第二章 最強にして最弱の能力
文字数 1,810文字
「……なんで? 僕だけ違うってこと?」
実は吉岡の指摘に人知れずぎくりとしたのだが、多分、顔には出なかったはずだ。
ポーカーフェイスは僕の十八番(おはこ)である。
「根底からして、まるで違う気がするわ」
彼女がそっと囁く。
「休み時間に他の生徒に話しかけられて、ほんの少しだけ話したの。それでわかった。あの生徒達は八神君とは似ても似つかないし、同じ人間とは全く思えない。貴方から常に感じる力を、彼らには一切、感じなかったもの。貴方こそ、この世界の人間の上位種なんじゃない?」
……力? 今、力って言ったのか、この子。
「上位種って……亜矢の言い草じゃないんだから」
内心の動揺を一切顔に出さず、僕は肩をすくめた。
本当は、ある意味で吉岡の指摘は当たっているのかもしれない。ただし、吉岡本人が思うような、よい意味でのことじゃない。
かつて、僕を前にして堂々と「おまえは化け物だっ」と罵倒した、自称神父がいた。
その時は、「こいつ、悪魔映画の見過ぎじゃないのか」と思っただけだが、三年前から今までの自分の変わりようを振り返ると、「もしかしたら、あのインチキ神父は正しかったかもしれない」とふと思う時がある。必死に否定してはいるけど。
しかし……そう言えば亜矢が僕を自分の上位者だと断言したのは、まさにあの事件の直後のことだった。それ以前から、二年も同じクラスだったのに、一度も僕に上位者の話なんかしたことがない。
あれも、無関係じゃないって言うのか。
途中で沈黙したせいか、いつの間にか吉岡がテーブルに肘をついて、じっと僕を見つめていた。僕は咳払いして、さっさと本題に戻った。
「あー、それはそうと、吉岡の今後のためにも、ちょっと僕の実験に付き合ってほしい」
吉岡……いや、彼女の仰せに従って今後はルナとするが。
とにかく、実験のことを説明する前に、彼女の能力について、おおざっぱに説明をしてもらったが、その説明の中で、面白いことがわかった。
実は片親が人間――ルナの場合は母親――であるハイブリッドと呼ばれるヴァンパイアが出現したのは、たかだかここ十数年の間らしいのだな。
つまり眼前のルナこそは、ハイブリッドの第一世代だそうだ。
それまでは、人間の血が混じることなど、考えられないことだったらしい。
彼女が元いた世界では、人間とヴァンパイアが共存するのさえ、本来は有り得ない話だと。
だから、同じ大陸で暮らしていようが、人間とヴァンパイアの勢力圏はそれぞれ全く異なり、交流は皆無……ヴァンパイアが人間世界に来るのは、獲物である人間を狩るためのみだったそうな。
彼らの認識では、歴然として「人類=吸血のための糧(かて)」であり、獲物に過ぎなかったわけだ。
「それで、人間とヴァンパイアの人数比はどれくらい?」
試みに僕が問うと、彼女は「最大限控えめに見ても、1000対1くらいだと聞いたわ」と即答した。
そういや、ルナが前に廃墟で語ったところでは、「人類全てとヴァンパイア一族」の戦いに敗れた結果、不本意ながらルナのみが、こちらへ避難してきたと言っていたような。
「さては、人海戦術にやられたかな?」
「数の差もあるけど、人間は徹底的にわたし達の弱みを突いてきたの」
悔しそうにルナが眉根を寄せる。
「夜は逃げるか潜むかに徹して、ヴァンパイアが昼に休息に入ったところを見つけ出し、日光の下に引きずり出す……それが基本戦術だった」
「もしかして、最後まで抵抗したのは、ハイブリッド世代?」
「そう!」
ルナは大きく頷く。
「人間ほどじゃないけど、ある程度太陽光を克服したハイブリッドは、まさにヴァンパイア種族の切り札だった。旧世代の同族からまとめて裏切り者さえ出なければ、本当に戦局をひっくり返したかもしれない。同族の中にあってさえ、ハイブリッドの力は傑出していたもの。人間相手なら、なおさらよ。比較にもならないわね」
「なるほど……まあ、だいたいの事情はわかったよ」
興味は尽きないが、僕は適当なところで話を切り上げた。
今知りたかった能力関連は、店でほぼ聞き終えたので。何事も、一歩ずつだ。
「後のことは、ルナの滞在ホテルに着いてからにしよう。その前に、ちょっと失礼」
僕は、着替えるために席を立った。