第25話 バードランドの妖精

文字数 930文字

 ぐるりと頭を動かすと妖精が飛んでいた。もちろん棚橋さんには見えも聴こえもしないはずだけれど。

 目を閉じて、その歌声を最後の一滴まで聴いた。

 While the breeze on high sang a lullaby
 You’d be all that I could desire

《You’d be so nice to come home to》
 Lyrics & Music: Cole Porter 1943

「ありがとう」目を開けた僕のささやきに、妖精がふわりと肩に舞い降りた。
 お粗末さまでした。歌い終わった演歌歌手みたいに深々とお辞儀をしている。

 みずき……なの?
 あの歌声は……どう考えても。

「歌声?」言葉にしていないのに、妖精は反応した。
 頬っぺたにつまようじが当たってるような感触がする。どうやら頬を指先でつついているらしい妖精は、前のめりに僕を覗き込みながら意味ありげに微笑んだ。「さあ、どうなんでしょうか」



 考えてみれば、みずきが死んでからこの妖精は現れるようになった。そうだったのか。僕の胸は溢れるような喜びに満たされながらも、ふと思わずにはいられなかった。妖精が現れなくなる日を。

「ライター、蹴っちゃったんだよね。煙草と一緒に」もう少し、(たわむ)れていたい。
 うふん、しつこい人。トントントンとリズミカルにステップを踏まれる肩がこそばゆい。しつこい人は嫌われるのよ。えいっ、心地よい刺激。どうやら肩を踏んづけられたようだ。
「鷲掴みよ」その声に、僕は泣き笑いのような息を漏らした。

「ステージでもないのに、歌が聴こえました。みずきさんの歌う "You’d be so nice to come home to"が」棚橋さんが呟いた。

「聴こえましたか、藤崎さん」同意を求めるようにこちらを見た。
「はい、確かに聴こえましたよ棚橋さん」

「生きてゆくのがつらい時がある」ステージに顔を向けた棚橋さんは彫像のように動きを止めた。ふたりの間に静かな時間だけが流れた。
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