第6話  樹と由瑞 Ⅵ

文字数 1,255文字

由瑞がドライヤーを持ってやって来た。
ソファーの隅にちんまりと座っている樹を見て微笑む。
樹の後ろに立つ。
電源を入れて樹の髪を乾かし始めた。
由瑞の長い指が樹の髪をさらさらとほぐす。
気持ちが良くて樹は目を閉じた。
「確かに。便利だな。これはドライヤー要らずだね」
由瑞はそう言うとさっさとドライヤーを持って戻った。

由瑞は樹の前に座る。
「どう?ブランデーは」
彼は聞いた。
樹はグラスを持つとそれをぐいっと飲み干した。
「あっ」
由瑞が慌てる。
「そんな、一気に飲んだら・・」
体が一瞬で熱くなった。
樹は今にも火を吐きそうだった。
「水、水」
由瑞は急いで水を差し出す。
樹はそれををごくごくと飲むと目を閉じた。
「くらくらする。・・ああ・・でもいい気持ち」

目を開けると由瑞が頬杖を付いたまま自分を眺めているのが見えた。
空いた手を自分に伸ばし掛けて、それを下ろす。
視線を逸らすとブランデーを取り上げる。
「さてと、君はもう酒は要らないね。・・・俺は少し飲んでから眠るから、君はもう休んだら?疲れただろう」
そう言って自分のグラスにブランデーを注ぐ。
「もう少しここに居たい」
樹はそう言った。
由瑞はちらりと樹を見る。
「何で?」
「もう少しあなたの傍にいたい」
由瑞は視線を戻して黙って酒を飲む。


「俺は今、君に触りたくて仕方が無いんだ。・・・それを我慢しているんだ。だから大人しく眠ってくれないか?」
由瑞は言った。
樹は由瑞を見ていたが、ソフアから足を下ろした。

「歯ブラシをしたら寝ます」
樹はそう言って立ち上がった。
「どうぞ。お好きに」
由瑞はスマホを取り上げる。
ことこととストックの音が響いた。
それが洗面所に消えて、そしてまた聞こえた。
「お休み」
由瑞は下を向いたままそう言った。


樹はさっきと同じ場所に膝を抱えて座った。
由瑞は樹を見る。

「・・・君はどうしたいの?」
「一人で眠りたくない」
由瑞は樹の頬に手を伸ばす。
「・・手出ししないで、君を抱いて眠れって?」
由瑞は笑う。

その笑顔が消えた。
頬に触れた指先が唇に向かう。
唇をゆっくりとなぞる。



「拷問だな。・・・何もしないで君を抱いて眠るなんて、とても俺にはできない。・・・・ねえ。目を閉じて。キスをしてもいいかい?」
そう言った。

樹が目を閉じるとその唇でそっと瞼に触れた。
そのまま唇を合わせる。冷たい唇だった。
由瑞が唇を離すと樹は目を開けた。

「今のは、ただのキス。・・・樹さん。君はそれでいいの?」
由瑞は樹の目を覗き込んで言った。
樹は目を閉じる。

目を開くと樹は頷いた。
「それでいいわ。私はあなたと眠りたい。・・・あなたはどうですか?」
樹は尋ねた。

「そうやって俺を見る君は・・・・凄く艶っぽい感じがする」
由瑞の指が樹の顎から首筋に落ちて行く。

「・・・ああ・・勿論それでいいよ。俺はそれを望むよ」

首筋に顔を寄せて、耳元で囁く。
「・・もう駄目だって言っても遅いから。・・・後の事なんかどうでもいい。・・何もかもどうでもいい・・・今は君が欲しい。ただ、それだけなんだ」
由瑞は樹の首筋に唇を押し当てると、その体を強く引き寄せた。



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