第9話  融と史有  5月5日 木

文字数 2,382文字

次の日、融が小夜子の部屋に行くと雪乃と星野と史有がいた。
「お早う御座います」
「お早う御座います。・・小夜子さんちょっと熱があるわね」
雪乃が言った。
「えっ?」
融は小夜子の顔を見る。
「大丈夫?」
「うん」
小夜子はそう言いながらだるそうに目を閉じた。
「史有。紹介は?」
「名前だけ。他はまた今度でいいです」
史有はそう言った。

史有と一緒に食堂に向かう。

「史有。本当に色々と有り難う。小夜子が戻って来る事が出来たのは君のお陰だよ。
感謝してもし切れない。小夜子にもよく話をして置くよ。・・・それで、俺は今日一日小夜子の状態を見て、大丈夫そうなら、明日東京へ帰ろうと思うんだ。本当は今夜にも帰ろうと思ったのだが、熱があるんじゃダメだなと思って・・・。俺が帰ったら、君に小夜子を任せてもいいだろうか」
史有は頷いた。
「いいですよ。任せてください」

融は続ける。
「それで小夜子の状態が安定している様なら、俺はもうしばらくこっちに来ない。だから小夜子の状態を時々教えて欲しいんだ。まあ伊刀と夜刀もいるから大丈夫だろうけれど・・・」
「分かりました。俺、ちゃんとやりますから」
史有は真顔で答えた。
「有難う」
融は言った。

「融さん。怜さんって・・・あの池で石を持って沈んだ人ですか?」
「ああ。そう。そして君が昔吉野で出会った男が怜だ。小夜子の異父兄だよ。・・・怜は生まれてすぐに父親が出雲に連れて行った。怜がこっちに帰って来たのは父親が亡くなってからだ。

怜は小夜子と同じ能力者だった。
何しろ小夜子の母親はとんでもない力をもっていたらしいから。
だから、蘇芳さんみたいに、時々うちにも来ていたって。どこからか人が。お祓いや願い事をしに。母親が言っていた。どこで聞いて来るのか、小夜子が禰宜になってからも来ていたよ。あんな不便な場所なのに。

だが、小夜子の母親は普通の人間として見ると、随分と欠落していたらしい。
・・そんな小夜子の母親を俺の母親と祖父はずっと子供の頃から守って来たんだ。
彼女が亡くなったのは俺が3歳の時だったから俺には記憶も無いが・・・。

怜と小夜子は・・実を言うと戸籍上は他人なんだ。
あの二人が本当は異父兄妹だって知っていたのは、祖父と母とそれに怜の父親だけだった。
怜はずっと自分の出生について疑問を抱いていたらしい。

 怜が自分のルーツを探して俺達の所に来たのは、小夜子が高校を卒業して、家に帰って来た夏だった。
俺は、その時大学生だったのだが、そんな従弟がいるなんて全く聞いていなかったから、すごく驚いたよ。
母達もまさか怜が帰って来るとは思わなかったらしい。

小夜子の見ている世界を理解し共有できるのは怜だけだった。
俺にもお袋にもそんな力はない。
小夜子は本当は孤独だったのかも知れないな。


俺もお袋も祖父も・・・・彼らを守る側の人間なんだ。この人間世界から。
俺は小夜子の『守る者(ディフェンサー)』なんだ。

あいつらは体の中に太古の何と言うか・・自然の産んだ『人を越えた力』を受け継いでいるんだ。
人間の形をした天然記念物みたいなものだよ。
代々、それを血の中に受け継いで行く。まあ、君達も似ているのかな・・・」
融がそう言って史有を見る。


「よく母が言っていたよ。『人は何かを得て、何かを失う』って。人と違う力を得れば、人として生きて行くための何かを失う。それを補うのが自分達、『守る者』の役割だと。
・・・俺はずっと小夜子と二人で育って来たから、小夜子を守って生きて行くのは当たり前の事だと思っていた。だが、お袋は正直どうだったのだろうと思うよ。
随分理不尽な話だと思うよ。今思えば。家に縛られて・・・だけどそう言う風に生まれついて育っているから、それを疑問に思いながらも、なかなかそれから離れられないんだ」

「薄羽様が感心していた。小夜子の身体に触れた浮かばれない霊がそのまま青い光となって消えて行くって。それが見えるって。『成仏するのに経は要らんな』って言っていたよ・・・」

融は史有を見た。
「君はこんな話を聞いて、それでも小夜子が好きだと言えるだろうか?ある意味、あいつはモンスターだ。」
史有は笑った。
「モンスターは俺達も一緒だから」
融は言った。
「小夜子は君をねじ伏せた」
怖くないのか?
融はそう聞いた。

史有は首を振った。
「俺は自分が情けない。女に捻じ伏せられるなんて。次は絶対にそんな事にはならない。俺、あの日は悔しくて眠れなかった」
融は笑った。
「いや、戦う話じゃなくて」
史有は断固とした口調で言った。
「いや。俺は次は負けない。そう誓った。俺は鍛えようと思う。
・・・それよりも融さんには小夜子さんを、荒れ狂っていた彼女を抱き締めただけで正気に戻した。・・・・俺はすごく羨ましかったし、すごく妬ましかった。すげえなって思った。俺もそうなりたいと・・・いや、そうなると決心した。もしも小夜子さんが俺を好きになってくれたなら・・・」
史有は下を向いた。

「俺は史有を応援するよ。それに君は若いから。拒まれたって何度でもトライすればいい。
君にその気が有るならね。それに俺だってあの時は必死だったよ。小夜子を叩いたのだって初めてだ。もう夢中で・・小夜子を正気に戻すことだけで・・・・・それ以外の事は全部忘れちまった。そしてやっぱり小夜子が戻って、何もかも忘れる程嬉しかったんだ。

6年前に全てを失くしても小夜子だけをずっと守って来たから・・・。
今更ながら、俺は小夜子がとても大事だったんだなって思ったよ。でも、言って置くけれど、あんな風に小夜子を抱き締めたのは初めてだよ。」
融はそう言って、黙った。
 
「でも、そろそろその役は君に任せたいと思っているんだ。出来る事なら。・・・・それにいずれにしろ俺はもう二度と小夜子を抱き締めたりしない。」
融は史有を見て言った。
「俺はもう小夜子から距離を置くって決めたんだ」
「今更だけどな」
そう付け足した。
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