第16話 バーボンソーダ

文字数 1,130文字

「バーボンを、そうだな……ソーダ割りでください」
「しゃれたの?」
「なにが?」
「じゃないんだったら、いい」女性はクスッと笑った。

 スーツにネクタイ姿の男性客と、ふわりとしたワンピース姿の女性客のやりとりに、私は微笑んだ。

「銘柄の指定はございますか」
「逆にソーダ割りにはなにが合いますかね。普段はそんなこと考えずに、ロックで飲んだり水割りやソーダ割りにするんですけど」
 節操がないんですよ、と女性が笑った。

「そうですか。あくまで個人的にですが I・W ハーパーがおすすめです。ウィルキンソンの炭酸とよく合います」
「じゃあ、それをください」
「高そうなお酒をチョイスしないって、ステキ」女性の言葉に軽く頭を下げた。



 年の頃は、男性は30代半ば、女性は20代後半といった辺りか。同伴女性を前に知識を振り回したりせず、素直にバーボンの銘柄を訊いてくるあたり好ましい男性客に映った。

「あたしは、ジントニックをいただこうかな」
「はい、かしこまりました」
「よかったぁ、銘柄の指定とか訊かれたらどうしようかと思ってドキドキしちゃった」女性はうふふと笑う。「ジンにもトニック・ウォーターとの相性ってあるんですか」

「トニック・ウォーター自体が、原料にジンに似た柑橘類の皮や香草で作られますから抜群の相性です。後はお好みですね。ジュニパーベリーの香りを強く求めるならゴードンのロンドン・ドライジンがよいかと思います」

「ジュニパーベリー?」女性が首をかしげる。
杜松(ねず)の実です。正確には西洋杜松でしたか。ケヤキ科のジュニパーという低木に成る実です」



 炭酸水に各種の香草類や柑橘類の果皮のエキス、糖分を加えて調製したトニック・ウォーターに、ジュニパーベリーをメインに柑橘類の皮、香草類などを加えて蒸留したジンはよく合う。

「へえ、ジンの香りってそれだったんですね」
「そうです。ジュニパーベリーの実は、松葉のようなウッディな香りがします。ジンが松ヤニのような香りと表現されるのもそのせいですね。アロマに詳しい方には馴染みの名前のようです」

「あらま。アロマの、あ、の字も知らないがさつさを暴露しちゃったわ」女性は笑った。とても好ましいカップルだ。
「いえいえ、それは好みのジャンルの違いですから」

「いま、しゃれた?」
「遅い」

「あ、ステージが始まるみたいだよ」男性の声がする。
「きれいな人だ」つッ……
 どうやら太ももでもつねられたようだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み