第28話 貪るモノ
文字数 3,567文字
「おんやーー? 耳触りな喚 き声が聞こえたんで来てみりゃあ、ただのガキが騒いでるだけじゃねえか」
「ケッケッケッケ。下らねえーー。腹の足しにもならねえーー。クケケケッ」
声がした。
その顔を見なくとも解る。他者を蔑 み、憎む声。侮 り、嘲 る声。
どちらも子供たちを助けに来たものではないことは、誰の耳にも明らかな野次。それが少女たちの後方、肉山の頂上から荒々しく投げかけられた。
もはや立ち上がる体力も気力も尽きかけ、地に伏したまま痣 だらけの顔を向ける。その瞬間、深緑 の瞳に非難と嫌悪がふつふつと沸き上がり、その人影を鋭く睨みつけた。
「あ、あなたたちはっ……!?」
「あーーん? 何だあ? その目はよお? チッ! 見ず知らずの相手に向けていいもんじゃねえーーなあーー? おいっ!!」
「ケケッ。生意気。クソガキ。しつけがいるな。クケケケッ!」
小山の頂上には村では見かけない男が二人。出で立ちこそテララたちとそう変わりない物のように見えるが。
しかしその内一人は、細身だが長身で引き締まった肉付きをしている。斜めに斬り裂かれた顔面の大きな傷痕。身体中にある争いの痕から、見かけ以上の屈強さを伺い知ることができる。
もう一人は小柄でひどく背が丸まってはいるが、それは問題ではない。腰にあるいくつもの小振りの刃物はどれも赤黒く染まり、下卑 た笑いも相まってその気質の惨忍 さを物語っている。
「今、私たちは何も持ってないのっ! だから放っておいてっ! お願いっ!!」
「だーーかーーらーーよお!! 挨拶もなしに人様を盗人みたいに言いやがって。随分ふざけた態度しやがるじゃねえか! 盗るもんは何も物だけ じゃねえんだぞっ!! ああんっ!?」
「ケケケケッ! ドロスの兄貴また怒った。怒らせた。クケケッ。可愛そう。楽しそう。俺も俺も。ケッケッケッ!!」
二人を遠ざけようと、テララは努めて強く拒絶の意思を向ける。だがそれは、逆にその男たちの粗悪な品性を煽り立てるだけでしかなかった。
有ろうことかその二人組みは山肌を蹴散らしながら、ゆっくりと降りてくるではないか。
――い、いけないっ!?
身体中を軋 ませる痛みを歯を食いしばって堪 えながら、透かさずテララは立ち上がる。もう、片足が痺 れて動かない。肩も上がらない。それでも少女は身体をひきずり膝で呼吸をしながら、男たちとソーマの間に割って入る形で立ちふさがってみせる。重たい両手を大きく広げ、かすんだ視線を真直ぐ上げて、未だ混乱する家族を庇 った。
「おね……がいっ……! この子には、手を……出さ、ないでっ……!!」
「じゃーーま、邪魔っ!! ケケッ!」
「――キャアアアッ!!!?」
瞬間、土の味。
テララが前に出た途端、小柄な影が目にも留まらない早さで宙を舞い、少女の必死の覚悟もろともその小さな身体をねじ伏せた。黒い髪を引き千切れんばかりに引き上げ、突き出された柔 い首筋に惨忍な刃物を突き立てる。
生唾を呑み込んだあと、熱い傷みが首筋を伝う。擦り切れた傷口に刺さる砂利が、少女の瞳を歪 ませる。
「動くと痛い。クケケケケッ!」
「フンッ。熱 り立つしか能のねえガキが。お前は後だ。すっ込んでろっ!」
「お、願い……帰……って……ウグッ!?」
背に膝を圧し付けられ大きく反り返った胸では、息を十分に吸うことすら敵 わない。どれだけ惨 めに泣き喚 こうが。傷みに悶 え血筋をいくつも垂らそうが。少女の何一つさえ、男たちの興を誘うことすらできない。テララはただただ無力でしかなかった。
「でだ。何より気に食わねえのが、てめえだ! いつまでびーびー喚きやがる! いい加減、黙れよ……なあっ!!」
「――γυα!!!?」
その男。ドロスは、一人悶える少年の心窩 を鋭く蹴り上げる。そして、よろめき転げた銀白の髪を乱暴に掴みひねり起こした。
「おうおうおう! きたねえ面しやがって。ハハッ! ちょっくらお話しようや? 泣いてねえで、何とか言ったらどうなんだ? ああん?」
「……γα、αα……」
「……や……め、て…………」
唾を吐きかけられ吊り上げられた少年の顔に、いつもの無邪気さも愛らしさも残ってはいなかった。
狂気に弄 ばれ掻きむしった爪痕が生々しく走り、溢 れた涙が朱殷 く滴 っている。腹底を穿った男の悪意に身もだえし、銀の瞳はただ宙を彷徨 っている。
「チッ、無視かよ。……ん? 良いもん付けてるじゃねえか……よこせっ!」
泣きすがり命乞 いする面白可笑しい展開はおろか、ろくな反応すら返って来ない。全くの期待外れ。興ざめも甚だしい。
ドロスはそれ以上のいたぶりに厭 きたのか、代わりに視界でちらつく萌黄色のそれを強引に剥 ぎ取った。
用済みとなったソーマは宙空に投げ飛ばされ、その身体を鈍い音を立てて地に打ち付ける。紅い涙が頬を伝って地面を染めてゆく。血の気の薄らいだ少女が映り込んだ銀眼はひどくかすれて、まるで生気 を宿してはいなかった。
髪留めを奪ったくらいで男の怒り、暴欲が満たされるはずもない。ドロスは切り傷のように鋭い目を少女に移し、今度はその弱った細首を握りつぶし持ち上げた。
「――ウググッ!?」
「さあて。こっちはちゃんと楽しませてくれるんだろうなあ?」
「……はな、し……アガッ!!!?」
「おうおうおう。さっきまでの意気はどうしたあ? もっと足掻いてみせろ。なあ??」
「兄貴。俺もオレも! 遊びたい! バラしたい! クケケケッ!」
暴悪な腕から垂れ下がった得物をどう捌 いたものか。弱りきった少女の身体を、二匹の飢えた獣の目が舌鼓 しながら這 いずりはじめる。
そして、今まさに卑劣な刃がテララの身体に突き立てられようとしたその直前。投げ捨てた物の異変に男たちは思わず息を呑んだ。
「……シ、テ……。……ド、シ……テ……」
「――くっ!? このガキ……! 何だその目はっ!!」
「まだ動いた。まだ遊べる! ケケケッ!」
その視線の先。
そこには先ほどの少年が。いや違う。おおよそ人間のそれとは異質なナニカ がそこに居た。
地を這うように身体を起こし、鋭く立てた爪でギリギリと地面を裂いている。頭は垂れ下がり、薄汚れた銀白の髪の奥。男たちに喰らい付くように煌々 と揺らぐ銀眼があった。
「ああ、くそ。調子が狂いやがる。おい、オルデ。もういい邪魔だ。やれ!」
「ケケッ。怖い、怖いっ!!」
そう顎で指図されるままに、オルデと呼ばれた小柄な男がソーマの前に進み出る。そしておもむろに手を上げたかと思えば、なぜか風切り音と共に少年の左腕が紅く裂た。
一体何が起こったのか。
歯を食いしばってよろめく少年の後方には、いつの間にか小振りの刃が地に突き刺さっていた。
「チッ。外しやがって、遊んでんじゃねえ。さっさと仕留めろ!」
「クケケッ。少しくらい、遊んでもいい、だ、ろっ!!!!」
そう言い放ち、今度は大きく振りかぶる。
いくつもの風切り音が立て続けに響き、無数の刃が腕の痛みに悶えるソーマに襲いかかった。
「……ソ……マ、……あ、ぶ……ない…………」
「――Ουαααααααααα!!!!!?」
呻 くテララの声に応えるように、ソーマは凄まじい雄叫びを上げる。しかし、その狂気だけでは放たれた凶器を拒むことなどできやしない。
一層その勢いを増した男の殺意が、容赦なく少年の身体を切り刻む。左腕につづいて右肩。次いで右腕。そして左肩。
完全に両腕の支えを奪われ、力無く崩れ込むソーマ。
鋭く研がれた石造りの赤黒い刃が、か細い白肌を綿を裂くように容易く穿 ち、辺りを真っ赤に染めてゆく。
そして、最後の一撃がその顔面を貫くがごとく一直線に襲いかかった。
「――ソーマッ!!!!!?」
遠のく意識の中、必死で家族の身を案じて少女はその名を叫んだ。
だが、それも遅い。堅い頭蓋に刃が突き立つ惨忍で無情な固い音が、テララの胸に突き刺さるように響き渡った。
「クケケケケケケッ!! 当たりだ! 大当たりだーーっ!!」
「……そ……んな……。ソー……マ……。……や……。いや……。いや…………!」
「ケッケッケッケ。下らねえーー。腹の足しにもならねえーー。クケケケッ」
声がした。
その顔を見なくとも解る。他者を
どちらも子供たちを助けに来たものではないことは、誰の耳にも明らかな野次。それが少女たちの後方、肉山の頂上から荒々しく投げかけられた。
もはや立ち上がる体力も気力も尽きかけ、地に伏したまま
「あ、あなたたちはっ……!?」
「あーーん? 何だあ? その目はよお? チッ! 見ず知らずの相手に向けていいもんじゃねえーーなあーー? おいっ!!」
「ケケッ。生意気。クソガキ。しつけがいるな。クケケケッ!」
小山の頂上には村では見かけない男が二人。出で立ちこそテララたちとそう変わりない物のように見えるが。
しかしその内一人は、細身だが長身で引き締まった肉付きをしている。斜めに斬り裂かれた顔面の大きな傷痕。身体中にある争いの痕から、見かけ以上の屈強さを伺い知ることができる。
もう一人は小柄でひどく背が丸まってはいるが、それは問題ではない。腰にあるいくつもの小振りの刃物はどれも赤黒く染まり、
「今、私たちは何も持ってないのっ! だから放っておいてっ! お願いっ!!」
「だーーかーーらーーよお!! 挨拶もなしに人様を盗人みたいに言いやがって。随分ふざけた態度しやがるじゃねえか! 盗るもんは何も
「ケケケケッ! ドロスの兄貴また怒った。怒らせた。クケケッ。可愛そう。楽しそう。俺も俺も。ケッケッケッ!!」
二人を遠ざけようと、テララは努めて強く拒絶の意思を向ける。だがそれは、逆にその男たちの粗悪な品性を煽り立てるだけでしかなかった。
有ろうことかその二人組みは山肌を蹴散らしながら、ゆっくりと降りてくるではないか。
――い、いけないっ!?
身体中を
「おね……がいっ……! この子には、手を……出さ、ないでっ……!!」
「じゃーーま、邪魔っ!! ケケッ!」
「――キャアアアッ!!!?」
瞬間、土の味。
テララが前に出た途端、小柄な影が目にも留まらない早さで宙を舞い、少女の必死の覚悟もろともその小さな身体をねじ伏せた。黒い髪を引き千切れんばかりに引き上げ、突き出された
生唾を呑み込んだあと、熱い傷みが首筋を伝う。擦り切れた傷口に刺さる砂利が、少女の瞳を
「動くと痛い。クケケケケッ!」
「フンッ。
「お、願い……帰……って……ウグッ!?」
背に膝を圧し付けられ大きく反り返った胸では、息を十分に吸うことすら
「でだ。何より気に食わねえのが、てめえだ! いつまでびーびー喚きやがる! いい加減、黙れよ……なあっ!!」
「――γυα!!!?」
その男。ドロスは、一人悶える少年の
「おうおうおう! きたねえ面しやがって。ハハッ! ちょっくらお話しようや? 泣いてねえで、何とか言ったらどうなんだ? ああん?」
「……γα、αα……」
「……や……め、て…………」
唾を吐きかけられ吊り上げられた少年の顔に、いつもの無邪気さも愛らしさも残ってはいなかった。
狂気に
「チッ、無視かよ。……ん? 良いもん付けてるじゃねえか……よこせっ!」
泣きすがり命
ドロスはそれ以上のいたぶりに
用済みとなったソーマは宙空に投げ飛ばされ、その身体を鈍い音を立てて地に打ち付ける。紅い涙が頬を伝って地面を染めてゆく。血の気の薄らいだ少女が映り込んだ銀眼はひどくかすれて、まるで
髪留めを奪ったくらいで男の怒り、暴欲が満たされるはずもない。ドロスは切り傷のように鋭い目を少女に移し、今度はその弱った細首を握りつぶし持ち上げた。
「――ウググッ!?」
「さあて。こっちはちゃんと楽しませてくれるんだろうなあ?」
「……はな、し……アガッ!!!?」
「おうおうおう。さっきまでの意気はどうしたあ? もっと足掻いてみせろ。なあ??」
「兄貴。俺もオレも! 遊びたい! バラしたい! クケケケッ!」
暴悪な腕から垂れ下がった得物をどう
そして、今まさに卑劣な刃がテララの身体に突き立てられようとしたその直前。投げ捨てた物の異変に男たちは思わず息を呑んだ。
「……シ、テ……。……ド、シ……テ……」
「――くっ!? このガキ……! 何だその目はっ!!」
「まだ動いた。まだ遊べる! ケケケッ!」
その視線の先。
そこには先ほどの少年が。いや違う。おおよそ人間のそれとは異質な
地を這うように身体を起こし、鋭く立てた爪でギリギリと地面を裂いている。頭は垂れ下がり、薄汚れた銀白の髪の奥。男たちに喰らい付くように
「ああ、くそ。調子が狂いやがる。おい、オルデ。もういい邪魔だ。やれ!」
「ケケッ。怖い、怖いっ!!」
そう顎で指図されるままに、オルデと呼ばれた小柄な男がソーマの前に進み出る。そしておもむろに手を上げたかと思えば、なぜか風切り音と共に少年の左腕が紅く裂た。
一体何が起こったのか。
歯を食いしばってよろめく少年の後方には、いつの間にか小振りの刃が地に突き刺さっていた。
「チッ。外しやがって、遊んでんじゃねえ。さっさと仕留めろ!」
「クケケッ。少しくらい、遊んでもいい、だ、ろっ!!!!」
そう言い放ち、今度は大きく振りかぶる。
いくつもの風切り音が立て続けに響き、無数の刃が腕の痛みに悶えるソーマに襲いかかった。
「……ソ……マ、……あ、ぶ……ない…………」
「――Ουαααααααααα!!!!!?」
一層その勢いを増した男の殺意が、容赦なく少年の身体を切り刻む。左腕につづいて右肩。次いで右腕。そして左肩。
完全に両腕の支えを奪われ、力無く崩れ込むソーマ。
鋭く研がれた石造りの赤黒い刃が、か細い白肌を綿を裂くように容易く
そして、最後の一撃がその顔面を貫くがごとく一直線に襲いかかった。
「――ソーマッ!!!!!?」
遠のく意識の中、必死で家族の身を案じて少女はその名を叫んだ。
だが、それも遅い。堅い頭蓋に刃が突き立つ惨忍で無情な固い音が、テララの胸に突き刺さるように響き渡った。
「クケケケケケケッ!! 当たりだ! 大当たりだーーっ!!」
「……そ……んな……。ソー……マ……。……や……。いや……。いや…………!」