第10話 樹と由瑞 Ⅷ

文字数 1,125文字

目覚めると由瑞の姿はベッドに無かった。
慌てて時刻を確認する。
8時過ぎ。
昨夜は眠ったのか、それともずっと考え事をしていたのか分からない位の浅い眠りだった。
何度も目が覚めて。


樹は落ちている衣服を拾って身に付ける。
そしてストックを突きながら寝室を出る。
タオルを巻いてあるので、コトコトと小さな音がする。
由瑞はキッチンにいて、朝食を用意していた。
「お早う御座います」
樹は声を掛けた。
「お早う」
彼が振り向いて言った。
「シャワーを浴びておいで。シャワーを浴びたら朝食を一緒に食べよう」


洗面所で髪を乾かしていると由瑞がやって来た。
「眠れた?」
「まあまあです」
樹は答えた。
由瑞はドライヤーを取り上げ、樹の後ろに立って髪を乾かす。
鏡には樹の髪に視線を落とす由瑞が映る。
樹はそれを見る。
長めの前髪。端正な顔。右目の下の黒子。由瑞の指が樹の髪を解す。


由瑞がふと視線を上げた。そして鏡の中の樹に微笑む。
樹は慌てて視線を逸らせる。
由瑞はドライヤーを置くと樹の顔の横に自分の顔を寄せた。
「君を昨夜抱いたのは赤津じゃない。俺だから。よく見て置いて」
樹はピクリとする。
彼は樹の体に腕を回して、笑って頬にキスをした。
彼の目が鏡の中の樹を見詰める。
樹はじっとその目を見る。
「さて、食事にしよう」
由瑞はそう言うと樹から離れた。



「コーヒーのお替りはどう?」
「有難う。頂きます」
コーヒーを注ぎながら由瑞は言った。
「今日、彼は帰って来ない。小夜子さんが熱を出したらしい」
樹は「そう」と言ってカップを両手で包んだ。
濃い目のコーヒーに温めた牛乳をたっぷり入れた。
「すごく美味しい」
樹は微笑んだ。

由瑞のスマホに通知音が鳴る。
「失礼」
そう言って由瑞はスマホを確認する。
「蘇芳からだ」
そう言ってふふっと笑う。

樹はその顔を眺めて微笑む。
由瑞が樹の視線に気付く。
「何?」
「面白そうに笑っているから・・いいなって思って」
「史有と喧嘩をしたらしい」

「いいわね。友達みたいな姉弟で。羨ましい。蘇芳さんって面白い人よね。色々と言われたけれど、私は不思議と嫌いじゃないの。
 最初に、あっ、この人面白いと思ったせいかな。・・・三姉弟。仲が良くて羨ましいなあ」
樹はそう言った。
由瑞は笑った。
「有難う。そう言ってくれて嬉しいよ。何しろ遠慮なく何でもずけずけ言うから・・・。きっと酷い事も言ったのだろうな。済まない。相手にしなくていいから。・・樹さんに姉弟は?」
「妹がいる。今のお義母さんと父の間の子。すごくいい子なの。でもちょっと疎遠だな。実家にも随分帰っていないし・・・」
樹はそう言って外を眺める。

由瑞も外を眺める。
「いい天気だな。午後はどこかに出掛けよう」
「本当にいい天気。連休中はずっと天気がいいわね」
樹はそう答えた。


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