第23話 融vs由瑞

文字数 2,278文字

「コーヒーが良いですか?それともお茶にしますか?」
由瑞は聞いた。
「いや、結構です」
ソファに座った融が答える。
由瑞は椅子を動かして融に向き合って座った。


「小夜子さんの熱が下がって良かったですね」
由瑞は言った。
「有り難う御座います。本当に小夜子の事では佐伯さんにお世話になりました。蘇芳さんや史有君。あなたにもあなたのお母さんにも」
融は返す。
「私は何もしていませんよ」
由瑞は笑って言った。

暫く黙る。
由瑞は飲み掛けのコーヒーを一口含む。

「あの・・佐伯さん。済まないが・・樹はどこにいるのか知っていますか?」
「いや、どこにいるかは知りません。どこかに行って独りで考えたいとは言っていましたが・・・」
「・・・そうですか」

「日曜日には帰って来るでしょう。月曜日は仕事だから。連絡がないのですか?」
由瑞はそう言った。
「いや、旅行に出ていると連絡は入りましたが・・・」
「・・言って置きますけれど、ここには居ませんよ。何なら確認して貰ってもいいですよ」
由瑞はそう言ってにっこりと笑った。
融は返す。
「いや、そんな訳では・・・」
「ただ・・次の日までは居ました」
由瑞はそう言った。
「えっ?」
「彼女は奈良から帰って来て次の日まではここに居ました」
由瑞は繰り返した。



融は愕然とする。
「それは・・どういう・・ここに泊ったって事ですか?」
「そう。そう言う事です」
由瑞はそう言って融を見た。


驚きが怒りに変わった。そして怒りが悲しみに変わった。そして落胆へと。
悲しみと怒りと嫉妬が融の心を支配した。
どうして・・・。
融は両手で顔を覆った。
それを由瑞は冷静に見守る。


「そうか。分かった」
融は立ち上がると言った。
「君は卑怯な奴だ。二度と顔も見たくない」
そして玄関に向かった。
「殴らないのか?」
由瑞は言う。
「いい」
「話がある」
「話なら樹に聞く」


由瑞はちっと舌打ちをする。
「待て」
「うるさい」
由瑞は立ち上がるとドアに向かう融の腕を掴む。
「放せ!」
融は腕を振り払おうとする。
由瑞は腕を捩じる。
そして床に融の身体を押し付けた。

「聞いて貰わないと困る」
「くそっ!放せ!」
融は暴れる。
「俺だって手荒な真似はしたくない。大人しく椅子に・・・・いや、もうこのまま聞いてもらう」
そう言うと、膝で腰を押さえ、もう片手で肩を押さえた。
それだけで融は動く事が出来なくなった。

「人のものを掠め盗る汚い狗神の話など誰が聞くか」
融が言った。
由瑞は笑った。
「・・随分失礼な人だな。小夜子を戻して貰った恩義を忘れたのか?・・呆れたよ。さっきお礼を言ったばかりじゃないか」


「・・樹さんと約束をした」
「知るか」
「いいから、聞け」由瑞は言った。
「樹さんと約束をした。2か月。もしその間にあんたが樹さんと『より』を戻すなら、それで構わない。俺は大人しく引き下がるよ。
2か月間、俺は彼女に会わないから十分に話し合ってくれ。だが、二か月過ぎたら・・それでも『より』が戻らないなら、もう彼女は俺の所に来るから。彼女はそう約束した。二か月過ぎたら一日も待たない。だが、その2か月間はどうぞ好きにやってくれ」

「約束?どうして俺がお前のルールに従わなければならないんだ?それこそどうでもいい」
融は答えた。
「だったら、別に二か月も待つ必要はない。今すぐ彼女を切ってくれないか?
・・・そんな不実な女。誘われて寝てしまう様な女。もうあんたは要らないだろう?信用できないだろう?だったら俺にくれ。俺は有り難く頂戴するから」

「・・・お前が誘ったのか?」
「俺は彼女を抱きたかっただけだよ」
「この野郎!」

融は暴れる。由瑞はそれをたやすく押さえる。
「いいか?二か月待ってやるって言っているんだ。それはあんたの為じゃない。彼女の為だ。どうしてあんたに相談する必要がある?・・・あんたが悪いんだ。彼女でも俺でもない。あんたが撒いた種だ」

「いいか。手を放すぞ。暴れるなよ。俺はあんたを殴りたくてうずうずしているんだ」
由瑞は融から離れた。


融は立ち上がって、捩じられた腕を擦った。
「・・君は汚い奴だ。そうやって機会を狙っていたのか。・・・樹は君には渡さない。樹に君と寝た事は大きな間違いだったと分からせてやる。気の迷いだったと。樹に後悔させてやる。そしてそう君に伝える様に、そうさせてやるよ。楽しみに待っているんだな」


由瑞は無表情に言った。
「どうとでも。俺は二か月間は口を出さないから。幾らでも彼女を責めればいい。だが、それで彼女が辛くなって俺に助けを求めたら、もうそれでゲームは終わりだ。いいか?彼女はそれを納得した。・・・言って置くが彼女が壊れない程度にしてくれよ。・・・もしもそんな事になったらあんたの大切な小夜子を殺してやる」
「お前なんかに小夜子を殺せる訳がない」

「俺達を知りもしないくせに。・・・お目出度いな。特別なのは何もあんた達だけじゃない」
由瑞は軽蔑した様に言った。

「話はそれだけだ。まだ聞きたい事があるか?」
「無い。二度と君には会いたくない」
「同じだな。まあ二か月後を楽しみにしているよ」
そう言って由瑞はドアを開けた。
その時、融は由瑞の顔を思いきり殴った。
「ガッ!」と音がして、由瑞は壁に手を付く。

「調子に乗るなよ」
そう言うと融は部屋を出て行った。


融が出て行ってしまうと由瑞はソファに座った。
殴られた頬に手をやる。
そしてふっと笑った。
「油断した。・・なかなか素早い。・・・しかし、初めて人に殴られたな・・」


由瑞は今の場面を頭の中でリピートする。
伝えるべきことは伝えてある。まあ、不味くない出来だと思う。

「さてと、外にでも出掛けるか」
そう呟くと大きく伸びをした。

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