ヤクザから武器を強奪

文字数 5,950文字

 週末を挟んでおよそ一週間後、僕は石田氏と待ち合わせた薬局の駐車場に立っていた。
 ちなみに、学校は二時限目が終わった後、早退である。

 この一週間、使徒を数名増やしたくらいしかしてないが、警察関係者の石田氏も含めて、行動範囲が広がるのは有り難い。
 なんといっても、あの夜の実験の結果、ルナが人に噛みついて血を啜らなくても、使徒にしたい人物に彼女の血を飲ませるか、あるいは直接注射してやれば、大いに効果があるとわかったのが大きい。

 血液型の違う人間の血を注射するのは、下手すると命に関わる。
 たとえ100mlの輸血でも、血液型が違えば死ぬケースがあるらしい。
 いや、石田氏にルナの血を注射する時、彼がでっかい声でそう喚いていただけで、真偽は知らないが。ただ幸か不幸か、使徒化のための必要血液量は、問題にならないほど少しで間に合うとわかった。

 それに、ヴァンパイアの血は人間の血とは全く成分が違うような気がするので、案外、量も関係ないかもしれない。
 ……だからといって、僕自身で試すのは嫌だが。

 いずれにせよ、魔術的な要素で人を使徒化するのが、「噛みつくやり方」だとすれば、ヴァンパイアの血を少量輸血するのは、病原菌ならぬ、ヴァンパイア因子を感染させるようなものかもしれない。

 詳しい仕組みに興味なんかないんで、これ以上、この件を調べる気ないけれど。
 僕にしてみれば、一度ルナから血をもらえば、こっちで勝手に使徒を増やせるのは有り難い。
 そんなことを考えている間に、石田氏のボロ中古車が駐車場に入ってきた。


「五分遅刻ですよ!」

 後部座席に入るなり、僕は文句をつけた。
 遅刻されると、早めに来てる僕が馬鹿みたいじゃないか。

「非番でもないのに、適当な理由つけて署を抜けてきてるんだぞ? 無理言うな」

 駐車場を出て走り始めると同時に、石田氏はぶすっと言う。

「それよりなあ、なんつーか、あれから俺はやたらと太陽光に弱くなって、昼間歩くだけでもいい気がしないんだが、これはなんとかならんのか?」
「ルナが人間との混血で、よかったじゃないですか」

 腕組みして座った僕は、微笑して答えた。

「そうじゃなければ、今頃はもう、とうに灰になってますよ」
「けっ、他人事だと思いやがってー」

 今時、ごま塩頭をオールバックに決めて、整髪料でテカらせている彼の話し方は、それこそ
不機嫌な不良のごとくである。
 まあ、顔はワルそうな中年そのままだが。

 本当は、他人を吸血すれば、太陽光への不快感もかなり収まるらしいが、ルナも僕も、そのことは石田氏に教えていない。


『あの人にそんなこと教えたら、たちまち若い女の子ばかり襲って問題になりそうじゃない?』


 というのは、眉をひそめたルナの言葉だが、僕も完全に同意する。
 小心なところもあるが、この人ならそのくらいはやりかねない。

 幸い、ハイブリッド(ルナ)の使徒(石田氏)が他人を噛んだところで、被害者をヴァンパイア化する能力はないらしい。
 それは嬉しい事実だが、その代わりそいつが吸血した結果、自分の奴隷としての使徒を作ることは可能なそうな。

 ……それって、石田氏にとってはハーレム一直線ということじゃないだろうか? 
 僕もルナも、その点で見事に推測が一致した。


「あの人に教えると、女の子の使徒奴隷を増やしまくるだろうなあ」
「今だって、わたしを見る目が性犯罪者だわ。正直、マスターの立場でもいや。あまりこっち見ないでと言っておかないと」

「おっとー」

 このように、ルナの意見は僕より遥かに厳しかったことを付け加えておく。
 でも石田氏は実際、ルナに限らず、美人が通る度に、今にも妊娠させそうな目つきでねっとり見るのだな。
 奴隷使徒が作れるとわかった途端、太陽が黄色く見えるまでがんばりそうだ。

 ……なぜか僕もむかつくんで、今後も教えないでおこう。




「そう言えば、車内に芳香剤を置いたんですね」

 タバコ臭が薄れているのに気付き、話を変えるためにも指摘した。

「俺の意志じゃねーよ。おまえも聞いてただろうが。あの夜の帰り道、吉岡さん――いや、マスターに言われたんだよっ。ついでに、永続的な禁煙も命令されたんだぞっ」
「ああ、そうでした……あいにく、忘れてましたよ」

 そのくせ、「吉岡さんじゃなく、マスターと呼びなさい」とルナに厳命されていたことは、ちゃんと覚えていたりするが。

「なあおい」

 石田氏が、妙に懇願する口調で続けた。

「マスターに頼んで、禁煙だけは勘弁してもらえるよう、頼んでくれないか。おまえの言うことなら、マスターも聞き入れてくれるだろ?」
「あ~……でも、禁煙した方が、健康にいいですよ?」 

 珍しく石田氏のためを思って忠告してやったのに、「使徒にされた俺が、ニコチンごときでどうにかなるかよおっ」などと、全力で怒鳴られてしまった。

 はははっ、態度はエラそうだけど、言ってることは正しいな! 
 確かにそりゃそうだ、弾が当たっても平気なんだから。僕は無責任に笑った。

「笑うなよ、ちくしょうっ。ああっ、タバコタバコっ、タバコ吸いてぇえええっ」

 石田氏が悔しそうにステアリングをガンガン叩く。
 実に見ていて飽きない人である。

「そうですね、じゃあこうしませんか」

 僕は少し考えて、持ちかけた。

「僕の頼みも聞いてくれたら、ルナに禁煙解除の件を頼んであげます。プラス、この車も新車に買い換えられる資金を提供しますよ」

 石田氏はルームミラー越しにとっくり僕を見たが、即答はしなかった。
 野良猫が人間を睨むような目つきでしばらくジロジロ僕を見た後、ようやくぼそりと述べる。

「大盤振る舞いだな。一体、なにをやらせようってんだ? これからの仕事だって、たいがい気が滅入ってんのに」
「やだな、僕の頼みはそこまで難しくないですよ。……実は、義妹をつけ回す中年がいるらしいので、なんとかして欲しいと本人から相談受けてましてね」

「義妹? 美人なのか?」
「それはもう……路上で何度もスカウトに声かけられてるほどで。まだ中学に入学したばかりなのに」

 既に、バス停でさりげなく後ろからお尻を触られそうになったとか――その時は、上手く回避したそうだが。

「中坊に中年のストーカーか……おまえの力で、なんとかならないのか?」
「相手が特定できたら、なんとかなるかもしれません。……でも、僕が出しゃばっていつも上手く行くとは限りませんからね。この前だって、肝心の神父には逃げられましたし。だから、今回は優秀な日本の警察に頼ろうと思ったんですが。まあ、貴方が興味ないなら、いいです」

「嫌み言うなよっ。まあ、待てって!」

 タバコと新車がかかっているせいか、石田氏は慌てて言った。

「俺が慎重なのには、理由がある。警察ってのは、基本的になにかコトが起きなきゃ動けないからだ。ストーカーがいるらしいってだけじゃ、駄目なんだって。……けど、非番の日にでも俺自身が出張って、一個人としてそいつに忠告するくらいならできる。さりげなく俺が警察関係者だと教えてやって、『知人から相談受けたんだが?』て感じでな。そいつがつけ回してる最中に話しかけられたら、ベストだ。それでどうだ? 大抵の奴なら、そこで身を引くと思うぞ」

「……まあ、いいでしょう。では、僕も義妹に話を通して、相手を特定できないかやってみますよ。さすがに、今日は無理にしても」

 僕は肩をすくめてあっさり譲歩した。
 元々、警察が万能じゃないことはわかっている。石田氏に話したのは、彼なら何かいい手を思いつくかもしれないと考えたからだ。 

 ――後になってから、僕はこの判断を大いに悔やむことになる。

 彼に話したことをではない。
 石田氏に持ちかけたのはいいとして、僕はこの時、すぐに行動に移すべきだったのだ。しかしあいにく、この時はそこまでストーカーを問題視していなかった。

 むしろ、義妹の葉月に目をつけるとは、目は肥えているが無謀な奴だなと思っていたほどだ。
 これはある意味では正しく、ある意味では大きな間違いだった。

 この後で起きることを、僕は予想しておくべきだったのだ。




 いずれにせよ、すぐに動く機会はもう失われた。
 石田氏が信号で車が停まった途端に振り向き、珍しく破顔して僕を見たのだ。

「おおっ。じゃあ、禁煙解除の件は本当に頼んどいてくれよな。あと、新車もな!」

 かなり調子よい声音だった。

「ストーカーの件が片付いたら、ですね」

 しれっと答えた後、彼の情けない表情を見て、苦笑した。

「まあ、禁煙の件は今日にもルナに頼んでおきますよ」
「す、すまんなっ」

 たちまち機嫌が回復した石田氏に、僕は釘を刺した。

「それはともかく、今は任務に集中しましょう。今日のも、なかなか非合法で油断ならない任務ですしね」
「つか、ヤクザから武器をガメるなんてのは、いかにもおまえらしいや……高校生の考えることじゃーねよ」
「なにを他人事みたいに言うやら。僕が望む武器を秘匿してそうなヤクザさんを教えてくれたのは、他ならぬ石田サンじゃないですか」

 笑顔で僕が言い返すと、「喜んで教えたわけじゃねーやっ」と石田氏が車をスタートさせ、早速喚いた。
 もう周囲は、民家もまばらな郊外である。

「マスターが、『持ってる知識は全部、八神君に教えなさいっ』て横から命令したからだろっ」

 そりゃまあ、使徒はマスターの命令に逆らえないからね、はっは。

「でしたねー。とはいえ、普通のライフルくらいなら日本にもその手の武器を扱う店があるから、そっちを襲った方が早いんですけどね。でも僕が欲しいのは、もう少し危険な武器なので……今から行くところにあるといいんですが」
「そこになけりゃ、後は米軍基地でも狙うしかないね」

 石田氏はきっぱりと言い切った。

「構成員の数からしてかなりの組織だし、そこの『倉庫』を狙うわけだからな……見かけより警備も厳重だし、今回はマジでおまえの力に期待するしかない。本当に記憶の消去やら、映像の抹消やらは可能なんだろうな? 多分、監視カメラもあるぞ」
「正確には、僕らと会った記憶をすり替えるだけですけど、大丈夫ですよ。相手がわかりやすい悪なら、僕の敵じゃないです」
「……おまえはさらに巨悪だから、か?」

 未だに信じられないらしく、石田氏が食い下がってきた。

「その通り。これも正確には、僕がそう信じているから、その通りの結果に終わってるだけなんですけど」

 同じ説明を繰り返したくないので、僕は素早く話を変えた。

「ところで僕も質問ですが――ヤクザの幹部連中が、武器を集積してるそこを、隠語で『倉庫』って呼んでるんでしたね。知ってるなら、取り締まればいいのに」

 石田氏がヤクザと繋がっていて、ちょくちょく小遣いをせしめているのを知ってて指摘してやった。

「だから、嫌みはよせっ」

 早速、言い返された。

「確かに俺は連中から金をせしめているが、悪いことばかりじゃないぞ。ちゃんと正義の役処も果たしている」

 おまけに、妙な主張を始めてくれた。

「正義ですか……」
「本当だって! 対抗組織となってる組の弱みをついて、そっちはガンガン潰して回ったからなっ。こりゃ立派に正義だろう?」

 ……それもおそらく、自分が繋がっているヤクザから提供された情報あってのことだろう。
 向こうにしてみれば、抗争など始めて自分達に被害が及ぶよりは、石田氏のような悪徳警官を動かして対抗組織を潰した方が、楽なわけだ。

 つまるところ石田氏は、小遣いをくれるヤクザの片棒担いで、せっせとそこの組織拡大に寄与していることになる。
 ヤクザの勢力バランスを少しずつ崩しているのと同義であり、善悪で言えば、将来的には差し引き巨大なマイナスになりそうな気がする。

 しかし僕は、余計な非難は一切しなかった。
 その非難されるべき石田氏を動かし、問題のヤクザから武器をガメようというのだから、他人にどうこう言えた義理はない。


「……着いたぞっ」

 さすがに緊張したのか、石田氏の声が重苦しくなった。

「俺は自前の銃を持っているが、おまえも持ってきてるだろうな?」
「ご安心を。一応持ってますよ。でもまあ……ヤクザが相手なら、穏便に話を運べるんじゃないかな。そういう人達が相手なら、気が楽ですね。神父みたいなつまらない正義感もないし」
「はあっ!?

 金切り声を上げた彼は無視して、僕は先に降りた。
 場所は川沿いの堤防がずっと続く道であり、車の通行はめったにない。
 眼前には、とうに閉鎖された廃工場が建っていて、もはや廃墟と化しているように見える。両開きの鉄の扉にも「倒産しました」の張り紙があって、固く人を拒絶していた。

 全く無人に見えるが、そうではない証拠に、気配が近付きつつある。
 ここを管理しているおヤクザさん達らしい。

「では、はりきって行きますか!」

 以前と同じく、僕は石田氏に明るく声をかけた。




 ――この「ヤクザの倉庫に押し入って、各種危険な武器を入手」という作戦だが、結果的にミッションは成功に終わった。

 別に僕としては意外でもなんでもなく、相手がヤクザさん達なら、むしろ当然という気分だったのだが。
 石田氏にすれば、そうは思わなかったらしい。

 彼の持ち前の慎重論がそうさせるのか、しきりに「本当に上手く行ったかどうか確かめたいから、監視カメラの録画映像を確認したい」だの、「雁首揃えてるこいつら、ホントに俺達の記憶が残らないのか?」だの、いろいろとうるさいことを言いだし、結果的に彼が満足するまで留まったせいで、後からもう一人ヤクザが現れ、余計な仕事が増えた。

 その人は割合影響力がありそうな立場だとわかったので、この際、使徒になってもらったが。
 マスターであるルナとまだ出会っていなくても、潜在意識のレベルで、もう彼女の命令には逆らえない。今の時点で、もうルナの私兵同然である。
 やはり、輸血して使徒を増やすのは正解だ。

 とはいえ、石田氏の心配性さえなければ、早めに終わったというのに……僕らが再び車で「倉庫」を後にしたのは、もう日が落ちた時間帯だった。

 いかに遠出したとはいえ、想定外の時間である。
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登場人物紹介

○八神守(やがみ まもる)

主人公 十五歳で、高校に入学して間がない。


過去の事件故に、心が壊れてしまっているが、意図してそれを隠している。

見た目は一見普通だし、他人に異常を悟らせない。


今回、最強にして最弱の力、「エンド・オブ・ザ・ワールド」を使って、「世界を曲げ」、異世界を渡ってきたヴァンパイア少女を救おうとする。


ただし、その方法は容赦ない上に、時に目的のために他人を犠牲にする。


「僕が本気で望めば、明日の太陽はもう昇らない。僕が本気で心配しても、同じく明日の太陽はもう昇らない」

ヒロイン1 

○ルナ(夜月) 十四歳○ 


異世界からこちらへ転移して逃げてきた少女。

元はヴァンパイア世界の貴族の位にあったが、人間によって一族は根絶やしにされた。

日本に来たばかりなのに、ハンターの追撃に遭って死にかけていた。

しかし、守が見つけて助け、ためらわずに彼女のために協力し始めたことで、反撃に出るきっかけを掴む。


人間とヴァンパイアの混血で、昼間でも多少は活動できる。

普通の人間はただの下等動物くらいの意識だが、守の力を目の当たりにして、彼だけは例外としている。

ヒロイン2

○桜井亜矢(さくらい あや) 十五歳○


なぜか生まれつき、自分の上位者を定めようとしている、不思議な少女。

未だに上位者は見つかってなかったが、亜矢の母親は「自分がそうだ」と偽り、家庭内で亜矢を支配しようとしていた。

しかし、守に出会った後、亜矢は「この人こそが!」と謎の確信を得る。


以来、守に自分の人生を丸投げして、その言葉に絶対の忠誠を誓っている。

(守は普通の人生を送れるように誘導しているが、未だに効果なし)


……つまりは、いろいろ病んでいる。

ただし、その思い込みの凄まじさは、「皆と上手くやる訓練として、アイドルを目指すのはどうか?」と守にアドバイスされた途端、後に本当にアイドルになってしまうほど、一切のブレがない。

○石田氏(守の呼び方)○


守が目をつけた、悪徳刑事。

その顔の広さと情報網に目をつけ、守とルナによって、不幸にも使徒にされてしまう。

元刑事で今や地位も上がったのに、守達の手駒として飛び回る、かわいそうな強面(こわもて)。


ただ、徐々に慣れ始めてきている。

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