なにも、そこまでしなくても

文字数 1,087文字

 畑仕事はしんどいが、だいぶ体も慣れ、要領も覚えてきた。何よりも村人たちに仲間と認めてもらえているのが嬉しい。今夜は、村特産の果実酒で一杯やろうと、夕日を背に浴びながら家路を急いだ。

 ドアノブに手をかけると、隣の家のドアが開き、玄関の明るさとともに、香ばしい匂いが漂ってくる。

「スミスさん(僕の名前)、お帰りなさい。お仕事お疲れ様です。お腹空いたでしょ。」
「こんばんは、マリーさん。ええ、収穫した野菜で、酒のアテに何をつくろうか考えていたところです。」
「じゃあ、うちにいらっしゃい。今日は揚げ物をいっぱい作ったから。」
「いいんですか? では、お言葉に甘えてお邪魔します。」

 マリーさんは、5人の子供と暮らしている鳥族の家族だ。。ボクがこの村に転生して間もないころ、森に棲む魔物がメリーさんの家を襲撃したことがあり、僕が何とか退治した。それ以来、マリーさんは何かと気にかけてくれている。

 キッチン兼居間に案内されると、何とも言えない香ばしい匂いが僕を直撃し、胃袋を収縮させた。
 子供たち4人はすでに食事を済ませたのか、暖炉のそばのソファに座って、こちらをソワソワ、チラチラ見ている。

ん? 4人?

 マリーさんがテーブルにどんと大皿を置いた。超山盛りの唐揚げだ。ライスとスープと果実酒もも用意してくれ、さあ召し上がれと声をかけてくれる。僕は少しひっかかるものを感じながらも空腹には抗えず、いただきますと手を合わせるや否や、がつがつむしゃむしゃとごちそうをやっつけ始めた。スパイスが効いていて、ほどよく柔らかでジューシーな唐揚げだ。

「スミスさんには本当に感謝しています。命の恩人です。でも我が家はこの通り貧乏暮らしで、ろくにお礼もできません。ささやかですが、せいぜいお腹一杯お召し上がりください。あ、余ったらどうぞお持ち帰りください。」

 ひよこから若鶏になりかけの子供たちが心配そうに僕を見つめている。

 いや、まさか、これは。

 一旦フォークを止めて、このまま食べ進めるかどうか迷ったとき、ドアがバーンと開いて、一人の男の子が転がり込んできた。

「スミスおじちゃん、どう? 美味しい? そこの川でボクたち5人で釣ったんだ。」
 マリーさんは遅く帰ってきた息子に、ちゃんと陽のあるうち帰ってきなさいと小言を言っている。

 僕は、フォークに刺した唐揚げとその子を見比べ、ほっと息をついた。
「ああ、『魚の唐揚げ』を食べたのは初めてだけど、『これはこれで』とっても美味しい。」

 マリーさんはちょっと引きつった表情をしていたが、5人の子供たちは大喜びだ。

 隣人にも恵まれ、この世界の暮らしも悪くない。

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