第15話  蘇芳

文字数 1,991文字

 融は蘇芳の姿を探した。
史有に聞いてみると研究棟にいるという事だった。

蘇芳にまだきちんとお礼を言っていない。
昨日はきつい言葉を言われたが、我が身を振り返ってみれば全くその通りだと思った。

 蘇芳にメッセージを送る。
蘇芳は「お昼に食堂で会いましょう」と返して来た。

 お昼になって、蘇芳が土鍋を持って食堂にやって来た。

*「棗ともち粟のお粥よ」
蘇芳が土鍋の蓋を取る。旨そうな香りがした。

「棗は五味で言うと「甘」、帰経で言うと「心」と「脾」、五性で言うと「温」に当たるの。帰経とは食材がどの五臓に優先的に働くかと言うモノを示している。よく言う「五臓六腑」の「五臓」に似ているわ。心に効くと思ってください。イライラや気持ちの落ち込みを和らげる働きがあると言われる。粟の帰経は「脾」と「腎」。黒糖を少し入れてあるから甘くて美味しいわよ。・・・あなたは今、心が疲れているだろうから」
椀に盛り付ける。そしてそれを融の前に置いた。

「はい。どうぞ」
「有り難う。旨そうだ」
「こちらは水餃子。生姜と豚肉、それに蓮の実、青柚子の皮も入っているわ。さっぱりとポン酢で召し上がれ」

融は姿勢を正すと頭を下げた。
「蘇芳さん。小夜子をあの異界から連れ戻してくれて有り難う。君が呼び掛けてくれて、君がここに連れて来てくれたから、小夜子は目覚める事が出来たのだと思う。本当に感謝するよ」
「あら・・。嬉しいわ。そんな風に言ってくださって。だから言ったでしょう?もうすぐ目覚めるって。少しは私を見直したかしら」
蘇芳はそう言って融を見た。
「うん。幾ら感謝しても感謝し切れない位だよ。君には失礼な事を何度も言ってしまった。本当に済まなかった。・・じゃあ、早速頂くかな」
粥はほんのりと甘くて体が温まる気がした。
水餃子は青柚子の香りが口の中に広がった。蓮の実の食感がいい。
「ほっとする味だね」
融はそう言って笑った。
蘇芳はにっこりと笑う。
「良かった。あなたの笑顔を見る事が出来て・・・そうね。私もちょっと言い過ぎたかしら?でも、もういいわよね。お互い様で忘れましょう」

「薬膳って色々と難しいんだね」
融は言った。

「そうなのよ。薬膳には深くて広いバックヤードが有るのよ。中国4千年の」

蘇芳は説明を始める。
「『弁証施膳』。これが薬膳の基本よ」

「漢方の理論に基づく体質、症状、体調、それに季節、それを考慮しながら、食材を選びレシピを作るの。
基本的には陰陽五行にその理論の礎を置いているわ。・・・季節の変化による陰陽の移り変わり、それに五行の特性、イメージ、相生、相克関係に、・・相克関係と言うのは、『水』は『火』を制御しコントロールするとか、『金』は『木』よりも強いとか、そんな関係よ。相生関係とは「水」は「木」を生み養うとか、木は火を生み出すとかという促進する関係よ。・・・漢方では、それを診断や治療、養生に応用しているの」

「料理って本当に錬金術に似ているわよね」
蘇芳は食事をする融を眺めながらそう言った。

「五行と五臓の組み合わせ、それぞれ木、火、土、金、水に対応する臓、根(感覚器)、支(体の外面、皮膚、爪など)志(感情)、季(季節)、気(気候、風、湿気など)、方(方角)、色、味(甘未、苦みなど)があります。例えば 五臓、五気と言う様に。

例えば、『火』の五根・・根は感覚器の事。それは舌であり、志(感情)は喜。季は夏で色は赤、味は苦。必要ならそれを補い、過剰ならそれを減らす。五味の取り過ぎは不調を齎すから、注意しなければならない。

『養生』を立体的に考えて行くの。

それ以外に『気、血、水』という体を構成する3つの要素も大切な概念だわ。
『気』が滞っている状態、『気』が不足している状態・・・。要は体内の『流れ』よね。そのバランスを保ち、流れをスムーズにする。
 そんな風に色々な観点から人を・・・何と言ったらいいかしら?全体的に見て行くのよ。時の流れや気候風土の中の個体。そしてその個体を構成する因子。全ては深く繋がっている。大きな流れの中のひとつとして」
「ミクロコスモスとマクロコスモスみたいな考え方かな?」
「ああ・・そうかも」
「曼荼羅的な」
「どうかしら?・・」
「難しいな」
「流れなの。物質の移動。『気』の流れ。私達はその流れが生み出す『効果』のひとつなの。流れの中の現象。その表出。それは集合し、そして崩れて離散する。
そういう感覚なのよね・・。理解が。分かるかしら?私の場合は感覚で理解するって感じなの。頭じゃなくて」
「ふうん・・・」

「奥深くて、私もまだその入り口で右往左往している所よ」
蘇芳は笑った。

「ねえ。私と結婚すれば、あなたは毎日美味しくて、健康によい物が食べられるわよ」
蘇芳が言った。

「そうだね。俺もそう思う。でも、それはまた別の話だから。」
融は笑って答えた。

 


*薬膳・漢方検定 公式テキスト(実業之日本社出版)より
参考文献。同上
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