第15話 果てしない、五分の物語

文字数 1,016文字

「ねえ、どこに行ってたの?」
 僕は彼女に訊いた。
「どこ?」彼女は訝しげに目を細める。「お手洗いって言わなかったっけ?」
「君は確かにトイレの方向へ消えた。今から五分前に」
「どこかおかしい? 時間が短すぎた? 長すぎた?」
「時間が短いのか長いのかって、相対的な問題だよね」
「どういうこと?」
「五分という時間は、トイレに行くふりをしてこっそり裏口から出て、タクシーで港の倉庫まで行き、監禁していた人質を殺害するには足りないかもしれない。でも、ちょうど裏口のところにいる人間を殺害し、化粧と服の乱れを直し、何食わぬ顔で戻ってくるには十分な時間なんじゃないかな。君には共犯者がいて、死体は仲間がすみやかに運び去るんだ。だから君にはアリバイが成立する。警察に訊ねられた僕は、こう証言する。『ええ、彼女はずっと僕と一緒にいましたよ。五分ほどトイレに行った時間を除いてはね』って」
「そのわたしのお仲間は、可哀相な死体をどこへ運んだのかしら」
「どこへ?」僕はちょっと考えてから答える。「港の倉庫、とか」
 彼女はやさしく笑う。「なかなか都合のいい場所よね、港の倉庫って」
「あるいは」僕はビールを一口飲み、唇についた泡を舌で舐める。
「あるいは?」
「君は確かにトイレに行ったが、僕と一緒にいるのが急に退屈に思えて、そのまま裏口から帰ってしまおうとした。でもドアを開けたら、この街の住人が全員ゾンビと化していたので、またドアをぱたんと閉めて戻ってきた」
「あら大変」彼女は目を丸くする。「夜が明けるまでのサバイバルゲームが始まるってわけね」
「当たってる?」
「当たってない」
「街の住人がゾンビ化してるってとこ?」
「あなたと一緒にいるのが退屈ってとこ」
「じゃあ、ゾンビの方は当たってるの?」
「さあ、どうかしら」彼女もビールを飲む。白い喉が動く様が美しい。
「ここのトイレが異世界への出入り口になっていて、君は邪悪で陰険で醜悪な異世界人を二百人ばかりやっつけ、堂々と凱旋してきたのかもしれない」
「二百人を、五分で?」
「君なら、できそうだ」
 彼女は黙って、僕を見つめる。
「ねえ聞かせてよ、君の話を」僕は言う。
 すると、彼女の目が悪戯っぽく動いた。
「いいわ、話してあげる。でも、少し長いわよ」
 そして、彼女は語り始めた。
 長い長い、五分間の物語を。

 ――銀河系の果てにある、小さなバーで。

                                  (第十五話・了)
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