第22話  融

文字数 1,194文字

融は帰りの電車の中で樹にラインを送った。
小夜子の熱が下がった事。東京に帰る事。14時頃には家に着くと。君に会いたいと。
返信は無かった。


融は自宅に着いた。
勿論、樹が居る訳は無いと思ってはいた。でも、もしかしたら・・とも思っていた。
居てくれていたらすごく幸せだと思った。
誰もいない部屋を見回し、部屋に入る。


兎に角帰って来て、ほっとした。
大変な連休だった。もう暫く奈良には行きたくないと思った。
窓を開けて空気を入れ替えた。
冷蔵庫から炭酸水を出して飲む。
スーツケースの中身を片付ける。洗濯物を洗濯機に放り込むと、戸締りをして家を出た。

樹にラインを送った。
「今から君の家に行く」
融は樹のアパートに着いた。
チャイムを鳴らす。
樹はやはり留守だ。
合鍵でドアを開けた。
玄関先からカーテンを閉めた部屋を確認すると融はドアを閉めて通りに出た。


樹に電話を入れた。
電話に出ない。
「一体どこにいるの」
融は再度ラインを送る。
樹から返信が帰って来た。


「お帰りなさい。小夜子さんの熱が下がって良かったです」
「旅行に出ているから家にはいません」
「旅行?だって、怪我をしているじゃないか」
融はそう返した。
「大丈夫です」
一言だけが返って来た。
「どこに旅行なの?」
返信は無かった。


まだ怒っているのだろうか。それにしても電話位は出るべきだと思う。
融は困惑する。そして腹が立って来る。同時に心に隙間風が吹く。寂しくて仕方が無い。
融は複雑な感情を持て余す。・・・何で電話に出ないんだ・・・全く。話も出来やしない。

一瞬、考えが過る。
「まさか・・・」
もしも樹が由瑞と一緒に居たら。
「旅行も一緒なのか?」
由瑞が一緒なら旅行にも行けるだろう。
「・・・いや、そんな事はしない」
即座に打ち消す。

不安が涌き上がる。
蘇芳の厳しい言葉をまた思い出す。

 由瑞の樹を見る表情が気になった。だが、彼はプライドの高い人間だし、理性の勝った人だからそんな事は無いと思っていた。それに彼と一緒に居ても樹にその気が無ければ、何でもない。
樹は自分を愛しているから、大丈夫。そう思っていたし、自信もあった。

結果から言えば、わざわざ自分は由瑞に付け入る隙を与えた事になる。いい口実を。
「馬鹿だな。俺は」
融はそう呟いた。
「何で奈良に呼んじゃったのかな」
重ね重ね、そう思った。

融は空を見上げる。
「でも・・ああ・・もう、そうしたら、終わりだな。辛くても何でも」
そう呟いて、胸が張り裂けそうになった。


融は由瑞の所に電話を入れた。
由瑞が電話に出だ。
融は今からそちらに伺いたいと思うが都合はどうだろうと聞く。
由瑞は構わないと答えた。


オートロックの電子音が鳴る。
由瑞は「どうぞ」と言ってロックを開ける。
そして呟く。
「やっと来たか・・・・待ちくたびれた」
首を回して、腕のストレッチをする。
ぽきぽきと指を鳴らして、肩も回してみる。

玄関のチャイムが鳴った。
「赤津です」
由瑞は玄関のドアを開けた。
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