第11話  樹と由瑞Ⅸ

文字数 2,470文字

「それで、樹さん・・」
由瑞は言葉を切って樹を見る。

「小夜子さんに張り合える位の絆は持てただろうか?」
由瑞はそう言った。
樹は驚いた。
由瑞を見詰める。

「君は赤津が小夜子さんを抱いても耐えられる様な、もうひとつの絆が欲しかったのだろう?
それもすぐに。そして強い絆が。だったら、寝るのが一番手っ取り早い。」
そう言うと由瑞はクックと笑った。
「絆の相手が男という点が赤津にとっては非常に問題だがね」


樹はじっと由瑞を見ていたが、その視線を外に向けた。
そして静かに言った。
「・・・そんな小夜子さんに張り合える絆なんて持てる筈も無い。そんなのは無理よ。」
視線を由瑞に戻す。

「私には分からなくなってしまったの。自分が彼を本当に好きだったのか。それとも同情だったのか。分からなくなってしまって・・・。彼が好きだったから一緒に居たはずなのに・・それがいつの間にか、私、小夜子さんの為に我慢しなくちゃって思うようになって・・・私がここで我儘を言ったら彼が困るだろうとか、心配するだろうとか、支えなくちゃとか、そんな事ばかり考える様になってしまって・・・。小夜子さんは彼にとって特別なんだって、それを弁えなくちゃって思ったりした。それでも彼が好きだからそれでもいいやって。
でも、それすらも砕かれた。もう粉々。」
樹は笑った。

「ただ、この後、彼が帰って来て、何も変わらなければ、結局はまた同じ事を繰り返すと思ったの。自分はこの人の一番じゃないんだって、何度も思い知らされる。だけど彼の姿を見て、甘い言葉を掛けられれば、もう私はそれに抗えない。
それを許して信用してしまう。馬鹿な自分がいるのよ。
彼の話を聞いたらきっと許してしまう。そしてまた失望する。同じ様にまた泣くのよ。

でももう流石に無理だと分かったから・・・。
私はそんなに強い人間じゃない。今回みたいな辛い思いをするのはもう二度と嫌なの。心底嫌なの。・・・それで、全てを壊したかったの。何もかも。全てをリセットしたかった。
だから・・」
樹は言い淀んだ。
「俺と寝てしまえば、彼もリセットせざるを得ないからね。リセットなんて生易しいものじゃないな。ぶち壊しだな。・・・彼の心もね」
由瑞は言った。
樹は顔を両手で覆った。
由瑞はそれを見詰める。


沈黙が流れる。


「君は彼とまたやり直す積りなの?」
由瑞は静かにそう言った。
樹は首を振った。
「もう無理だって分かっている」
「間違いだったって言えばいい。・・寂しかったって」
「・・あなたは間違いだったの?」
樹が言った。
「いや。決して」
「私も間違いじゃ無かったの。だからそれは言わない」
「・・・彼の事が嫌いになったの?」
「分からない。でも今は会いたくない」


由瑞は「ふう」と息を吐くと椅子に寄り掛かって腕を組む。
「リセットして元に戻るとは限らない。君もそれは知っている。・・・・それで・・。君はこの後どうする積り?」
由瑞は樹を見る。
「逃げる」
「どこへ?」
「どこか。そこで一人で考える」

「そう。・・・ねえ。君はもう馬鹿な真似はしないよね?」
由瑞はそう聞いた。
樹は言った。
「する訳がない。そんな事」
「そうだよな。それは俺もそう思う。・・・・それで赤津がもしもここに来たら俺は何て言えばいいだろう」
樹は首を傾げる。

「有りの儘で。私が誘った事も言って貰って構わない」
「じゃあ俺に一任ってことでいい?」
由瑞が言った。
樹は頷いた。


樹は由瑞に言った。
「御免なさい。あなたを厄介な立場に追い込んでしまって・・・」
「何で?・・俺は自分で望んだ事だから。全く問題無し。・・・ねえ。じゃあ、ここからは提案だけれど、聞いてくれる?」
由瑞は言った。

「二か月待つ。まあ三か月は要らないだろうな。
君がその間に赤津とよりを戻すなら、俺の事は思い出にしてもらっていい。でも二か月過ぎてもうまく行かなかったら、赤津を諦めて君は俺の所に来る。
君がまだ赤津に未練があったとしても、彼が君を受け入れなかったら、俺の所に来る。
・・・どうだろうか?二か月掛かっても戻せないならもう戻らない。と言うか、彼に戻す気が無い」

樹は考える。
そして言った。
「・・・あなたはそれでいいの?」
「いいよ。君は俺の傍で彼を忘れればいい」
「私、すごくしつこいよ?」
「大丈夫。俺はすごく気長だから」

それで・・由瑞は続ける。

「・・・その二か月間は俺は君に会わない。君が辛くて俺に助けを求めたら、その時点で君はもう赤津を諦めた事になると思って。けれど、君と全く音信不通と言うのも不安だから・・・。
俺は君に「お早う」のラインを送るから、君はそれを確認すること。」
「毎日?」
「そう。毎日。・・・それで、昼までに返信がなかったら、俺、学校へ電話して君が出勤しているかどうか聞くから」
「ええ!?ちょっと。・・それはやばい」
「だからちゃんと「うん」でも「はい」でもいいから返信してね。・・・俺はその間、我慢して君に会わない心算(つもり)だから。だからその位は出来るよね?」
「分かりました」
「さて、どうだろうか?君が提案を断れば、俺はもう今日限り君とは会わない。ラインの話も無しだ」

樹はじっと考える。

「・・・まさか君は断るなんて非道な真似はしないよね?そんな事をされたら俺は辛くて、マジで立ち直れないから」
由瑞は言う。

「あなたは私が好きなのね?」
樹は言った。
由瑞は笑った。
「君は今更何を言っているの。好きじゃなかったら抱く訳がない。君だって同じじゃないの?」


樹は由瑞を見詰める。
由瑞は笑みを含んだ目で樹を眺める。


「その通りだわ。・・・・分かった。うん。そうします。でも3か月にしてくれると有難い。気持ちの整理が付くと思う」
樹は言った。

「3か月か・・。長いな。・・・まあ、仕方がない。いいよ。じゃあ3か月。それ以上は待たないから。駄目だったら君は俺の所に来る。俺は楽しみに待っているから。君を信用しているからね」
「信用か・・・あなたはこんな私が信用できるのかしら」
「ああ。勿論」
「君は俺を信用しているの?」
「あなたは私が一番に信用している人よ」
「じゃあ全くノープロブレム」
由瑞はそう言って笑った。
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