05:呪われた変人アイテム ※アクセス権限(1)解除

文字数 3,653文字

 まあしかし、今回はどちらのカウンターにも用はない。
 カフェがあるならそこで目的の物資を入手できそうなものだが、生憎と扱っているのは全て上品なアラピカ豆。無論もう一方のカウンターかと言えば、答えはNOだ。
 この場所を最初の目的地とした理由。それは新設カウンターの管理人。正確にはそのセレクションコーナーにこそ、用向きがある。

 当初は空きスペースを活用しようと始まった、ただの気まぐれエンターテイメント感覚だったらしい。しかし、これが結果として当り(・・)だった。
 手始めにどこぞの民族由来の謎のオブジェから始まり、そして次第に雲行きが崩れてゆき、やがて……。「人喰い大皿(ラフレシア・アルノルディッシュ)」「死人の寝息(ヒドノラ・ピロウ)」「血染めの魔石(ハイドネラ・マッサージャ)」、その他多数……。一応、食器や寝具、日用雑貨などの生活用品の枠に納まるラインナップになるよう心がけていると管理人は供述している。
 だが、しかしだ……。死臭漂う植物をリアリスティックに再現されたプレートで、食事など誰が好き好むというのか。いくら見た目だけで臭いまで再現していなくとも、天然便器を抱えて食事をしたいと誰もわないだろうに……。
 独特のネーミングセンスもさることながら、その方面の専門家か現住民でなければ、大概の人間は直視できない。場合によっては吐気に目眩、悪寒に見舞われ緊急搬送されかねないグロテスクに富んだ代物が、壁面にしばしば飾られるようになっていた。
 これも先任の個性ゆたかな人形に引き寄せられたのか、あるいは怨念か。当人曰く、引きがよければいい品が揃うとのこと。いったい、どんな得体の知れないクライアントから卸しているのか……。

 まあ、それはそれとして。変り者の称号に恥じることない立派なある種の人払いオブジェ。変わり種棚(オッズシェルフ)も、毎月登場するわけではない。前述のように引きがいい(・・)ことは、稀で。いや、ごくたまに。ときどき? しばしば? そこそこ……?
 待て……。そう言えばまだ買い取られているのを一度も見たことがない。バックヤードに下げられたあとはどうなっている? 毎月ラインナップは一新されているようだが、その都度在庫を圧迫しているのではないか? もし仮に納まりきらなくなれば、それはつまり。いつかあの棚一面が完全な人払いの呪いに染まる日が来るかもしれない。そういうことにならないか? 悪夢の再来――Ughhhh……。もう考えるのはよそう……。

 も、もし仮にラインナップに空きができてしまったとして。その場合は、ユニークさの一点において抜かりはないが。それでも一応使える品が補充される。僕が今愛飲しているコーヒー豆も、運よくそれで見つけた一品というわけだ。
 前回入手できたときは、まだ在庫があったと記憶している。どこもかしこも質の良い豆ばかりに慣れ親しんでいるのだ。変人の一品(オッズアイテム)だと避けられて、今でもまだ残っているに違いない。無事に調達できるといいのだが。

 そろそろか。わずかにではあるが人だかりも減ってきた。まあ、当然と言えば当然か。といっても方向転換をするにも周囲に気を配らないと、当り所によっては争い――Oops!? 今のスイングは危なかったな。メガホンはバットとは違うんだよ坊や(キッド)

 ああようやくだ。群衆の熱気に混じって微かにコーヒーの匂いが感じられる。さて、お目当てのものはどうか。
 本日の日替わりメニューに目もくれず、真っ先に呪いの、ではなく貴重なセレクションコーナーへと向かうこととしよう。

「……ふう。やっと着いた……。AM,7:24。これは帰りは走った方がよさそうだな……。さて、たしかこの中段から2段下。その辺りに――What!? ない、だと!!?

 思わず声が出てしまった。
 そんなはずはないっ!? さては、別の棚へ移されたのか?! 落ち着こう。僕としたことが早計がすぎる。
 まずは左上。最上段からだ。……ない、ない、ない。違う。ない、違う、アラビカ豆じゃない。違う、ん? このカースドアイテムは卸したてか? 初めてみるな。いや、そうじゃない! 違う、違う、これは? 違う。こっちは? 違う。ない、ない、ない……。
 まるで見えるわけもない微生物をルーペで探すかのように、辺りの棚を何度も繰り返し見渡してみるが。"CAUTION" ああ、そうか。おそらく目が疲れているのかもしれない。一旦深呼吸して、軽く目を解して。……ふう。もしかしたら商品の後ろに隠れているのかもしれない。よし、もう一度だ――。

「No way……。なんてことだ……」

 アクシデント発生だ。
 確かに一般的に嗜好品として好まれる品種とは違う。私の好む豆「ロブスタ種」にあるのは苦みとカフェイン。あとは独特の異臭しか取り柄のない変わり種ではある。だが、それをストレートで飲むからこそより高い効能を期待できるのだ。アラビカ豆よりも栽培が容易なため比較的安価で調達できる優れ物だというのに。
 信じられない。信じたくはない。しかし、店員に確認を取ったが間違いない。在庫もないらしい。
 開放的だった日常が、一挙に窮地に追いやられてしまった気分だ。ああ、まるで生きた心地がしない。酸素を失い活動限界まで残すところ30分を切った宇宙飛行士とはこんな気分なのだろうか……。"WARNING"

 どうする? 代替案を急ぎ考えなければ。こうしている間にも有限な時間が刻一刻と失われていく。何か。何かいい案は――。

「Shit! まだ諦めていなかったのかルパート!! 君は今日はお断りだと言っただろうに!!

 誰彼構う余裕もなく足早に店を出たところで、まただ。僕のメンタルに追い討ちをかけるように、無賃労働を求めてくる無法者の名前が目に入った。――いや、待てよ?
 腕に付けたそれが"WARNING"と赤いシグナルを発し、頻りに彼の名前がサブディスプレイにポップアップしている様に、ふと考えが(よぎ)る。

「……Alright, alright. まあ、仕方がない。不本意ではあるが、今日という日を全て明け渡そうじゃないか! スケジュールはまた組み直せばいい! そう言いたいんだろ!?

 人目など知ったことか!
 今朝から溜まりっぱなしだった諸々を一思いに吐き捨てて、右手で騒がしいそれを叩き起こす。そしてまず煩わしい履歴の山を一括削除(デリート)。それから問答無用に着信OFFに設定変更。これでよし! そうしたら、慣れない手つきでエアリアルディスプレイを起動させて、周辺地図を立ち上げる。さて、ここからだ。
 この手のアプリは使い勝手がいまいち分かりづらいから嫌いだ。ええと、確か――。
 画面端に格納されたシステムメニューから検索ウィンドウを開いて、手始めに「ロブスタ豆」と検索をかけてみる。

"No hit"

「Why not!! ええい、次だ!!

"No hit"

"No hit"

"No hit"

「――|No!! Stop kidding me!!!!《人をコケにするのも大概にしろ》」

 自分でも驚くほどの声量に、高性能なディスプレイさえノイズが走る。
 もう、何分経った? いや、時間を確認するのはやめだ。
 今一度まっさらなあの空を眺めようじゃないか。それから思いの外荒くなっていた呼吸を整える――。よし、なんとか落ち着いてきたな。
 Huhhhh、Ooookay いいだろう。そっちがその気なら、とことん付き合おうじゃないか。これなら文句はないだろう? 「コーヒーショップ」どうだ?

"Searching……58 hits"

 Haha……。もういっそうのこと、クリニックに駆け込んで安易な頭痛薬をもらって帰ってしまいたい気分だ……。
 何せ、大学の中核キャンパスが属する敷地はあまりにも広大だ。
 ・5つの学部棟
 ・14棟の大学院
 ・14棟の学生寮
 ・3つの戦死者を尊ぶ記念教会
 ・大富豪出資の大図書館を含む19館の図書館。
 ・4つの美術館
 ・6つの博物館
 ・4つの大規模多目的ホール
 さらに、キャンパス周辺には69を超える他大学があり、大なり小なりその敷地内に類似の建築物が建ち並んでいる。それはもはや、この街全体が世界随一の学園都市を形成するほどにだ。
 そんな学徒のために洗練された街並みに店を構えるとなれば、どれもこれも上質でスタイリッシュなものばかり。
 つまりは、どこもかしこもリッチなローカフェインばかりというわけだ。
 それを手当たり次第探して回れと?
 施行の前段階から結果が見えている。無謀を通り越して、これほどただただ馬鹿げている試みは初めてだ。果たして、この広大で膨大な街の中、お目当ての救済を施してくれる店舗はあるのだろうか。

「これも全部君のせいだからなっ!!

 大まかに候補店(ターゲット)の位置を把握して、手加減も忘れてディスプレイを閉じる。さて、大学生活が始まって以来、初の街探索と繰り出そうじゃないか。
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