第12話  薄羽

文字数 1,496文字

融は食事が済むと小夜子の病室に向かった。
病室には薄羽と里村がいた。
小夜子の傍らに座って小夜子の顔を見ている。
「お早う御座います」
「うむ。お早うさん」
薄羽が頷く。里村も軽く頭を下げた。

「小夜子様は熱があるとか・・」
薄羽が心配そうに言った。
「それ程高くは無いのですが・・・知恵熱みたいなものですかね?」
融が言った。
「うむ。大方その様なものであろうよ・・6年間も眠っておったのだから」
薄羽が頷く。


「薄羽様。この度は本当にお世話になりました。有り難う御座います」
小夜子が目を開けて言った。
「いやいや。何の。当然の事で御座います。無事にこちらに戻ってくることが出来て本当に良かった。しかし、なかなか興味深い体験でしたな・・・・希有(けう)な事で御座います。」
薄羽が思い出すように視線を宙に向ける。
「怜が龍の記憶と言っていました」
融が答えた。
「ふむ・・・経が青い空気に染み渡った気がした。・・・なかなか無い事じゃ。あの場所の草木山水全てが経に耳を傾けていると感じた。・・・」

暫し沈黙が訪れる。


「・・さて、帰るとするか。・・では小夜子様。お大事にしてくだされ。また、様子伺いに参ります。・・・融。6年間もご苦労だったな。小夜子様。融は本当によくあなた様の世話をしておりました。充分に労ってやってくだされ。・・・・ふふふ。中々良い家来をお持ちですな」
「家来!」
融は笑う。
薄羽も笑う。

薄羽がよいしょと立ち上がる。里村が杖を差し出す。
里村は小夜子に「お大事にしてください」と言って頭を下げた。
小夜子は微笑んで「有難う」と答える。
里村を投げた事は覚えていない。


「薄羽様。朝食は召し上がりましたか?」
廊下を歩きながら融が尋ねた。
「うむ。もう済んでおる。旨かった。朝風呂も入った。佐伯家か・・・・面白い方々と知り合いになったものだ。世の中、まだまだ捨てた物でもないな。お前といると面白い体験をする。また何かあったら呼んでくれ」
薄羽が笑った。

 佐伯家の人達と一緒に薄羽を見送る。
見送りが済むと融は小夜子の部屋に戻った。

「具合はどう?」
「少し熱っぽいだけ。気分は悪くない」
「そう。・・ちょっとだけいい?」
小夜子は頷く。
融は小夜子の枕元に椅子を近付ける。
「俺、今日一日君の様子を見て、熱が落ち着いたら東京へ帰るから。熱が落ちなくても土曜日には帰る。仕事だから。
それで、大丈夫そうなら次にここへ来るのは、もう少し先にする。伊刀と夜刀もいるし、佐伯さんの家族はとてもよく面倒を見てくれているし・・・どうだろう。俺が居なくても平気だよな?」

小夜子は頷く。
「私は大丈夫だから、融の好きにして。熱なんて平気だから」
「有り難う。それから、鎌倉の方、弁護士の桜田さんに君が目覚めた事を報告して置く」
「ああ・・そうしてください。・・お父様はお元気なのだろうか・・」
「介護施設にいる。もう4年目だ。認知症が進んでしまっているそうだ。多分もう君の事も分からないだろうな。君が東京で入院している時に、一度だけ見舞いに来てくれたが・・・。
あの時も、もう歩くのがやっとって感じだった」
「そうか・・・」


「それから、史有と蘇芳さん。君を戻すのにすごく力を貸してくれた。よくお礼を言ってくれ。特に史有は君が眠っている間、ずっと付いていてくれたんだ。・・君のお守りを届けてくれたのも史有だよ。詳しい話は本人に聞いて。小夜子。史有は君の事がすごく好きなんだ」
そう言って融は微笑んだ。
「・・・じゃあ、それだけ。それ以外の話はまた君が良くなってからしよう」
小夜子は手を伸ばした。
融はその手を取る。
「やっぱ、熱があるな。・・・ゆっくり眠って」
融はそう言うと部屋を出て行った。
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