最初の会合は上出来
文字数 4,836文字
僕は一旦、この集まりを解散して、改めて彼女に話を聞くかと思ったのだが――。
そう言おうとした途端、彼女の方が慌てて叫んだ。
「マスター、すぐに逃げてくださいっ」
心底焦ったその顔を見て、僕はもちろん、嫌な予感がした。
金髪少女は怒濤の勢いで言い立てた。
「あと十分、いえっ、あと五分でここを襲撃する予定なんですっ。幾らもしないうちに、元仲間が来ます!」
「どうしてここがわかったかは後で訊くとして――そりゃ都合がいい」
僕は落ち着いて述べると、人垣の後ろの方でポカンと立ってる石田氏に叫んだ。
「石田さん、やっぱり持ってきた武器は使い処があったようです。すぐに中央の机に置いてください。亜矢、君が持ってきたのも!」
「わかりましたっ」
「に、逃げないのか?」
亜矢は即答でボストンバッグの方へ走ったが、石田氏は馬鹿みたいなことを訊いてくれた。
「あと五分で敵が来るのに、逃げたってどうせ見つかりますよ。それに、今は敵にとってチャンスかもしれないけど、逆にこっちだって迎え撃って殲滅するチャンスです。いいから、早くっ」
「わ、わかった!」
ようやく石田氏も動き、それから僕は周囲にいる全員に叫んだ。
「さあ、全員武器を取れっ。これはピンチじゃなくてチャンスだ! 待ち構えて、逆に殲滅するぞっ」
おそらく、僕の言い様に戸惑った者もいたはずだ。
しかし、ルナの命令のお陰で僕の指示にも従うようにされているので、表だって抵抗する者は誰もいなかった。
今まで苦しんでいた警察署長まで、這うようにして武器を取りにいったほどだ。
一番素早かったのは、義妹の葉月で「よぉーし、武器武器っ」と割と明るい声で叫び、あっという間にボストンバッグに取りついていた。
ただし、もちろん例外もいる。
「八神君!」
「マスターっ」
「守さまっ」
ルナと新たな使徒である金髪少女、そして自分も自動拳銃を手に走ってきた亜矢の三人に、いきなり囲まれた。
僕はまっさきに、金髪の子に尋ねた。
「名前は?」
「アリスですっ」
「よし、アリス! いきなりで悪いが、襲撃してくる敵の戦力を教えてくれっ。それと、攻撃手順もっ」
「人数は、ハンターガン装備の十名ほどですが、合図は私が出しますから、そこに付けいる隙がありますっ」
アリスはなかなか聡い子らしく、一番重要な情報も含めて、簡潔に教えてくれた。
「よしっ。確かにそれなら、罠にかける余地がある!」
五分……いや、二分後、実際に戦闘装束みたいな黒い上下を纏った連中が、塾の中に突入してきた。僕らの応戦準備は、ギリギリ間に合った。
アリスは当初の彼らの予定通り、一人で廊下に立っていて、仲間に僕らがいる教室を示す。
本当に僕らが潜む教室ではなく、その隣の教室へと滑るように廊下を疾走していく。身のこなしからして、どうやら戦闘訓練を受けている気がする。
扉の隙間から彼らが通り過ぎた瞬間、僕は背後で身構えた全員に叫んだ。
「戦闘開始だ! 行くぞっ」
『おーーーーーっ』
ルナの使徒となった全員が雄叫びを上げたが、未だ人間のままの葉月が、一番声が大きかった気がする。
ちなみに、葉月が真っ先に飛び出さないように、僕はあえて義妹を最後尾の方へ押しやってから飛び出した。
弾倉交換したウージーを手に、僕は号令した。
敵は前方にいて、まだ教室へ入る前だし、アリスは言い含めておいた通り、ぱっと床に伏せている。
「撃って撃って、撃ちまくれ!」
次の瞬間、派手な銃声が廊下に轟き渡った。
所詮銃撃など素人が大半だが、それでもこの距離なら命中率はさほど悪くない。
時折廊下のガラスが割れ、床に当たった跳弾が味方を傷つけたりしたが、奇襲だったことと人数の差が有利に働き、一分もしないうちに、敵の半数以上が倒れていた。
ごく一部が、這々の体でそばの教室内に逃げ込んだが、ヤクザ連中諸氏が罵声と共に追撃に向かって、新たな銃声が連続した。
全滅確定だろう……こちらも三名ほど殺られたが、その程度なら差し引き大勝利と言える。
「アリスっ」
「はい!」
元々そばにいたアリスが、すかさず前に出てきた。
「御前(おんまえ)にっ」
「うん。ここに襲撃に来た者の他に、元仲間は?」
「……いえ。私が最後の一人かと」
一瞬だけ切ない表情を見せたが、すぐに忠誠心が蘇ったのか、思い出したように付け加えた。
「ただ、最近彼らの潜伏先に現れた、奇妙な男がいます。まだ仲間とは言えないのですが、マスター達の集会も、なぜか察知していました。私達は、その情報に基づいて襲撃を計画したのです」
「あいつだわ、おにいちゃん!」
僕が閃いたと同時に、義妹の葉月が叫ぶ。
「わかってる葉月」
僕は軽く手を上げ、アリスに問うた。
「それって、長身で少し僕に雰囲気似てて、やたらと自信たっぷりで嫌な笑いを浮かべる奴じゃなかった?」
「……その通りです!」
アリスは驚いたように目を見張る。
「ご存じでしたか」
「いや、たまたま一度会っただけだ」
そう、葉月がストーカー男を殺した夜、僕らとすれ違った奴だ!
「なあ、八神っ」
ふいに石田氏が呼んだ。
「おまえが教えてくれた通り、どういうわけか連中の死体は消えたが、こっちの死体は残ったままだ。逃げないとまずいぞっ。もう手遅れかもしれんが」
「僕がいるのに、なんであれ手遅れにはなりませんよ」
僕は落ち着いて言うと、皆に号令をかけた。
「全員、撤収だ! 味方の死体はそのまま残しておいてくれ」
「待ってくれっ――いや、待ってくださいっ」
今度は署長や石田氏とは別クチの刑事さんだった。もちろん彼も、今やルナの使徒だが。
「命令には従いますが、せめて死体は三体とも車で移動させたらどうです?」
僕は返事をする前に、ルナを振り返った。
「引き続き、僕に任せてくれるかい?」
「言うまでもないわ」
微笑したルナが、自ら僕の胸に抱かれた。
途端に葉月と亜矢とアリスが、揃って顔をしかめたりする。
「わたしの人生を含めて、全て八神君に任せているから」
「わかった」
僕は小さく頷き、皆に命令を発した。
「僕に考えがある。死体はそのまま放置で、ともかく解散! 一度、アリスから事情を聞いた後、新たな命令を出すよ」
途端に、全員が一斉に動いた。
……使徒らしく、命令最優先で。
翌日知ったところでは、あの倒産した塾の前に車を停めていた使徒達のうち、数名ほどは捕まったらしい。
ビルの中で盛大な銃撃音がしたのだから、そりゃ立ち上がりの早い日本の警察が素早く駆けつけても、当然だろう。
彼らはパトカーで、停車中の車の後ろを遮断し、逃げ遅れた連中を取り押さえてしまった。
ただ、僕は捕まった連中のことは特に心配していない。
ルナや僕に不利なことは、絶対に白状しないとわかっているからだ。
ただし、無視できないこともある。
僕の心はもう決まっているが、ルナを始めとする皆の意見も聞いておくべく、僕は身内に集合をかけた。
身内というのはもちろん、当事者であるルナと僕、それに亜矢と新たな仲間のアリス……最後に、やむなく義妹の葉月だ。
なんとか首を突っ込ませまいと思っていたが、葉月の執念を甘くみていた。
あの子は、僕が普段と違うことをしていれば必ず嗅ぎつけるし、お得意のストーカー行為をして自分も関わろうとする。
それはもはや、阻止しようとしても無駄だ。
ちなみに石田氏も呼んでやろうかと思ったのだが、ルナが反対したので断念した。
「タバコ臭いから嫌よ」
……だそうで。
こういうところ、向こうじゃ貴族階級のルナも、こっちのタバコ嫌いな女の子とあまり変わらない。
「集会の趣旨はわかったけど、ここで話し合うの?」
どんな街にもあるようなファミレスの店内をぐるっと見渡し、ルナが僕を見た。
僕らはコの字型のBOX席に座り、僕の左右はルナと亜矢が固めていた。亜矢はとにかく、約束の時間よりだいぶ早めに来るので、こういう場合はだいたい望み通りの席(つまり僕の隣)に座ることになる。
あぶれたアリスと葉月は、なんとなく不満そうな顔で正面に座っている。
ざっとみんなの顔を見た後、僕は先程のルナの質問に答えてあげた。
「前みたいに寂れた場所だと、いざ襲われた時に危ないからね。一応今日も武器は持ってきているけど、できれば襲いにくいところがいい。……連中が他人の犠牲を省みないのなら、話は別だけど」
質問代わりにアリスを見ると、彼女はゆっくりと首を振った。
「いえ、ハンター達は目立つことを嫌いますから、昼間のファミリーレストランへ襲撃はかけないかと。それに、もはや日本に転移してきたハンターは、先日の連中で最後です」
もう完全に僕の使徒として吹っ切れているのか、アリスの物言いには、一切のためらいがなかった。……というか、今になって思うのだが、ルナと僕をヴァンパイアとして比較した場合、どうも使徒に対する自然な支配力は、僕の方が上らしい。
資質の問題かもしれないが。
「しかし、世界をわたるための転移門は、後でまた構築も可能なんだろう?」
「それは……はい」
アリスは素直に頷いた。
「本国の方でまだ諦めてなかったら、派遣したハンターが戻らない場合、さらに新手が来る可能性があります」
「うん。そしてもう一つ……いや、もう二つまずいことがある。一つは、僕にちょっかいかけてきた仮名カラス神父が、今回は音沙汰ないこと。そしてもう一つは――」
「葉月がおじさんを殺した日に、会った人だよね!」
無邪気に葉月が声を上げ、亜矢はともかく、アリスとルナは少なからず驚いた目で義妹を見た。
「そう」
僕はなにげなく同意し、頷いた。
「あの少年だか青年だかは、なぜかハンター達を見つけて接触し、自分は全く動かず、ハンター達を動かして僕に挑戦してきた。いわば、喧嘩を売られたわけだ……理由はわからないけど。だから僕も、放置はできない。受けて立とうと思う」
そこで、亜矢が小さく手を上げる。
僕は苦笑して言ってやった。
「亜矢、気にしないで話したい時に話せばいいよ」
「ありがとうございます」
低頭した後、亜矢は話し出す。
「その謎の青年は今後の課題として――あの得体の知れない神父が、今回はハンター達と絡んでいないということは、彼の能力シャッフルによって、世界の因果律を変えてしまった結果、『この世界においては、ハンター達とは遭遇できなかった』ということでしょうか?」
「おそらく、そうだろう。わかりやすくいえば、前にカラス神父を殺し損ねた世界と、今僕らがいるこの世界は、完全に同じではないからね。これ全て、シャッフルのせいだけど。謎の青年と並んで、もちろんカラス神父も速やかに倒すべき存在だ」
「あの、わたしもいいかしら?」
右隣のルナが、遠慮がちに尋ねる。
「結局、あの偽神父は、八神君にどんなことをしたの? 八神君ほどの人が、そこまであいつを警戒するなんて」
「そうか……そこを話さないと、今一つ警戒心も湧かないかもしれないね。わかった、簡単にあいつがなにをしたか、今ここで説明しておく。思い出したくないんで、本当にごく簡単な説明になるけど、あいつの危なさは理解してもらえると思う」
クリームソーダを啜っていた葉月がぱっと顔を上げたが、僕は安心させるように頷いた。
どうせいつかは話すつもりだったのだ。