正当防衛でストーカーを

文字数 3,464文字


「……次にこんな用事ができた時は、くれぐれも石田サンは時間取らせないでくださいよ」

 車の中で、さすがの僕もむくれていた。
 隣には武器が詰まったボストンバッグが二つもあるが、僕的には余分な時間を取り過ぎた気がする。

「いやしかし、確認したり安全を確かめたりするのは、悪いことじゃないだろ?」
「ところが、僕にとっては悪いことです」

 にべもなく僕は言い返す。

「あまりにも石田サンが疑いまくると、僕自身にも悪影響を及ぼす。自分の行動が本当に正しいか迷い始めたら、この能力は悲惨なことになるんですよ……今度は逆転して、心配事が全部実現してしまう。理解してほしいですね」
「そりゃ確かにまずいな……わかった、次は自重する」
「わかってもらえれば、それで」

 とはいえ、彼は本当に僕の力が逆転するところを見ないと、納得しないだろうなとは思う。
 しかし、そうなった時には、全てが手遅れになるかもしれないのだ。

 だいたい既にかなり悪影響が出た気がする。石田氏の不安が僕にまで伝染して、いつ何時、面倒ごとが起きても不思議はない気がした。
 僕は、そんなこと考えちゃまずいってのに。

 ……途端に、ポケットの中で携帯が振動した。

取り出して番号を見ると、義妹の葉月である。てきめんに嫌な予感がして、僕は顔をしかめた。そういう風に気分が荒れるとロクなことがないのだが、こればかりは上手くコントロールできない。

 我ながら用心深い声が出た。

「……もしもし、葉月?」

『あ、おにいちゃん。ごめんね、いきなり電話して』
「なんの。おまえの電話なら、いつだって喜んで受けるさ。……なにかあったのか? ストーカーに尾行されている最中とか?」

 それだと、むしろ今は好都合かもしれないのだが、あいにく微妙に外れた。

『う~ん……尾行はもうされてないの。途中まではされていたけど、陽が落ちた瞬間に、空き家に引きずり込まれたの』

 ――なんですと!

 落ち着いた声でそういうこと言われても困る。
 まさか、もう取り返しがつかない状態になった後で、虚ろ目状態で話してんじゃないだろうなっ。
 僕は務めて自分を落ち着かせ、携帯を持ち直した。

「撃退した――という意味かな?」

 己の精神状態のためにも、良い方の結果を想像しておく。

『うん、あたしが撃退したの!』

 葉月が明るく答えてくれた。

「そうか! それなら――」

 ほっと息を吐きかけた僕だが、あいにく安堵するのは早かった。
 返事に割り込むようにして、葉月はこう続けたのだ。

『でも、でもねっ。あたしの反撃が想像以上に効いちゃったらしくて……この人、死んじゃったの』

 ……うわー。

 めちゃくちゃ最悪な結果じゃないかっ。
 いかん、心を乱すな僕……今余計なことを考えたら、それが本当に実現するっ。これ以上のひどい展開を避けることを考えないとっ。

 僕は深呼吸した後、わざとゆっくりと指示した。

「今いる場所の、住所はわかるかな? すぐ助けに行くよ」
『ありがとうっ』

 葉月の声が極端に弾んだ。

『おにいちゃんなら助けてくれると思ったのっ。……愛してるわ、おにいちゃん!』

 僕だって愛してるさ……義妹として。
 内心でため息をつき、僕は葉月の声に集中した。


 黙っているわけにもいかないので、通話を終えた後、石田氏にはごく簡単に「義妹がストーカーを返り討ちにして殺したので、現場へ急行よろしく」と述べたのだが――。

 いやぁ、石田氏の驚くこと驚くこと。

 仮にも元刑事なんだから、殺人なんか慣れてると思うのに、「返り討ちにして殺した、だとっ!?」と渾身の力で怒鳴った。

 心底動揺している証拠に、車が少し蛇行した。

「ど、どうするんだっ」
「……だから、現場へお願いしますと。でも、そばまで来たら停めてください。あとは僕が行きます」
「いや、そうじゃなくてっ」

 ダンダンッと苛立たしそうにステアリングを殴る。

「今からそこへ行ってどうすんだって言いたいんだっ。もう相手は死んでるんだろ? ならどうしようもあるまい、えっ。警察に事情話して、自首するしかねーだろうがっ。幸い、子供ならそう大したことにはならんだろうし」
「させませんよ、そんなこと」

 僕はきっぱりと言い切った。

「僕に懐いている可愛い義妹の将来に、傷がつくかもしれないじゃないですか」

 あたかも教育ママのごとく、僕は言い切る。
 実際、石田氏は別として、警察なんぞに介入させる気はない。

「おまえが思うより、警察は優秀だぞっ。いつかおまえの義妹がやったとバレるかもしれん」
「その時は、僕は自分の力の総力を上げて対抗するので、ご安心を。例え全世界を敵に回す羽目になったとしても、義妹を物見高いマスコミの餌食にはさせませんよ」

 不退転の決意をもって述べたせいか、石田氏が少し肩を動かした。
 もはや人間やめてる彼のことだし、あるいは僕の力を多少は感じ、圧迫感を覚えたのかもしれない。

 すっかり押し黙った石田氏だが、とにかく現場近くまで送ってはくれた。
 そこで車を降り、僕は窓を開けた石田氏に頼む。

「半時間以内に戻るか、あるいは携帯で連絡します。少しだけ待っててください」
「そりゃ待つけどな」

 石田氏は憂いを含んだ目で僕を見た。

「できたてほやほやの死体を、肩に担いで戻ってくるのだけはご免だぞ? 出来の悪いハリウッド映画じゃあるまいし、森でおまえと一緒に穴なんか掘るのは願い下げだ」
「ご安心ください、僕は肉体労働が嫌いなんです。その必要があれば、使徒を何名か携帯で呼びますから」

 あとは返事を待たず、僕はその場を離れた。

 
 義妹の葉月が知らせてきたのは、僕の街に新たにできた――いや、出来つつある、新興住宅地である。
 もうおおよそ土地の造成は終わり、後は次々と小さな建て売り住宅が乱立し始めているところだ。ただし、請け負った不動産屋が最近倒産したとか新聞で読んだ気がする。

 だからだろうか、住宅地にはまだ入居者は誰もおらず、静まりかえっていた。
 義妹が引きずり込まれた家というのは、国道から少し入ったすぐの場所で、住宅地の一番端に当たる。

 さりげなく周囲を確認してから僕が近付くと、玄関口で待ってたようで、すぐに葉月が顔を覗かせた。


「おにいちゃんっ」

 僕は口元に人差し指を持ってきて、「静かに」と合図した。
 申し訳なさそうに頷く葉月の元まで、大股で近付く。

 まだ薄闇状態なので、かろうじて義妹の格好がわかった。ストーカーされたのは、帰宅した後のことらしく、私服だった。
 ジーンズ生地のぴっちぴちのショートパンツと、パンスト、それに長袖ブラウスという格好である。上はともかく、下は開放的過ぎるような。

 死んだおじさんじゃなくても、いつ誰にストーカーされても、おかしくない。
 中一にしては、見た目のスタイルもいいしな。

「おにいちゃん、来てくれてありがとうっ」
「なんの」

 すぐに抱きついてきた葉月の髪を撫で、「ストレートロングはやめて、ツインテールにしたのなあ」と、まずは落ち着かせるために話しかけた。
 おまけに、左右に可愛いリボンもついている。

「うん……帰宅してから、美容院へ出かけたの。こういう髪型、おにいちゃん好きかもしれないなぁと思ったから」

 こんな時なのに、葉月が照れたように笑う。
 僕並とはいかないものの、この子もまた、普通とは言い難いだろう。

「実際、好きだよ」

 腕の中の葉月をじっくり観察したが、動揺している様子はない。
 気にしてるのは、僕の反応だけらしい。いつ怒られるかと、覚悟している感じだ。

「じゃ、ちょっと死体を見ようか」

 そっと葉月を引き離し、靴を脱いで屋内へ入った。一応、手袋をして、小型懐中電灯を持つ。
 内装はまだ全部済んでいないようだが、もうほとんど人が住める状態ではある。あいにく、初々しい新築の印象を、居間に転がる横倒しの死体が台無しにしていたが。

 実は生きてましたっ――という線は、まず皆無だった。

 アイスピックが首の後ろから刺さって、思いっきり前に抜けているのだから、こりゃ絶対に死んでるだろう。目を見開いたままだしな。

 僕自身が手をかけても、ここまで上手く殺せる自信ないな、しかし。
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登場人物紹介

○八神守(やがみ まもる)

主人公 十五歳で、高校に入学して間がない。


過去の事件故に、心が壊れてしまっているが、意図してそれを隠している。

見た目は一見普通だし、他人に異常を悟らせない。


今回、最強にして最弱の力、「エンド・オブ・ザ・ワールド」を使って、「世界を曲げ」、異世界を渡ってきたヴァンパイア少女を救おうとする。


ただし、その方法は容赦ない上に、時に目的のために他人を犠牲にする。


「僕が本気で望めば、明日の太陽はもう昇らない。僕が本気で心配しても、同じく明日の太陽はもう昇らない」

ヒロイン1 

○ルナ(夜月) 十四歳○ 


異世界からこちらへ転移して逃げてきた少女。

元はヴァンパイア世界の貴族の位にあったが、人間によって一族は根絶やしにされた。

日本に来たばかりなのに、ハンターの追撃に遭って死にかけていた。

しかし、守が見つけて助け、ためらわずに彼女のために協力し始めたことで、反撃に出るきっかけを掴む。


人間とヴァンパイアの混血で、昼間でも多少は活動できる。

普通の人間はただの下等動物くらいの意識だが、守の力を目の当たりにして、彼だけは例外としている。

ヒロイン2

○桜井亜矢(さくらい あや) 十五歳○


なぜか生まれつき、自分の上位者を定めようとしている、不思議な少女。

未だに上位者は見つかってなかったが、亜矢の母親は「自分がそうだ」と偽り、家庭内で亜矢を支配しようとしていた。

しかし、守に出会った後、亜矢は「この人こそが!」と謎の確信を得る。


以来、守に自分の人生を丸投げして、その言葉に絶対の忠誠を誓っている。

(守は普通の人生を送れるように誘導しているが、未だに効果なし)


……つまりは、いろいろ病んでいる。

ただし、その思い込みの凄まじさは、「皆と上手くやる訓練として、アイドルを目指すのはどうか?」と守にアドバイスされた途端、後に本当にアイドルになってしまうほど、一切のブレがない。

○石田氏(守の呼び方)○


守が目をつけた、悪徳刑事。

その顔の広さと情報網に目をつけ、守とルナによって、不幸にも使徒にされてしまう。

元刑事で今や地位も上がったのに、守達の手駒として飛び回る、かわいそうな強面(こわもて)。


ただ、徐々に慣れ始めてきている。

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