第48話
文字数 3,430文字
車は住宅街の入り組んだ細道を軽快に走行していた。
血生臭いぼくたちを乗せて。
車窓からは、日の光を浴びる黒い街が佇んでいる。街の住人がいつの間にか生活の音を立てて、それぞれの出方で、それぞれの場所へと向かいだした。
ここには生活があるんだ。
黒く。残酷だけれども。いつもの生活があるんだ。
「君をおうちへ帰さないといけないな」
「もう。村田先生はー。当たり前でしょ」
運転している看護婦長と助手席に座った村田先生は、世間話のように話していた。村田先生も不死なんだ。時折、血を少量吐いては咳き込んでいた。
ぼくは、そんな二人のことを気にせずに、この事件の真相のことを考えていた。
だって、三部木さんたちが気になるんだ。
死んでいる人たちが、動きだすととても恐ろしい。
なんでって、何をするかまったくわからないんだ。
広い道路へとでた。
通行人がボロボロになったぼくたちを、車窓から珍しそうに覗き込んでいるような錯覚を感じた。
黒い人たち。
きっと、幾人かは不死な人もいるはずなのだ。
「おうちに帰ったら、まずはみんなに話しなさいね。こんなことだもの無理にとはいわないわ。きっと、君のお父さんもお母さんも寝ていたから、何が起きたのかはわからないはずなんだから」
看護婦長が聞こえやすい軽い声を発している。
ぼくは思考を中断して、聞いてみた。
そういえば、ぼくは今まで一人だった。
けれど、死人だけれど羽良野先生やこの人たちがいるんだ。
「ぼくも死んでいるの?」
村からだいぶ離れてきた。
ただ、闇雲に考えていると、小さな疑問が口からでて来た。
「……そう。もうすでに……あ、そうそう。何日か前の私の診療所からだね。あの日からきみは死んでいるんだ。羽良野先生の鉈には、もともと高濃度の農薬とオニワライダケ……が塗ってあるんだ……子供を捕らえるためにね」
村田先生のテープレコーダーは悲しく鳴った。
「羽良野先生や村田先生。三部木さんたちは、村の人たちとは違うの?」
「そうなんだ。羽良野先生や私たち普通に見える大人たちは、彼ら村の人たちの子供だったんだ。でも……死んでいるんだね。死人が死人を産む。不思議だね」
ぼくも村田先生も体が死んでいた。
傷ついて、裂けて、破損して……。
目の前の駅を通り過ぎた。
よく見ると、利六町の駅だった。
見慣れた景色にホッとしてきた。
利六町も御三増町も死者の街なのかな?
境界線? なんて適当に引っ張ればいいんだ。
でも、疑問が一つあって、死んでいる人か生きている人かまるっきりわからない。
ぼくの家のおじいちゃんや幸助おじさんや、亜由美。父さんに母さんは死人ではない気がする。けれど、この街には死者が溢れているのも事実だ。
そういば、三部木さんや四部木さんたちの家は知らない。
母さんに聞けばわかるはずだけど……。
車窓越しからことり幼稚園が見えてきた。子供たちははしゃいでは、元気に走り回っていた。
今のぼくには、どこか遠い存在だった。
何故かって? ぼくは死んでいる。けど、彼らは生きているんだ。
「もう少しかかるからね」
村田先生の優しいテープレコーダーの声が聞こえ。ぼくは考えを口にした。
「ねえ、村田先生。この街で死者は何人いるの?」
村田先生はまた少し咳き込み。
「数え切れないほど……。昔の人たちが今も生きているんだ。ああ……死んでいるんだけどね」
「じゃあ、子供たちを毎日食べているの?」
ぼくは、また悲しい歌を歌おうとしたけど、止めた。だって、もうおしまいだ。街の真相は、多分、全員が犯人だ。例外? そんな人たちもいるにはいるかも知れないけど、あまり意味がないんじゃないかな?
「うーん……。夏だけさ。私自身も子供を食べていた頃があったから。よく知っているんだ。……農薬とオニワライタケの成分からなる薬を処方していたのは私だったのさ。せめて痛みを取り除いてやったんだ。仮死状態にしてね。子供たちのためとはいえ……死ぬほどつらいけどね」
「ふーん」
いつの間にか、ぼくは悲しい歌を歌うのを止め。滅びの詩を歌っていた……。
稲荷山小学校が見えてきた。
もうすぐ家だ。
久しぶりにおじいちゃんに、幸助おじさんに、亜由美に会える。
ぼくは死んでしまったけど、なんだか元に戻ったみたいだ。
車が裏の畑の砂利道に停車し、ドアを開けると、むっとくる真夏は今では涼しい風を送っていた。
ドアを開けると同時に家の玄関が開いた。
おじいちゃんだ。
幸助おじさんもいる。
こちらに、向かって血相変えて走って来た。
車の窓からぼくたちのボロボロの姿を見ると、二人とも皺がより一層増えた顔になった。
おじいちゃんは泣きながら、
「どうして……」
おじいちゃんの言葉は、それだった。
何に対してなのかは、ぼくにはわからない。
目も前のことが信じられないのかな?
あるいは、不死を知っているのかな……?
この街のことも……。
「この街から出た方がいい……」
幸助おじさんが腰に差している真剣なのかな? にすっと手を置いて辺りを自然に見回していた。
「早くこの街から出るんだ」
村田先生もテープレコーダーのような声を鳴らす。
「父さんと母さんは?」
「無事だ。危ないから私が家にしばらくいるから。家の中では、窓には近づかない。そう、約束してくれないか」
幸助おじさんの溝の深い顔から出た言葉。
凄く硬くて、心が切り込まれた感じだった。
おじいちゃんは、今まで深く考え事をしていたかのような。深い皺を寄せた顔をして泣いていた。
玄関先には、幸助おじさんのための刀箱が開いていて、おじいちゃんがタオルを持って来てくれた。
キッチンでぼくは体を拭いてもらった。
「何も言わなくていいからね」
おじいちゃんはいつものように優しかった。
傷ついた僕の体を白いタオルで撫でるように拭きながら、耳元で囁いていた。
ところどころから、穴が開いて血も流れている。
そんなぼくにおじいちゃんは、目を瞬かせた。もう、泣いても泣いても仕方ないんじゃないかな。
やっぱり、おじいちゃんは知っているんだ。
この黒い街のことを……。
村田先生たちが車で帰る音と同時に、幸助おじさんが玄関先に仁王立ちした。何かしら? 幸助おじさんの背中からオーラのようなものが発せられていた。
殺気っていうのかな?
確か幸助おじさんは、隣町の道場で師範をする前に、あちこちで武者修行をしていた。その時に免許皆伝という何かを貰ったと、遥か昔に聞いていたんだった。
二部木さんや三部木さん。四部木さんに五部木さんと六部木さん。後は、一番初めに生まれた一部木? さんもきっと、今頃は何かよくないことを考えているはず。三部木さんたちの両親はどうなのだろう?
こんな時だから幸助おじさんがいてくれて良かった。
「おじいちゃん。亜由美は?」
おじいちゃんは首を傾げて、
「はて、昼間から。二階に上がったまま降りてこないな」
「え!?」
ぼくは嫌な予感を覚えて、二階へ駆けていく。幸助おじさんも物凄い無駄のない動作でぼくの後を追った。
亜由美の部屋のドアを勢いよく開けると、机で本を読んでいた亜由美がこちらを睨んだ。
ぼくはホッとして、亜由美に謝った。
事件は街全体っていうけど、何が起きるのかとんとわからない。
幸助おじさんが、ホッと安心の息を吐いて一階に降りて行った。
ぼくはこの時に、すごく大事なことを思い出した。今までの悪夢のせいでよく覚えていなかったけれど、急に浮上してくる疑問がある。
それは遥か昔の疑問だけど、数日前なんだね。
「亜由美。数日前に裏の畑で、ぼくたちが遊んでいた時。誰かぼくたちをずっと見てなかった? 何か見ていたら教えてほしいんだ。ほんの小さいことでもいいんだ」
亜由美はめんどくさそうに、本を置いて、白いルーズリーフの紙を取り出した。
そのルーズリーフにサラサラと書き出した。
ぼくは勢いでルーズリーフを覗くと、綺麗な字で「田中さん」と書いてあった。
「じゃあ、三部木さんたちが犯人か……」
亜由美は首を振り、めんどくさそうに、またペンを持ち出し、「もう一人の田中さんよ」と書いた……。
血生臭いぼくたちを乗せて。
車窓からは、日の光を浴びる黒い街が佇んでいる。街の住人がいつの間にか生活の音を立てて、それぞれの出方で、それぞれの場所へと向かいだした。
ここには生活があるんだ。
黒く。残酷だけれども。いつもの生活があるんだ。
「君をおうちへ帰さないといけないな」
「もう。村田先生はー。当たり前でしょ」
運転している看護婦長と助手席に座った村田先生は、世間話のように話していた。村田先生も不死なんだ。時折、血を少量吐いては咳き込んでいた。
ぼくは、そんな二人のことを気にせずに、この事件の真相のことを考えていた。
だって、三部木さんたちが気になるんだ。
死んでいる人たちが、動きだすととても恐ろしい。
なんでって、何をするかまったくわからないんだ。
広い道路へとでた。
通行人がボロボロになったぼくたちを、車窓から珍しそうに覗き込んでいるような錯覚を感じた。
黒い人たち。
きっと、幾人かは不死な人もいるはずなのだ。
「おうちに帰ったら、まずはみんなに話しなさいね。こんなことだもの無理にとはいわないわ。きっと、君のお父さんもお母さんも寝ていたから、何が起きたのかはわからないはずなんだから」
看護婦長が聞こえやすい軽い声を発している。
ぼくは思考を中断して、聞いてみた。
そういえば、ぼくは今まで一人だった。
けれど、死人だけれど羽良野先生やこの人たちがいるんだ。
「ぼくも死んでいるの?」
村からだいぶ離れてきた。
ただ、闇雲に考えていると、小さな疑問が口からでて来た。
「……そう。もうすでに……あ、そうそう。何日か前の私の診療所からだね。あの日からきみは死んでいるんだ。羽良野先生の鉈には、もともと高濃度の農薬とオニワライダケ……が塗ってあるんだ……子供を捕らえるためにね」
村田先生のテープレコーダーは悲しく鳴った。
「羽良野先生や村田先生。三部木さんたちは、村の人たちとは違うの?」
「そうなんだ。羽良野先生や私たち普通に見える大人たちは、彼ら村の人たちの子供だったんだ。でも……死んでいるんだね。死人が死人を産む。不思議だね」
ぼくも村田先生も体が死んでいた。
傷ついて、裂けて、破損して……。
目の前の駅を通り過ぎた。
よく見ると、利六町の駅だった。
見慣れた景色にホッとしてきた。
利六町も御三増町も死者の街なのかな?
境界線? なんて適当に引っ張ればいいんだ。
でも、疑問が一つあって、死んでいる人か生きている人かまるっきりわからない。
ぼくの家のおじいちゃんや幸助おじさんや、亜由美。父さんに母さんは死人ではない気がする。けれど、この街には死者が溢れているのも事実だ。
そういば、三部木さんや四部木さんたちの家は知らない。
母さんに聞けばわかるはずだけど……。
車窓越しからことり幼稚園が見えてきた。子供たちははしゃいでは、元気に走り回っていた。
今のぼくには、どこか遠い存在だった。
何故かって? ぼくは死んでいる。けど、彼らは生きているんだ。
「もう少しかかるからね」
村田先生の優しいテープレコーダーの声が聞こえ。ぼくは考えを口にした。
「ねえ、村田先生。この街で死者は何人いるの?」
村田先生はまた少し咳き込み。
「数え切れないほど……。昔の人たちが今も生きているんだ。ああ……死んでいるんだけどね」
「じゃあ、子供たちを毎日食べているの?」
ぼくは、また悲しい歌を歌おうとしたけど、止めた。だって、もうおしまいだ。街の真相は、多分、全員が犯人だ。例外? そんな人たちもいるにはいるかも知れないけど、あまり意味がないんじゃないかな?
「うーん……。夏だけさ。私自身も子供を食べていた頃があったから。よく知っているんだ。……農薬とオニワライタケの成分からなる薬を処方していたのは私だったのさ。せめて痛みを取り除いてやったんだ。仮死状態にしてね。子供たちのためとはいえ……死ぬほどつらいけどね」
「ふーん」
いつの間にか、ぼくは悲しい歌を歌うのを止め。滅びの詩を歌っていた……。
稲荷山小学校が見えてきた。
もうすぐ家だ。
久しぶりにおじいちゃんに、幸助おじさんに、亜由美に会える。
ぼくは死んでしまったけど、なんだか元に戻ったみたいだ。
車が裏の畑の砂利道に停車し、ドアを開けると、むっとくる真夏は今では涼しい風を送っていた。
ドアを開けると同時に家の玄関が開いた。
おじいちゃんだ。
幸助おじさんもいる。
こちらに、向かって血相変えて走って来た。
車の窓からぼくたちのボロボロの姿を見ると、二人とも皺がより一層増えた顔になった。
おじいちゃんは泣きながら、
「どうして……」
おじいちゃんの言葉は、それだった。
何に対してなのかは、ぼくにはわからない。
目も前のことが信じられないのかな?
あるいは、不死を知っているのかな……?
この街のことも……。
「この街から出た方がいい……」
幸助おじさんが腰に差している真剣なのかな? にすっと手を置いて辺りを自然に見回していた。
「早くこの街から出るんだ」
村田先生もテープレコーダーのような声を鳴らす。
「父さんと母さんは?」
「無事だ。危ないから私が家にしばらくいるから。家の中では、窓には近づかない。そう、約束してくれないか」
幸助おじさんの溝の深い顔から出た言葉。
凄く硬くて、心が切り込まれた感じだった。
おじいちゃんは、今まで深く考え事をしていたかのような。深い皺を寄せた顔をして泣いていた。
玄関先には、幸助おじさんのための刀箱が開いていて、おじいちゃんがタオルを持って来てくれた。
キッチンでぼくは体を拭いてもらった。
「何も言わなくていいからね」
おじいちゃんはいつものように優しかった。
傷ついた僕の体を白いタオルで撫でるように拭きながら、耳元で囁いていた。
ところどころから、穴が開いて血も流れている。
そんなぼくにおじいちゃんは、目を瞬かせた。もう、泣いても泣いても仕方ないんじゃないかな。
やっぱり、おじいちゃんは知っているんだ。
この黒い街のことを……。
村田先生たちが車で帰る音と同時に、幸助おじさんが玄関先に仁王立ちした。何かしら? 幸助おじさんの背中からオーラのようなものが発せられていた。
殺気っていうのかな?
確か幸助おじさんは、隣町の道場で師範をする前に、あちこちで武者修行をしていた。その時に免許皆伝という何かを貰ったと、遥か昔に聞いていたんだった。
二部木さんや三部木さん。四部木さんに五部木さんと六部木さん。後は、一番初めに生まれた一部木? さんもきっと、今頃は何かよくないことを考えているはず。三部木さんたちの両親はどうなのだろう?
こんな時だから幸助おじさんがいてくれて良かった。
「おじいちゃん。亜由美は?」
おじいちゃんは首を傾げて、
「はて、昼間から。二階に上がったまま降りてこないな」
「え!?」
ぼくは嫌な予感を覚えて、二階へ駆けていく。幸助おじさんも物凄い無駄のない動作でぼくの後を追った。
亜由美の部屋のドアを勢いよく開けると、机で本を読んでいた亜由美がこちらを睨んだ。
ぼくはホッとして、亜由美に謝った。
事件は街全体っていうけど、何が起きるのかとんとわからない。
幸助おじさんが、ホッと安心の息を吐いて一階に降りて行った。
ぼくはこの時に、すごく大事なことを思い出した。今までの悪夢のせいでよく覚えていなかったけれど、急に浮上してくる疑問がある。
それは遥か昔の疑問だけど、数日前なんだね。
「亜由美。数日前に裏の畑で、ぼくたちが遊んでいた時。誰かぼくたちをずっと見てなかった? 何か見ていたら教えてほしいんだ。ほんの小さいことでもいいんだ」
亜由美はめんどくさそうに、本を置いて、白いルーズリーフの紙を取り出した。
そのルーズリーフにサラサラと書き出した。
ぼくは勢いでルーズリーフを覗くと、綺麗な字で「田中さん」と書いてあった。
「じゃあ、三部木さんたちが犯人か……」
亜由美は首を振り、めんどくさそうに、またペンを持ち出し、「もう一人の田中さんよ」と書いた……。