過去と未来の選択肢

文字数 1,012文字

「おーい、トモちゃーん。また校閲お願いできる?」
「今日ゼミの課題あるから、あしたにして。」
 パパは定年退職をきっかけに、小説を書き始めた。

 テーブルに置きっぱなしのノートPCの画面に、ワードの原稿用紙が表示されていて、何やら文章が書かれていた。それがパパの物語との、初めてのご対面だ。
「こらこら、恥ずかしいから読まないでくれ!」
「何これー、ママとの離婚騒動のことが、なんか粉飾されてるー(笑)・・・でも表現が今イチね。添削してあげるよ。」
 照れながらも、誰かに読んでもらえることが嬉しいらしい。そのほかにも、いくつかの短編小説を読ませてくれた。
 これ、あの時のできごとじゃない? このとき、パパはこう感じていたんだ。
 ながーい人生経験を活かして、パパの生きざまが目に浮かぶようなストーリーが描かれていた。

 こうして、「作家・パパ」と「読者兼校閲者・わたし」の関係が始まった。
一応、私も大学で国文学を学び、国語の教師を目指している。もってこいの役まわりだよね。

 最初は、もっぱら日常ヒューマンドラマ系だったのに、最近は青春、学園ラブコメ、ファンタジー、SFと様々なジャンルに挑戦している。ホラーは書かなさそうだ。
 でも、今プロット練っている百合系は、どう考えてもムリだろー!

 パパが物語を書き始めたころ。
 夕食前の晩酌につきあっているとき、聞いてみた。
「ねえ何で、書き始めたの?」
「うーん。なんか今までの人生、あまり振り返らずに突っ走ってきちゃったからさー、
 ちゃんと意味があったんだ、て思いたくてさ。」
 あまり自分の気持ちを話さないパパが、ほろ酔い気分にまかせて打ち明けてくれた。

 書くジャンルが広がった今。
 夕食前の晩酌につきあっているとき、一度聞いてみた。
「最近、いろんなテーマに挑戦しているじゃない? 何で?」
「この年になるとさ、これからの生活なんてそんなに変化ないでしょー、
 こんな人生もあるんだって。生きる選択肢を増やしたいのさ。」
 あまり自分の気持ちを話さないパパが、夢見る瞳で語ってくれた。

 パパは今、異世界ものに挑戦している。
 部屋には、パパの姿はない。さっきまでPCと格闘していたのに。

 開きっぱなしのウィンドウの原稿用紙上のストーリーを辿ってみると、転生したパパは今ごろ、ひとりの冒険者として、森の魔物と戦っているらしい。

 晩酌の時間にはこっちに戻ってきて、異世界での武勇伝を聞かせててもらいたいものだ。
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