第2話  樹と由瑞Ⅱ

文字数 953文字

樹は洗面所の鏡に映った自分の顔を見詰める。

泣き腫らした赤い瞼と赤い鼻。
ひどい顔だ。
そんな自分に言い聞かせる。
「忘れる。忘れる。・・考えるのを止める。止める。忘れる・・・」
そう言うとまた泣けてくる。
「大した事ではない。大した事ではないから。大丈夫。今を過ぎれば何でも無くなる。何でもない。何でもない。・・・大した事ではない」
泣き顔の自分に呪文を掛ける。

こんな泣き顔でも席に戻ったら、由瑞に気を遣わせて申し訳が無い。そう思った。
それでなくても、ずっと迷惑ばかり掛けているのに・・・。
なのに涙は止まらない。

樹は新幹線のデッキに立って泣き続けた。
幾ら言い聞かせてもこの頑固で馬鹿な頭は納得しない。
頭の中でぐるぐると言葉が回る。
「彼にとって小夜子さんが一番だから。あなたはそれに耐えられる?私はそれを許せる」
・・・私には無理でした。耐えられない。
あんな風に小夜子さんを抱き締める彼を見て・・・・それを許すなんて。
絶対に無理だ。樹はそう思った。

・・という事はもう彼といる事自体が無理なんだ・・。
そっか。そうだな。・・まあ、そうだろうよ。
樹はぶつぶつと呟く。


「・・俺は小夜子の部屋から出られない」
「小夜子がトラブルなんだ。悪いけれど、俺は先に行く・・」

・・行っていいよ。もう、ずっと小夜子さんの傍にいていいから・・・。
もう私の所に来なくていい。
そう思った。

心は「悲しい、悲しい」と言っているのに、頭は次から次に言葉を送り出す。
それが止まらない。

「そんな事は分かっていたでしょう。二年前から。こうなるって予測が付いていた筈。だからあの時、離れたのでしょう?」
秘書は言う。
樹は返す言葉が無い。

壊れたみたいに後から後から涙が出て来る。
「泣くな。みっともない」
「もう泣くな」
そう言って自分の頭を叩いた。


デッキのドアが開いてそこに由瑞が立っていた。
「余りにも遅いから・・・こんな所でまた泣いているの?」
呆れた様に樹を見る。

由瑞は腕を組んで壁に寄り掛かる。
「こんな所で一人で泣いていると、ろくな事にならない」
そう言って、樹を自分の背中に隠した。
由瑞に隠れて樹は声を押し殺して泣いた。

今まで気が付かない振りをしてやり過ごして来た分の涙が流れたと思った。
自分は実はこんなに悲しかったんだと思った。

由瑞は壁に凭れてじっと暗い窓を見ていた。
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