捻りたい気持ちを極力我慢しているようだった。
カエルに似た顔は不可解な出来事に直面して、今では目玉が大きく開いて、まるで窒息しそうなカエルの顔がそのまま大きくなったように見えた。
「歩。いつ頃、見つけたんだい? 人形の手足なんかを裏の畑に埋める人がいるなんて? 一体、誰だか解らないけど、あそこはこの近辺に住んでいる人達の。大事な誰の土地でもない。自由な野菜作りができる場所なのに……。どうして、こんなことをするんだろう?僕は怒りたい気持ちでいっぱいだよ」
父さんは母さんが人数分淹れたお茶を啜りながら、小さい事件の犯人に憤慨していた。
「そうね。でも、子供の仕業なら、誰の家の子かしら? この近辺って子供が多いでしょ」
「確かに子供と年寄りだけだね。佐々木さんや藤堂さんに篠原さん。大久保さん、田中さん……きりがないね」
おじいちゃんは、猿のような顔の皺を増やして俯き加減だ。
「誰の悪戯か知らないけれど、犯人の子を見つけてください」
母さんは内田にお茶を注ぎながら自然に懇願していた。
僕はみんなの会話に参加せずにキッチンのテーブルで、子供の生きたバラバラの部分は時間が経つと、人形になるのだろうかとも考えていた。
もしそうなら、昨日の朝に埋められていたのであれば、合点がいく。
でも、そんなことがあるのだろうか?
子供たちの切断面は赤黒く、血が固まっていた。それに、人形には胴体と顔がなかった。
それでは、子供たちの生きているけれどバラバラの部位を、掘り出してから人形の手足を埋めたのだろうか?