第5話

文字数 1,321文字

 登校する時は決まって、僕の家から御三増駅の方へと亜由美と歩いて佐々木さんの居酒屋で一緒に友達を待った。そこで藤堂君と篠原君と一緒に登校するんだ。
 藤堂君と篠原君はいつも寝坊をするようで、僕たちのだいぶ後にやってくる。あんまりにも遅い時には僕たちだけで登校する日もあった。
 居酒屋からは学校まで歩いてだいたい20分だ。
 スクールゾーンと大きく書かれたコンクリートの道路から、熊笹商店街を通ってなだらかな坂を登れば、小学校の校門が見える。この町で唯一の稲荷山小学校には生い茂る林がグランドに面して覆うような日蔭を被せていた。
 二人は小学校へと入ってからどちらも隣の席だったからか、僕と仲が良かった。僕は学校の授業では勉強はしない。毎日、机に広げたノートに向かって空想をする。空想は自由奔放で、空には巨大な人がいて、毎日夏になると地上に向かってバケツで水を撒いたり、太陽は昼になると月にいる美人とにこやかに大きな声で挨拶をしているとか、雨の日には雲の上には龍が空を飛び回るなど他愛ない。
 稲荷山小学校は二階建てで、全校生徒数八十人の小さな学校だ。それぞれ約二十人のクラスで静かに授業をしている。僕のクラスの担任の羽良野先生がいつも通りに黒板に何かを書いている音、休み時間やお昼休みにはみんなはしゃいだり、校庭で走り回り、男子も女子も鬼ごっこや滑り台などの遊具で遊ぶ以外は、とても静かな学校だった。
 その日も教室で羽良野先生の黒板に書いていく算数の問題を見つめながら、僕は空想に耽っていた。あの裏の畑には誰が子供たちをばら撒いたのかな……?
 野菜と一緒に埋めると何かいいことがあるのかな?
 ひょっとすると、子供たちを警察の人が回収して病院に送ると、子供たちは元の姿に戻るのかも知れない。けれど、だれの手かそれともだれの足かが解らないかも知れない。
 ぼーっと、そんなことをノートを見つめて空想をしていたら、篠原君が横から消しゴムのカスを投げてきて、二ヒヒと笑った。
「よ。今日も裏の畑に行こうや。石井君の家の裏の畑って、できの悪いスイカをいくら割っても誰も怒らないからいいよね。それに、スイカを一振りで割ると一杯種が辺りに散乱するからいいし……シシシシ……」
 窓際の藤堂くんは、ふざけた調子で教科書を丸めて棒の形にすると、棒を振る真似をしていた。すると、たちまち羽良野先生に注意された。
 僕は首を振り、
「ごめん。今日は亜由美の奴を家まで送ってくれない? 僕はちょっと母さんにお使いを頼まれたんだ。急な用事で熊笹商店街に行かないといけないんだ……。だから、先に帰るよ。あ、亜由美には黙っててくれないかな。今晩の夕食の材料だから大したことは無いし。きっと、今日一日限りの特売か何かじゃないかな」
 僕は篠原君に咄嗟に嘘を並べた。
 今日に警察の人にバラバラの子供たちを残らず渡せば僕は有名人になれるはずだ。
 けれど、来月には隣町に引っ越してしまうんだ。
 みんなに注目されるのはあっという間しかないから急がないと。
「なんだ。まあいいけど……」
 二人が顔を見合わせながら溜め息を吐いた。
「あっ、藤堂君には帰りに植物図鑑を返すよ」
 二人はバツが悪そうに勉強に戻った。

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登場人物紹介

石井 歩。


周囲からは賢い子と言われているが、空想好きな小学生。

石井 歩のおじいちゃん。 ずる賢いようでいつも歩と亜由美を見守っている。

羽良野(はらの)先生。 石井 歩の通う学校の担任。石井 歩を色々と気遣う反面……。

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