第12話 ギムレット
文字数 1,100文字
「棚橋さん?」
一見客 なのに名前を呼ばれて驚いた。ネームプレートを見たのだろうが、個人的には好まない客だ。距離というのは徐々に縮まるもので、いきなり詰めてくるものではないと思うから。
「ギムレットをもらおうかな」ふんぞり返るように椅子の背に片肘を乗せた。
年のころは20代前半、どことなく横柄な言葉遣いと態度が気になる。
「かしこまりました」
「お前、何にすんだ? うだうだしてないで早く決めろよ」女性に対する心遣いもなさそうだ。
人を支配下に置いた気になって悦に入るのは、低級な人間なのだと歴史が教えている。私は小さくため息をついた。
「ジンライムとギムレットって、何が違うの?」
「一緒だよ」男が投げやりに答える。「飲むもの決めろって」
確かにそうだ。ロックグラスに氷を入れてステアしたものがジンライム。シェイクしてカクテルグラスに注いだものがギムレット、使う材料は同じだ。
女性は結局、モスコーミュールに落ち着いた。私はひとつ試してみることにして材料を入れてシェイクした。
カクテルグラスを置き、それを注ぐ。じっと見ていた男が眉を曲げた。
「なに作ったの? 頼んだのはギムレットだよギムレット」不機嫌を隠そうともしない声だ。やはりそうか。
「コーデュアルではない方がお好みでしたか? 失礼しました」私は即座に作り直した。
「なに、コーデュアルって」彼女が口を開くが、男は不機嫌な顔のまま無言だ。彼女はひょいと肩をすぼめた。
「大変失礼しました」フレッシュライムを絞り、一瞬迷ってバースプーン一杯のガムシロップを加えたギムレットを提供した。
「慎さん、お願いします」声の方へ移動した。
「同じものをもう一杯」ショットグラスを掲げると、身を乗り出し口元に手を添えて囁いた。
「偉そうな坊主が来たもんだね。不躾 だ」
先日ニコラシカを教えた常連客だ。
「世の中にはいろんな人がいらっしゃる」私は微笑んで二杯目のニコラシカをカウンターに乗せた。
その奥、ステージ寄りの席には30歳ぐらいのスーツ姿の男性客。安斎さんのステージの夜はよく顔を出す静かな方だ。
単なる熱烈なファンではなく、安斎さんのいい人であろうと思われる。なぜなら、彼がみずきさんに求愛をするシーンを見たからだ。その求愛が受け入れられたであろうと確信するのは、みずきさんがジャズファン以外にも知られた有名な一曲を歌うとき、かなりの割合で彼に視線を送っているように感じるからだ。
「ギムレットをもらおうかな」ふんぞり返るように椅子の背に片肘を乗せた。
年のころは20代前半、どことなく横柄な言葉遣いと態度が気になる。
「かしこまりました」
「お前、何にすんだ? うだうだしてないで早く決めろよ」女性に対する心遣いもなさそうだ。
人を支配下に置いた気になって悦に入るのは、低級な人間なのだと歴史が教えている。私は小さくため息をついた。
「ジンライムとギムレットって、何が違うの?」
「一緒だよ」男が投げやりに答える。「飲むもの決めろって」
確かにそうだ。ロックグラスに氷を入れてステアしたものがジンライム。シェイクしてカクテルグラスに注いだものがギムレット、使う材料は同じだ。
女性は結局、モスコーミュールに落ち着いた。私はひとつ試してみることにして材料を入れてシェイクした。
カクテルグラスを置き、それを注ぐ。じっと見ていた男が眉を曲げた。
「なに作ったの? 頼んだのはギムレットだよギムレット」不機嫌を隠そうともしない声だ。やはりそうか。
「コーデュアルではない方がお好みでしたか? 失礼しました」私は即座に作り直した。
「なに、コーデュアルって」彼女が口を開くが、男は不機嫌な顔のまま無言だ。彼女はひょいと肩をすぼめた。
「大変失礼しました」フレッシュライムを絞り、一瞬迷ってバースプーン一杯のガムシロップを加えたギムレットを提供した。
「慎さん、お願いします」声の方へ移動した。
「同じものをもう一杯」ショットグラスを掲げると、身を乗り出し口元に手を添えて囁いた。
「偉そうな坊主が来たもんだね。
先日ニコラシカを教えた常連客だ。
「世の中にはいろんな人がいらっしゃる」私は微笑んで二杯目のニコラシカをカウンターに乗せた。
その奥、ステージ寄りの席には30歳ぐらいのスーツ姿の男性客。安斎さんのステージの夜はよく顔を出す静かな方だ。
単なる熱烈なファンではなく、安斎さんのいい人であろうと思われる。なぜなら、彼がみずきさんに求愛をするシーンを見たからだ。その求愛が受け入れられたであろうと確信するのは、みずきさんがジャズファン以外にも知られた有名な一曲を歌うとき、かなりの割合で彼に視線を送っているように感じるからだ。