不良警官

文字数 5,285文字


「ああ、そりゃ別に不思議じゃないでしょうね」

 指摘されるだろうと思っていたので、僕は別に慌てなかった。

「所轄が違うとはいえ、あの事件はだいぶ騒がれましたしね。僕のことは表だって公表されてないけど、警察は別だ。貴方も、捜査資料なんかで僕のプロフィールを見ているかもしれない」
「……やっぱりか!」

 石田氏はしてやったりという声を出し、益々ちらちらと僕を見た。

「よそ見して、事故らないでくださいよ」
「ちゃんと前は見てる! それより、やっぱりおまえは、あの八神守だなっ」
「似たような名前は大勢いるけど、まあ当たりかもです」

 僕は肯定の意味で肩をすくめた。

「はっ」

 石田氏は盛大に鼻を鳴らした。
 相変わらず、命令通りに運転しているものの、なにやら得意げな表情まで浮かべていた。

「最初にガキ呼ばわりしたのは悪かったが、あの事件のショックで、壊れてたのかよっ。俺を虜(とりこ)にして今度は自分が騒がれるよりもだ――今からでも、病院で静養した方がいいんじゃないのか? その方がおまえのためだと思うぞ、八神」

 驚くべきことに、石田氏の言い草には、わずかながら本気で案じているような部分もあった。
 黙って聞いているルナは、僕と石田氏をしきりに見比べ、質問したくてたまらないような顔をしている。
 まあ、無理もない。

「あー、石田さん。もしかして貴方、あの事件の被害者と犯人を、警察発表の通りに信じてます?」
「……なんだと?」

 石田氏の薄笑いが消えて、当惑の表情が浮かんだ。
 僕は悠然と足を組み、畳みかけるように告げてやる。

「貴方は勘違いしている。あの事件で警察が結論付けたことは、根幹の部分で大きく間違ってるんですよ。死者が何名か出たのは確かですが、殺した犯人は一人じゃない。僕もまた、途中からは犯人側だった。やむを得ない状況だったとはいえ、れっきとした殺意を持って人を殺しているんだから」

「……ちょっと待て」

 強面の石田氏が、心底ぞっとしたような声を出した。

「あの立てこもり事件で亡くなった被害者の一人は、おまえの父親だったはずだが、おまえが殺したってのは誰だ?」

 僕は答えず、ただ微笑してルームミラー越しに彼を見た。

「貴方に詳細を説明する気は全くありません。ただ、覚えておいてほしい。僕は過去に何人か殺してるし、自分が必要だと思えば、さらに死体を量産することも厭(いと)わない。僕には『最初から』、殺人の禁忌(きんき)がまるでないんです。その証拠に、殺した直後だろうと、平然と熟睡できる。それで、今の僕の目的は――」

 ルナの肩にそっと手を触れ、石田氏に教えてやる。

「このルナを追っているかもしれない敵を炙(あぶ)り出し、彼女に危険が及ばないようにすることと、それにこの世界でルナが安心して暮らせる条件を整えることです。そのために邪魔だと思えば、石田さん……僕は、ためらうことなく、貴方を殺す」

 ルームミラー越しに強張った顔で見つめる石田氏を、じっと見返す。

「全然自覚していないようだから、大サービスでちゃんと言っておきます。貴方をとっ捕まえた僕らは、二人とも見かけ通りの男女じゃない。必要とあれば、貴方の命なんか全く気にしないことでしょう。不運にも自分は、そういう相手にとっ捕まったんだと、ちゃんと理解しておいた方がいいですよ。……わかりましたか?」

 一拍置いて、ゆっくりと石田氏が頷いた。
 幽霊を見たような顔をしていた。僕は微笑して話を打ち切った。

「わかったら、黙って目的地までどうぞ。近付いたら、また指示しますんで」
「あ、ああ……」

 ようやく、石田氏がちゃんと前を見てくれて、僕はほっと息を吐く。
 すると、ふいにルナの唇が僕の頬に触れた。

「わっ」

 そういうサプライズは予告して欲しかった! という意味で僕が横を見ると、とろけるような微笑を浮かべたルナと目が合った。

「ありがとう、八神君。わたしも、貴方のためならなんでもするわ」

 そっと抱きつき、僕の耳元で囁いてくれた。
 なぜか想像以上に感激しているらしく、声が震えていた。

「本当よ……貴方のためなら、なんだって犠牲にしてみせるから!」




 ……そんな訳で、僕らは後部座席でぴったりくっついて座り、無言のままいちゃいちゃしていた――ように見えたのだろう。
 
 腹立たしいのか、しばらくすると石田氏がまた話しかけてきた。

「なあ、せめて目的を教えてくれやっ」

 さっき僕は「黙って目的地までどうぞ」と指示したはずなのに、逆らっている。ルナが最初に「今後は私同様、この人の命令も聞くのよ」と命じた効果が、薄くなっているようだ。

「黙れって八神君が命じたはずよ……どうして無視するの」

 ルナが、切れ長の目をすうっと細めた。

「尋ねただけだぜ?」

 不思議そうに石田氏が首を傾げたので、ルナの機嫌はさらに悪化した。

「……気に入らないわね。段々、首を引きちぎりたくなってきたわ」

 ついに僕から身を離し、本格的に石田氏を睨んだ。
 イビルアイに永続的な効果はないとはいえ、普通は一週間以上保つらしい。
 ルナにすれば、自分の能力に挑戦されたような気がするのだろう。

「いいよ、ルナ。石田氏の例は希少例なんだろ? いっそ、どこまで抵抗できるのか、試してみるのもいいかもしれない。今後のためにもさ」

 僕は軽く目を閉じて己のコンディションを確かめ、息を吐く。
 よしよし、今日――というか、今は大丈夫そうだ。

「僕の調子もいいようだから、いざとなっても、ルナに頼らずになんとかできそうだしね」

 途端に、ルナが目を輝かせた。

「やっぱり、八神君にもわたしのような力があったのね! 絶対そうだと思ってたわっ」
「うーん……多分、ルナが想像するような便利な力じゃないよ。あるにはあるけどね、最弱にして最強の能力が」
「おまえら、なんの話をしてんだ? 能力ってのはどういうことだよ!? それと、俺をどこに連れて行くつもりなのか、説明しろっ。あと、後ろでいちゃいちゃしないでほしいねっ。こう見えても独身だぜ!」

 ストレスが溜まってたのか、言いたいことを一気に吐き出した感じだった。

「いや、独身だと最初から思ってましたし」
「女の子に無縁だと、最初から思ってたわ」

 僕らは見事に同時に声に出し、顔を見合わせて笑った。

「ちくしょう……馬鹿にしやがってえっ。今に見てやがれっ。ガキに脅されて震え上がってる俺じゃないぞっ」

 よほど腹が立つのか、石田氏は肩を震わせていた。
 ステアリングを握る手が真っ白である。

「だから、それが間違いなんですって」

 僕は穏やかに反論する。

「ルナはただの洋風美少女じゃないし、僕だって見た目通りじゃない。貴方はむしろ、震え上がるべきなんですよ。自重しましょう……自分自身のために」
「けっ、今のうちに言ってろ」

 忌々しそうに石田氏が唸り、会話はそこで終わった。
 



 それから数分ほどで国道を逸れ、目当ての倉庫街に入った。
 ちなみに、倉庫街というのは正式名称ではない。港が近いこの周辺に、業者の倉庫がたくさん建ち並んでいる故の通称である。

 僕は細かく道を教え、一番隅にある貸倉庫の駐車場に、車を停めさせた。

「さ、降りてください」
「言われてなくてもっ」

 問題は、そこで起きた。
 三人バラバラに降りた途端、石田氏が振り向きざま、スーツの内ポケットから銃を出したのだ。小型の拳銃で、多分ベレッタとかその辺りだろう。

「よしっ、ようやく俺の身体が言うことを聞いてくれたっ。お遊びはここまでだぞ、ガキ共」
「普通、警察官はそんな銃なんか支給されませんよね? て、ルナっ!?

 石田氏の抵抗など僕はさして気にしなかったし、質問する余裕まであったが。
 それでも、ルナが素早く動いて僕の前に立ちはだかり、両手を広げて庇(かば)ってくれたのには驚いた。
 そこまで大事に思ってくれてると知り、さすがの僕も少し感激したほどだ。

 セーラー服姿の美少女ヴァンパイア貴族に庇われる僕とか、数日前まで想像もしなかったし。

「大丈夫だよ、ルナ。どうせあの人の銃は役に立たないから」
「八神君が怪我でもしたら、誓っておまえを八つ裂きにしてやるわっ」

 ルナが低い声で唸った……怒りで、僕の声すらよく聞こえていないらしい。
 既に瞳が赤く染まりかけていた。

 ……だから彼に、自重しろと言ったのにな。




「大丈夫だよ、ルナ」

 背後から、身長が自分とそう変わらないルナの腰に手を回し、両腕で抱き締める。
 落ち着かせようとしてそうしたのだが、例によってルナの髪の香りと……それにしなやかな肢体にこっちが陶然となりかけてしまった。

「八神……君」

 今にも石田氏に襲い掛かろうとしていたルナは、小さな声を上げ、ふっと身体の力を抜いた。

「さっき言ったろ? 今は自分でなんとかできそうだ。……これも予定のうちだから、見ててくれると嬉しい」
「本当に大丈夫……なのね?」

 そっと振り返った瞳から、薄赤い色が少しずつ抜けていくのがわかった。

「大丈夫、大丈夫。むしろ、石田氏を心配した方がいいと思う」
「あいつは死んだっていいの」
「はははっ」

「おいっ、勝手に話すな! 今状況を動かしているのは、俺だぞっ」

 強面(こわもて)の元刑事らしい恫喝声で、石田氏が脅しをかけた。
 さすが、やりなれているらしく、凄みがある。

「いや、貴方はなにも動かせてませんよ。自分でそう信じ込んでるだけです」
「笑わせるなっ」

 動けるようになり、強気になった石田氏がせせら笑う。

「女を盾にして逃げる気か、八神っ。すくんでないで、前へ出ろよっ」
「……盾として見るなら、ルナは貴方が想像する以上なんですけど、じゃあ出てきましょうか」
「お願いだから、気をつけてね!」
「すぐ済むよ」

 名残惜しそうに手の甲にキスしてくれたルナから離れ、僕は石田氏のご要望通りに、前へ出てやった。彼が間合いを空けていたから、それでも八メートルくらいは離れているだろう。

「モデルガン好きだった頃に図鑑で見ましたけど、それってベレッタM950ですか? 掌(てのひら)に載るサイズの小型拳銃ですね。それで、本当に僕を撃つつもりで?」

「おまえ、俺が絶対に撃たないと思っているな。ナメるなよ、八神っ。他に方法がないとなりゃ、俺は撃つぞっ。だから、あの催眠術じみた手品は、二度とやるなっ」

 盛大に顔をしかめて石田氏が吐き捨てる。

「ああ、イビルアイ? 催眠術じゃないんですが、まあいいです。で、もし撃ったら警察にどう言い訳するんですか? それとも、オトモダチのヤクザさんに助けを求めるのかな」

 石田氏がはっとした顔で僕を見返した。
 すぐに表情を眩(くら)ましたが、今更遅い。やっぱり、そっちと繋がっていたか。

「だって、そんな拳銃、普通は支給されませんしね……さっきも言ったけど」
「おい、何をするつもりだ? 止まれっ」

 僕が歩き出したのを見て、石田氏がさっと銃を構え直した。


「実は、これから何が起こるのか僕にも不明だから、予想してみますか。ええと……撃つには撃つけど、暴発して貴方が怪我する? 確率高そうなのは、それかな?」


 ゆるゆると進み続けると、石田氏が喚いた。

「止まれと言ったぞ! いいか、この近辺は俺もたまに来る。人の出入りなんか滅多にないから、小型拳銃の銃声も喚き声も、どうってことはないんだぞっ」
「倉庫街だし、そりゃこの時間帯に人の出入りなんかないですよね……昼間もないけど。もちろん、知ってますよ。だから、わざわざ車でここに来たんだから。場所を指定したのは僕なんですが?」

 忘れているらしい石田氏に指摘したが、彼は返事代わりに、拳銃を空に向けて撃った。
 バンッと意外と間抜けな音がして、薬莢が排出されるのが見えた。
 あいにく、僕は止まらないが。

「ああ、警告ですか。なら、これはカウントできないな。じゃあ、例外ってことで。……となると、次が暴発かな? あるいは、貴方が脳溢血で倒れるというサプライズかも」

 予想を並べつつ、僕はさらに進む。

「いずれにせよ、貴方が結構なワルだというのは、もうわかった。なら、悪党絡みってことだから、僕に不利なことは起こらないでしょう。さして『世界を曲げる』わけでもないし」

 警告の発射を歯牙(しが)にもかけない僕を見て、石田氏は幽鬼を見たような表情になった。

「わけのわからんことを、ほざきやがって! なら、奇跡でも祈るんだなっ」

 二メートルほど手前まで接近したところで、石田氏は今度は僕の足を狙って引き金を引いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

○八神守(やがみ まもる)

主人公 十五歳で、高校に入学して間がない。


過去の事件故に、心が壊れてしまっているが、意図してそれを隠している。

見た目は一見普通だし、他人に異常を悟らせない。


今回、最強にして最弱の力、「エンド・オブ・ザ・ワールド」を使って、「世界を曲げ」、異世界を渡ってきたヴァンパイア少女を救おうとする。


ただし、その方法は容赦ない上に、時に目的のために他人を犠牲にする。


「僕が本気で望めば、明日の太陽はもう昇らない。僕が本気で心配しても、同じく明日の太陽はもう昇らない」

ヒロイン1 

○ルナ(夜月) 十四歳○ 


異世界からこちらへ転移して逃げてきた少女。

元はヴァンパイア世界の貴族の位にあったが、人間によって一族は根絶やしにされた。

日本に来たばかりなのに、ハンターの追撃に遭って死にかけていた。

しかし、守が見つけて助け、ためらわずに彼女のために協力し始めたことで、反撃に出るきっかけを掴む。


人間とヴァンパイアの混血で、昼間でも多少は活動できる。

普通の人間はただの下等動物くらいの意識だが、守の力を目の当たりにして、彼だけは例外としている。

ヒロイン2

○桜井亜矢(さくらい あや) 十五歳○


なぜか生まれつき、自分の上位者を定めようとしている、不思議な少女。

未だに上位者は見つかってなかったが、亜矢の母親は「自分がそうだ」と偽り、家庭内で亜矢を支配しようとしていた。

しかし、守に出会った後、亜矢は「この人こそが!」と謎の確信を得る。


以来、守に自分の人生を丸投げして、その言葉に絶対の忠誠を誓っている。

(守は普通の人生を送れるように誘導しているが、未だに効果なし)


……つまりは、いろいろ病んでいる。

ただし、その思い込みの凄まじさは、「皆と上手くやる訓練として、アイドルを目指すのはどうか?」と守にアドバイスされた途端、後に本当にアイドルになってしまうほど、一切のブレがない。

○石田氏(守の呼び方)○


守が目をつけた、悪徳刑事。

その顔の広さと情報網に目をつけ、守とルナによって、不幸にも使徒にされてしまう。

元刑事で今や地位も上がったのに、守達の手駒として飛び回る、かわいそうな強面(こわもて)。


ただ、徐々に慣れ始めてきている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み