蝉の声に 目覚めた朝

文字数 480文字

激しい揺れの後、砂浜に地割れの線が走る。
娘は浮き輪の中で、笑いながら俺に手を振る。

遥か、水平線が僅かに隆起した。
瞬間、海に飛び込む。

俺は今、多分。
競泳自由形百メートルの世界記録を上回って泳いでいる。
だが、そんなことはどうでもいい。

浮き輪ごと娘をひっ掴み、そのまま岸に全速で戻る。
足が着いたら、とにかく走る。

俺は今、多分。
百メートル走の世界新記録を上回って走っている。
娘を抱きながら砂浜を走る。

目の前には堤防。回り道している時間はない。
俺は足がのめり込む砂地を力強く蹴る。
娘を抱えたまま高く飛ぶ。

俺は今、多分。
走り幅跳びと、走り高跳びと、三段跳びの世界記録を上回って跳ねている。
だが、そんなことはどうでもいい。

着地をすると、そのまま中距離走のワールドレコードを上回って走り続けた。
何とか高台にゴールインして娘を降ろし、肩で息をする。

「パパ、すごいね! 金メダル、いっぱい!」
娘が満面の笑みで私に抱きつく。

その笑顔が少しずつ、ぼやける。


蒸し暑い部屋で独り、目を覚ます。
近年、蝉の声に元気がない。

この夏も、やはりあの夢を見た。

でもパパには、金メダルは要らないんだよ。
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