世界を曲げる力……シャッフル
文字数 2,474文字
「八神君っ」
「守さま!」
ルナと亜矢が二人して駆け寄り、大の大人の石田氏が恐る恐る僕に近付く。
侵入者はもちろん、僕が撃ったはずの神父まで消えているのを見て、盛大に顔をしかめていた。
付け加えると、神父と僕が撃ったせいで抉れた教会の床も、ルナが蹴飛ばして破壊した入り口の扉も、全部僕らが来る前に戻っていることだろう。
縛り上げていた捕虜のハンター君も、神父と共に消えた。
連中の痕跡は、綺麗さっぱり消滅したということだ。
「おい、今入ってきた連中は?」
「今入ってきた連中? そんなの『始めから存在しなかった』んですよ。おそらく彼らは今もどこかに潜んでいるだろうけど、少なくとも、この教会に近付いたことすらないと思います」
僕は天井を仰いで盛大に愚痴る。
「神父のシャッフルが発動して、無理に歴史の流れを変えてしまったからです。彼が僕に撃たれたなんて事実は、もう僕らの記憶にしかない。この教会も(最初から)、彼らの隠れ家じゃなかったことになってるはずですね」
一度は殺害を確信しただけに、どっと脱力してしまい、僕は手近な椅子に座り込んだ。
悪いが、今は詳しい説明なんてしてる気分じゃないな。
本気でがっかりしていたので、僕は石田氏の車で亜矢をマンションまで送り届け、もう後は解散とすることにした。
ただし、説明する気分じゃないと言いつつ、ルナを始めとしてみんな知りたがるので、やむなく車内で、神父の切り札の内容については教えてあげた。
本人の命名による、「シャッフル」の波動条件はたった一つ――神父が命の危険を感じた時、自ら自殺することだ。
自殺の方法は全く問わない。とにかく「自分が誰かに殺される」、あるいは他の要因で「もううすぐ死ぬっ」と確信したところで自死を選べば、速やかにシャッフルが発動する。
その瞬間、神父が死ぬまでに至った要因が全て改変され、歴史は「曲げられる」。
因果律を変えるという意味では、問答無用のパワーは別として、僕の力と似ている。ただ神父の場合は、本人の保護にのみ働くというだけのことだ。
改変の度合いは、その時の状況による。
今回の場合、あの教会で僕に殺される寸前だった事実は消え去り、神父はあの場で消えた。
神父に関わっていたハンター達も、当然ながらあそこから消えてしまい、歴史はねじ曲げられた。
どの程度改変されたかは謎だが、亜矢が捕虜にしたハンターも消えたということは、少なくとも彼女が学校を訪れたハンターに話しかけられた事実からして、もう変更されているわけだ。
なおかつ、教会が空っぽになったことで、あそこがハンターのアジトだった事実も消えているだろう。
ただ、今回の事件で、唯一僕らが得することがある。
それは、神父のあの力のお陰で、彼らの記憶も含めて改変が完了しているということだ。
神父があのシャッフルを発動した後は、その力を行使したことは記憶の底に残っていても、なぜシャッフルを使ったのか、その理由はもう記憶から抜けているらしい。
歴史の改変は、術者本人にも影響を及ぼしてしまうそうな。
ちなみに僕がこんなに詳しいのは、かつて彼自身が、得々と僕に語ってくれたお陰である。
「しかし、そりゃおかしくないか?」
帰宅途中の車内で、石田氏が突っ込んでくれた。
「それなら、俺達の記憶も変わってるはずじゃないかよ」
「さあ、その辺は謎ですね」
僕は無責任に放言した。
本当に詳しいことはわからないのだから、仕方ない。
「僕とその関係者には、例外的に能力の神髄が及ばないってことかもしれない。だいたい、最初に使われた時だって、仮名カラス神父は助かったものの、僕自身の記憶改変には失敗していますしね。言い換えれば、シャッフルの能力は僕自身には影響を及ぼさなかった。彼が、無意識に僕に苦手意識を持っているためかも。あるいは――」
僕はルームミラー越しに、運転席の石田氏と目を合わせた。
「――この僕が、『シャッフルは、僕自身には影響を及ぼさない』と、根拠もなく確信しているせいかもです。案外、これが正解かな?」
「そういえば、八神君にはイビルアイも効かなかったわ」
僕自身に頼まれて実験したのを思い出したのか、ルナが呟いた。
「ああ、そうだったね。確かめるために実験はしたけど、最初から僕は、イビルアイも平気だと予感してたな。これも根拠はなかったんだけどね」
しかし、根拠があろうがなかろうが、僕がそう思っていたことが大事なのだ。
僕が信じることは、それがどんな内容であれ、必ず現実となる。同時に、「そうならないでくれ」と強く願うこともまた、現実となる。
最強でありながら、同時に最弱でもある対極の能力、それが僕のエンド・オブ・ザ・ワールドだ。世界の終わりを引き寄せる可能性があるというのは、嘘でも誇張でもない。
「私も、それが事実だと思います」
左横で、亜矢が力強く言ってくれた。
「それに、私達にも影響はないと守さまが信じているからこそ、私を含めた他のみんなも無事だったんですよ、きっと」
僕に盲信する、彼女らしい言葉である……右隣のルナの視線が気になるが、片手を胸に当てて僕を見つめる亜矢の顔は、やたらと魅力的に見えた。
だからというわけではないが、なんとなく「様付けで呼んではいけない」という話も、持ち出しにくくなっている。亜矢にとっては、本当に苦しいことなのかもしれないし。
「それで……この後はどうしましょうか」
ルナが話を露骨に変えた。
「もちろん、計画は続行だよ。もう少し使徒の数を増やすけど、とりあえず、次は武器の確保かな。そっちは、石田サンと僕でやるから」
「ええっ!?」
疑わしそうに僕らの話を聞いていた石田氏は、ふいに振られてびくっと肩が動いた。
「――お、俺もかあっ」
素っ頓狂な声を上げるのを聞いて、僕は久しぶりに笑った。