手駒を増やす
文字数 4,118文字
みんな呆然としていたが、僕は一応、にこやかに笑い、教室中を見渡した。
「そうは言っても僕は別に独裁者でもないので、質問があれば伺いますよ……さっきの工藤さん同様に。どなたか質問は?」
あいにく誰も質問はないらしい。
僕と目が合った人はもちろん、別に視線を向けていない人まで激しく首を振っていた。
ひょっとしたら「こいつ、ヤバい奴だっ」と思われたのかもしれない。
実際にそうなので、一言もないが。
しかし、ルナの顔見せと今の騒ぎの後は、おおむね議事進行が速やかに進んだのは、喜ばしいことだろう。
僕が最重要項目として挙げたのは、「怪しい外国人集団が隠れている場所」についてだが、これは、意見を求めると、挙手する者がたくさんいた。
曰く、「なんからのサークルに属している者も入るのか?」とか、「外国企業が寮として使っているマンションがあるが、そういうのも含まれるか?」等々。
後者は市役所の戸籍係からの質問だったが、いずれにせよ、僕は断言した。
「大勢の外国人が集まっている住処なら、例外は設けません。ただ、優先的に、金髪碧眼の男女を最も重要視してください。なぜなら、これまで見たハンター達は、みんなこの特徴に一致するからです」
ハンターについての詳細と、ルナが彼らに追われていることについては、既に各自に通達してあった。なので、みんな真剣に頷いてくれた。
……というよりも、使徒の忠誠心を除外しても、真剣になって当然だろう。
なにしろ、ルナが死ねば、自分達も死ぬ……それが、使徒たる者の定めだからだ。
これほど強固な結びつきもあるまい。
僕は満足して頷き、皆に頼んでおいた。
「では、該当する条件に合う場所を見つけたら、すぐに僕に報告してください。自ら動くのは避け、まず僕に。もちろん、今の時点で怪しいと思われる場所があれば、この会議の後で聞きましょう」
そこで僕は、亜矢を見た。
未だに名簿と参加者達の顔合わせをしていたが、ようやく結論が出たのか、ちょうど彼女も僕に告げた。
「あの、ちょっといいでしょうか」
内緒話らしいので、僕は頷いて少し腰を屈める。
すかさず亜矢が僕の耳元に囁いてくれた。僕は何度か頷いた後、最後に亜矢の肩にそっと触れた。
「ありがとう、亜矢。またしてもお手柄だよ」
「いえ、そんな」
亜矢は激しく首を振ったが、いつものように嬉しそうに笑ったりはしなかった。
問題の重要な部分は、今これから始まるからだとわかっているせいだろう。
でも、全ての使徒の住所と、その住所にいるはずの全ての使徒の顔を覚えるなどという手柄は、大金星と言える。
しかも、全て僕の役に立とうと、彼女が独自にやっていたことなのだ。
「八神君、わたしにも教えてよ」
少し拗ねた声でルナが僕に問う。
僕は微笑して応じた。
「話さなくても、今すぐわかるよ――最後列、向かって一番右端の人、立ってください」
僕が声を張り上げると、全員が一斉にそちらを見た。
座っているのは、まだ一度も発言していない、目立たない感じの女子高生である。くっきりした顔立ちで洋風ではあるが……なるほど、亜矢はよく見つけたな。
「貴女ですよ、貴女っ。ブレザーの制服着た女子高生の人っ」
周囲と同じく、すっとぼけてきょろきょろしていたが、そんな猿芝居が通じるはずない。
亜矢には出遅れたが、僕も彼女をよく見れば、否応なく違いがわかる。
「僕が会った時には、もう少し地味なお顔だったと思いますが……でも、変装にしてはなかなか優秀ですね? 少なくとも、異国人には見えませんし。これが、魔法というヤツかな?」
「本当だわっ」
ルナがたちまち柳眉を逆立てた。
「あいつからごくごく微かな魔力を感じるっ」
さすがに敵も焦ったらしい。
「いえっ、わ、私はっ」
わざとらしく立ち上がりかけたそいつは、途中で豹変し、いきなり懐(ふところ)に手を入れた。
「生け捕りにしたかったんだがなっ」
舌打ちした僕がサブマシンガンを素早くそっちへ向ける。僕の腕だと、途中で巻き添え食う人がいるかもだが、この際はやむを得ない。
しかし……そこでさらなる転機が起きた。
いきなり教室の後ろのドアが開き、女の子が飛び込んで来たのだ。
「誰だっ」
怪しい女子高生が振り向きかけたが、新手の子はなんと金属バットを振り上げ、思いっきり女子高生の後頭部を殴りつけた。
そのどやしつけるやり方と来たら、見たところ本当に加減というものがなく、ゴワアンッとでっかい音が鳴り響いたほどだ。
たちまち昏倒して倒れたそいつを尻目に、犯人の中学生がぱっと僕を見る。
……なぜ中学生とわかるかというと、そいつは僕の義妹の葉月だったからだ。
「おいおい……」
思わず額に手を当てた僕に手を振り、葉月が屈託のない声で叫んでくれた。
「おにいちゃん、葉月、役に立ったでしょ!?」
無邪気な笑顔で手を振るこの子を見れば、誰しも「天使のような」と思うかもしれない。まあ、足元に被害者が転がっている今は、そう思わない人が大半だろうが。
「……言いたいことは山ほどあるが、まあ全部後にしとくよ」
僕は立ち上がった使徒達の中を掻き分けるようにして、倒れた女子の元へ急ぐ。
もちろん、背後にはルナと亜矢が従っていた。
「あー、亜矢さんもいるっ。ずるい!」
早速、旧知の仲の亜矢を見て、葉月が膨れた。
ちなみに、まだ血糊のついた金属バットを肩に担いだままである。
ショートパンツのジーンズと黒ストッキング、それにブラウスという軽装だが、この血糊バットのお陰で、むちゃくちゃ危ない女の子に見えた。
事実、たいがいの人が想像するより危ない子なんだが。
「葉月ちゃん、お久しぶりです」
亜矢が丁寧に低頭したが、表情は全く動かないし、特に親しみもない。
彼女の価値観では、世界の中心に僕がいて、その足元に自分がいる……他は、たとえ僕の家族と言えども、「その他大勢」に過ぎない。
実は葉月も似たようなものなので、案外、気が合うのかもしれない。
「葉月、バットを――」
……置いたら? と注意しかけ、僕は自分がマイクロウージーを手にしたままなのに、気付く。
「まあいいか」
言えた義理じゃないのし、ここは見なかったことにして、俯せに倒れた敵の脇にしゃがんだ。
「……まずいな、死にかけている」
脈を見てもかなり弱々しく、おそらく生死の境にいることがわかった。
口の端から血が流れているわ、頭蓋は見ただけで骨折しているのがわかるわ、顔からは血の気が引いているわ、出血は止まらないわ……ここまで死体に近い子も珍しい。
「君、八神君っ。さすがにこれはっ」
なぜか太鼓腹を揺すって警察署長氏が駆けつけようとしたので、僕はそちらを見もせずに、掌を向けた。
「そこで止まれ。今はお呼びじゃない」
すぐに息も絶え絶えな唸り声がしたが、僕は顔も向けない。今はこちらが先だ。
「まだ死んでもらうわけにはいかないな……情報も必要だし」
「えっ、倒しちゃまずかったの!?」
今まで褒めてほしそうにニコニコ僕を見ていたのに、ようやく葉月が慌てた。
「おにいちゃんが銃を向けたから、葉月てっきり」
「いいんだよ、葉月」
無理して笑いかけた後、一応注意だけはしておいた。
「ただ、今度から誰かの頭蓋をぶち割る前に、相談してほしいな……今回はちょっと、その余裕がなかったのは認めるけど」
「ごめんなさぁい」
両手を合わせて僕を拝む葉月に、あまり腹を立てる気にもならなかった。
……それに、僕が本気で腹を立てると危ない。
「わたしが、魔法で治癒しましょうか?」
ルナが、スカートをたくし込んで僕の隣にしゃがみ込む。
「いや、それだとまた後でめんどくさそうだ。……どう考えても、これが最善か」
ため息をつき、僕は倒れた女の子の手を取り上げ、いきなり二の腕に噛みついた。
「ちょっと、八神君!」
「おにいちゃんっ、いつの間にっ」
「守さま! そのような穢(よご)れごとなら、私がっ」
僕を囲むようにして、ルナ達三名がそれぞれ声を上げた。
しかし、もう遅い。
少量とはいえ、牙を立てて噛みついた以上、この子は使徒化するはずだ。なぜなら、今の僕はルナの使徒ではなく、独立した一人のヴァンパイアも同然だから。
あまり失敗の可能性はないと思っていたが、実際、無造作に僕が抱き起こすと、制服姿の彼女は見る見る回復していった。
それこそ目を見張るスピードで。
墓場のように静まり返る元教室の中で、嘘のように完全回復を果たした少女が、ゆっくりと目を開ける。
魔法による擬態だったのか、先程の黒髪などではなく、完全に金髪碧眼だった。
その碧眼が僕をぼおっと見やり、ついで――深甚な恐怖に歪んだ。
「ま、まさかっ」
その場で跳ね起き、慌てて僕から離れる。
「まさか、おまえは――貴方はっ」
自分で訂正した後、はっと口元を押さえた。
使徒は、自分がそうなった瞬間に、己の運命を悟る……ルナが前に教えてくれた通りだった。
「懐にハンターガンがあるんだろ? 撃てるようなら、撃ってもいいよ。君になら、黙って撃たれてやってもいい」
そう言った瞬間、亜矢と葉月とルナが僕の前に並んで、壁を作った。
三人とも、もの凄く素早かった。
「駄目ですっ」
「冗談じゃないわ!」
「もう、本当にもうっ」
「必要ないって。ほら?」
実際、僕の視線の先でブレザーの懐に手を入れた少女は……何も持たない手を出し、そのまま恭しく片膝をついた。
「我が尊きマスターよ……どうかわたくしに、ご命令を」
伏せた顔を上げた時には、既に狂おしいほどの忠誠心が碧眼に浮かんでいた。
……なるほど、ヴァンパイアは恐れられるはずだ。