04:解放的なブラックフライデー ※アクセス権限(1)解除
文字数 3,215文字
AM.7:09。さて、既に5分程度のタイムロスだが、まだ想定範囲内か。フィジカルが安定していないと、できることも精度が伴わないからな。幸いにも調査する論文のピックアップは昨晩中に済ませてある。万が一、日割りでロスを補えそうになければ、加えてルパートの申し出を何度か断れば容易に穴埋めできるだろう。うむ、やはり問題はない。
ではまず、向かうはキャンパスの生協だ。寮を出てすぐ脇道に反れ裏手に周る。そこから大学まで最短距離で目指すとしよう。
細道に入るなり冷やかな風が脇を吹き抜けていった。持ってきたジャケットではやはり寒い。などと愚痴をもらす代わりに、ここでもまた聞き馴染んで間もない歌が出迎えてくれた。
寮裏手の空き地。その奥。アフリカ系の民族衣装をまとった他寮生たちが、大空を仰いで解放を祝している。その更に奥にそびえる彼らの寮。立派な時計塔に据えられた大きな鐘から、鳥たちが彼らの歌声を讃えるように空高く飛び立ってゆく。こういう眺めをいい光景だと言うのだろうか。
部屋にある備え付けアートディスプレイにも、こういう分かりやすい景色の絵画が収められていたなら、少しは気も紛れたかもしれない。入寮して以来、定期的に自動更新される寮長セレクションはどうも理解できない。そう思って止まない。
未だ無粋な着信が続いているようだが、こうも穏やかな日常が並ぶと、当初の目的も忘れてしまいそうになる。だが生憎と。ただの散歩にきたわけではない。後日、リカバリーできるといっても、タイムロスは少ないにこしたことはない。急いで目的を果たすとしよう――Shit! 頼むから静かにしてくれ! ルパート!!
§§§
路地を進み交差点を2つ越えたその先。少し開けた大通りに出た。しかし、何やらいつもと様子が少し違う。
いくつもの店が休日返上で店前に商品のホログラムを並べ、街灯の間をバルーンが飛び交い、無人案内機 がビラを配っている。通り一体には解放の歌が流れ、どうやらここもフリーダムムードに包まれているようだ。少し見渡すと、ある一角にはわずかに人だかりができ、男がアフリカ系作家の作品の朗読をしている姿も見て取れた。日頃見慣れているなんの変哲もない町並みも、ちょっとした変化で案外に見違えるものだ。
などと観賞もほどほどに、タスクを進めなければならない。人の間を流れるように足早に信号を渡り、この日を祝うビラを物分かりの悪いポットに何度も押し付けられつつ、再度目的地を目指した。
にしても、あのガイドポットはおそらく顔認識 に欠陥があるのだろう。私が擦り込みをしたとでも言いたいのか。この両手にあり余る同じビラをどうしろって言うんだ。どうせならこの頭の痛みと時間の縛り 、まだ時折り唸り続けている横暴なスパムから解放してほしいものだ。
§§§
「よし。見えて来た。ああ、やはりそうか……」
華やかな彩りのバルーンアーチをくぐり抜けて仰ぐ我がキャンパス。そして目的地である生協。その様子はといえば、休日だというのに、いや。休日だからか。遠目でも大勢の人で賑わっているのがよく分かる。
それまでの生協は例えるなら、過剰なまでに自己アピールがいきすぎた異質な観光スポットだった。
主力商品は大学のロゴが入ったアイテムの数々。こう表現すれば在り来りだが、もう少し正確に捕捉するなら、その主張があまりにもひどく、人目のあるシーンでの常用が疎 まれる本末転倒な品々。それに加え「Fartology 」や「|The Basic Laws of Human Stupidity《人間の愚かさの基本法則」に、|sp things to so at the beach《ビーチでの過ごし方》」など。読者層がいまいち想像できないユニークを通り越した奇妙きてれつな書籍ばかりがディスプレイされていた。
そもそも何故、ビーチ関連の書籍を入庫したのか甚 だ疑問だ。キャンパス近辺に大きな川はあるが、街中どこを探してもバカンスを楽しめる海どころか浜辺すらないというのに。あるいはいくつも都市を超えた5.9マイルも先にあるビーチを、マイガーデン感覚で利用している近隣住人をターゲットにでもしているのか? やはり、どう考えても理解しかねる。
そのような理由があり余るために、誰も使おうとしない書籍コーナーの自動支払い端末 付近は買い物に疲れた観光客や、連日押し寄せる人ごみによって仕事場所から締め出されてしまったガイドポットの溜り場 と化していた。
極めつけに、一番需要があると思われる学術書でさえ、ほんの一部に追いやられる始末。つまりは、在学生にとって然して重要でない施設だったのだ。
だが、ちょうど1ヵ月前だったか。
今回のような急用のために寮や大学で「食事が摂れなかった」「WebLess が故障して学内システムにアクセスできない」など。学院施設として、在学生の健全なキャンパスライフに重きをおいたサービスを提供してほしい。そのようなリクエストに応えて、一部のフロアが大改修されたのは。
だからこそ僕もその恩恵にあやかろうと、こうして出向き、ここに立っているわけだ。
「やっと着いたか。AM.7:17。少し押しているな。しかし……」
収容客数 も熱量 も許容限度を超えた中へ押し入って行かなければならないと考えると、Owww……。
再度、腕の"CAUTION"サインをキャンセルし、雑踏の奥に照準を絞る。一瞬目が眩みそうになるが、気を取り直して再度固定。まずは中継ポイントまでのルートをシミュレーション。問題なし 。よし、行こうか。
§§§
それにしても折角の休日だというのに、相変わらず物好きな観光客が多すぎる。まだ早朝だ――Oops! 大学のロゴがでかでかと刷られたキャップにシャツなど、在学生ボランティアくらいしか使い道がないだろうに。まあ、当学院を志す者への贈り物であればそうとも限らないのか?――Ouch!! 誰だ!? 今僕の足を踏んだのは!
「What!? 押し戻されている――!? これならまだ、電気泳動 の方が早く進めるじゃないか――!」
まるでブラックフライデーのそれだ。過剰なまでのアドレナリンに協調性も理性も欠かれた熱烈フリークたち。それがまるで一種の生物か。あるいは粘度が非常に高い流体にでもなったかのように行くてを阻んでくる。予想以上にすさまじい圧だ。
なんとか、あそこまで――Ow!?振り向きざま の平手打ち は強烈だったよオバサン ……。
「……ふう。一先ず溜り場 までこれたか……。これでようやく半分。AM,7:21。早く帰路に付かなければ。まったく……。どうせ改修するなら、観光客 用と分けて併設すればよかったものを……。よし、次だ――」
改修以前の店内は未だに覚えている。忘れもしない。いや、おぞましすぎて忘れられるはずがない……。
その一角には我が大学自慢のロゴをモチーフとしたマスコット。大学エンブレム型の人面から、ロブスターのハサミが生えたオリジナルのぬいぐるみがひしめく名物コーナーがあった。
目に見えてクレームやデモが起きたわけではない。ただその「虚空を見つめた笑み」「物言わぬ潰れたニンニクのような顔」まるでヴァンパイアでさせ忌避するほどの「誰も寄せ付けないただならぬオーラ」。――Ewwww……。思い出しただけでも寒気がする……。
そんな区画売上と不釣り合いな不気味すぎる大量の呪い人形 。そのコーナーをきれいさっぱり、もとい別れ惜しみつつ一掃して新たに新設されたのが、カフェ&RHカウンターだ。
前者は言わずもがな、ホットサンドイッチをメインに扱うカウンター形式のファストフード店。そして後者はWebLess 修理や、キャンパスが休校時の一時ヘルプ窓口となる。この2つができて依頼、それなりに在学生にとっても意義ある施設となったにはいいが、この有様だ。
ではまず、向かうはキャンパスの生協だ。寮を出てすぐ脇道に反れ裏手に周る。そこから大学まで最短距離で目指すとしよう。
細道に入るなり冷やかな風が脇を吹き抜けていった。持ってきたジャケットではやはり寒い。などと愚痴をもらす代わりに、ここでもまた聞き馴染んで間もない歌が出迎えてくれた。
寮裏手の空き地。その奥。アフリカ系の民族衣装をまとった他寮生たちが、大空を仰いで解放を祝している。その更に奥にそびえる彼らの寮。立派な時計塔に据えられた大きな鐘から、鳥たちが彼らの歌声を讃えるように空高く飛び立ってゆく。こういう眺めをいい光景だと言うのだろうか。
部屋にある備え付けアートディスプレイにも、こういう分かりやすい景色の絵画が収められていたなら、少しは気も紛れたかもしれない。入寮して以来、定期的に自動更新される寮長セレクションはどうも理解できない。そう思って止まない。
未だ無粋な着信が続いているようだが、こうも穏やかな日常が並ぶと、当初の目的も忘れてしまいそうになる。だが生憎と。ただの散歩にきたわけではない。後日、リカバリーできるといっても、タイムロスは少ないにこしたことはない。急いで目的を果たすとしよう――Shit! 頼むから静かにしてくれ! ルパート!!
§§§
路地を進み交差点を2つ越えたその先。少し開けた大通りに出た。しかし、何やらいつもと様子が少し違う。
いくつもの店が休日返上で店前に商品のホログラムを並べ、街灯の間をバルーンが飛び交い、
などと観賞もほどほどに、タスクを進めなければならない。人の間を流れるように足早に信号を渡り、この日を祝うビラを物分かりの悪いポットに何度も押し付けられつつ、再度目的地を目指した。
にしても、あのガイドポットはおそらく
§§§
「よし。見えて来た。ああ、やはりそうか……」
華やかな彩りのバルーンアーチをくぐり抜けて仰ぐ我がキャンパス。そして目的地である生協。その様子はといえば、休日だというのに、いや。休日だからか。遠目でも大勢の人で賑わっているのがよく分かる。
それまでの生協は例えるなら、過剰なまでに自己アピールがいきすぎた異質な観光スポットだった。
主力商品は大学のロゴが入ったアイテムの数々。こう表現すれば在り来りだが、もう少し正確に捕捉するなら、その主張があまりにもひどく、人目のあるシーンでの常用が
そもそも何故、ビーチ関連の書籍を入庫したのか
そのような理由があり余るために、誰も使おうとしない書籍コーナーの
極めつけに、一番需要があると思われる学術書でさえ、ほんの一部に追いやられる始末。つまりは、在学生にとって然して重要でない施設だったのだ。
だが、ちょうど1ヵ月前だったか。
今回のような急用のために寮や大学で「食事が摂れなかった」「
だからこそ僕もその恩恵にあやかろうと、こうして出向き、ここに立っているわけだ。
「やっと着いたか。AM.7:17。少し押しているな。しかし……」
再度、腕の"CAUTION"サインをキャンセルし、雑踏の奥に照準を絞る。一瞬目が眩みそうになるが、気を取り直して再度固定。まずは中継ポイントまでのルートをシミュレーション。
§§§
それにしても折角の休日だというのに、相変わらず物好きな観光客が多すぎる。まだ早朝だ――Oops! 大学のロゴがでかでかと刷られたキャップにシャツなど、在学生ボランティアくらいしか使い道がないだろうに。まあ、当学院を志す者への贈り物であればそうとも限らないのか?――Ouch!! 誰だ!? 今僕の足を踏んだのは!
「What!? 押し戻されている――!? これならまだ、
まるでブラックフライデーのそれだ。過剰なまでのアドレナリンに協調性も理性も欠かれた熱烈フリークたち。それがまるで一種の生物か。あるいは粘度が非常に高い流体にでもなったかのように行くてを阻んでくる。予想以上にすさまじい圧だ。
なんとか、あそこまで――Ow!?
「……ふう。一先ず
改修以前の店内は未だに覚えている。忘れもしない。いや、おぞましすぎて忘れられるはずがない……。
その一角には我が大学自慢のロゴをモチーフとしたマスコット。大学エンブレム型の人面から、ロブスターのハサミが生えたオリジナルのぬいぐるみがひしめく名物コーナーがあった。
目に見えてクレームやデモが起きたわけではない。ただその「虚空を見つめた笑み」「物言わぬ潰れたニンニクのような顔」まるでヴァンパイアでさせ忌避するほどの「誰も寄せ付けないただならぬオーラ」。――Ewwww……。思い出しただけでも寒気がする……。
そんな区画売上と不釣り合いな不気味すぎる大量の
前者は言わずもがな、ホットサンドイッチをメインに扱うカウンター形式のファストフード店。そして後者は