第24話  融と樹

文字数 1,226文字

融は家に戻ると冷蔵庫からビールを取り出してごくごくと飲んだ。
そして椅子に座ってスマホを取り出す。

樹にラインを入れた。
「佐伯に会って話を聞いた」
 
樹は
「来た」と思った。

「さて、地獄の始まりだね」
秘書が言う。
しばらく固まった様に文面を見詰める。

融は「既読」を確かめる。

着信があった。
樹はおそるおそる電話に出る。
「はい」

電話の向こうでため息が聞こえた。

「・・・やっと電話に出た。・・・ねえ。どう言う積りなの?電話に出ないって」
樹は黙っている。
「随分心配したよ」
「・・・御免なさい」
「卑怯じゃないか。出なければ済む話だと思っているの?子供じゃないんだから」
「・・・御免なさい」
「ねえ。どこにいるの?」
「旅行」
「だからどこ?」
「田舎に」

「佐伯に話を聞いた」
「はい」
暫く間が開く。
「・・・本当なの?・・彼と・・その」

「はい」

融は黙る。

「・・どうして・・?君は酷い女だな。・・俺はずたずたに傷付いたよ。どうしてそんなに酷い事が出来るのか・・・・君は残酷な人だ」
樹の目に涙が滲む。
「・・・御免なさい」
「そんなんで許されると思っているの?許す訳が無い。絶対に許さない」

「会ってきちんと話がしたい。どう言う積りなのか是非聞きたい。・・・ねえ。どうして俺を待っていてくれなかったの?話を聞こうとしてくれなかったの?
俺に対する意趣返し?それだって酷過ぎるだろう?小夜子を抱いたから?でも、俺は小夜子と寝ていないから」

「・・・」
「黙っていたら分からない。・・・佐伯は君の事を不実な女って言って・・・誘われて寝てしまう女って」
「もう。止めて。」
樹が言った。
「もう・・お願いだから止めて。・・・分かっている。分かっているから。」

融はため息を付いた。
「こんな話、電話でする話じゃないな。会ってきちんと話をしよう。いい?」
「・・・分かった」
「じゃあ、いつ・・」
「私から連絡・・」
「だから!それはいつ?」
樹は息を呑む。

「・・・だって、融君が嘘を付いたのでしょう?」
「何を?俺は嘘なんて・・」

樹は叫んだ。
「嘘つき!あなたは私を一番に好きだって言った。でもあなたの一番は小夜子さんだった。あなたは私をこれ以上ない位に大事にするって。でも一番大事にしていたのは小夜子さんだった。あなたは私を一番に好きじゃない。一番じゃないのに、一番の振りをした。ねえ、あなたにとって私は何だったの?小夜子さんの代わり?小夜子さんは目覚めた。だったらもう私は要らない。要らないくせに。嘘吐き!あなたなんて大嫌い。もう二度と電話しないで!」
樹はそう言うと電話を切った。そして床に突っ伏して泣いた。


融は切れた電話を持って茫然とした。
頭の中に樹の言葉が鳴り響いた。

融は立ち上がると机の引き出しを開けた。
綺麗にラッピングされた小さな箱。
エメラルドのピアス。
5月19日 樹の誕生日のプレゼントと思って購入したのに・・・。
融はそれを握ると思い切り壁に投げ付けた。

そして部屋の鍵を掴むと乱暴にドアを閉めて夕方の街に出て行った。
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