終章 支配への一歩
文字数 3,767文字
「最初に断っておくけど、三年前に小学校を卒業するまで、僕は周囲の子供とそんなに大差なかったと思う」
神父がちょっかいかけなければ、今でもそのままだったかもしれない。
しかし、中学に進級する寸前のあの日、忘れもしない電話が鳴った。
その日、僕は家で留守番していて、父親朝から出かけていた。
やむなく電話を取ると、問題の神父が『私は立花という。おまえは、八神守か?』と陰気な声で問いかけてきた。
あろうことか彼は、まだ中学に上がる前だった僕に、いきなりこう述べた。
『私は今、君の父親を人質に、街のショッピングセンターの最上階に来ている』
聞いた僕がポカンとしていると、彼は続けてこう言った。
『八神守、父親の命が惜しければ、五分以内にここへ来い』
すぐ近所のショッピングセンターの名を出した後、身勝手な彼はこう命じた。
『五分以内に来なければ、父親の足を撃つ。そして、一分経過するごとに、彼の身体に一発ずつ弾を撃ち込む。父親が死ぬ前に急いだ方がいいぞっ』
それを最後に電話は切れた。
「当時の僕はそれなりにませガキではあったが、この時ばかりは警察に電話しようなんて、思いもしなかった。あいつの声は、聞いた瞬間に本気だとわかったし、当時の僕は、まだ父親に失望してなくて、そこそこ好きだった。……今は真逆だけど
」
そう、子供は子供なりに父親を助けようとしたのだ。
危険かもしれないが、今自分が駆けつけないと、父さんが死ぬ……殊勝にもそう思った。
しかし、実際にショッピングセンターの最上階に駆けつけると、いきなり銃声が鳴って、あの馬鹿神父が、その場でフロア全体を制圧してのけた。
彼は元から父親同伴でそこへ趣き、先に僕を呼んで、テレビでなにもかもぶちまけるはずだったんだ。
つまり、「八神守には、化け物が宿っている!」という、強烈な持論をね。
休憩がてら、僕はみんなの反応を窺ったが、特に怯えた様子を見せる子はいなかった。唯一、葉月が「あいつって、昔から馬鹿だよね!」と憤懣やるかたない様子で述べただけだ。
「僕が来た途端、あいつは僕をロープで縛り、さらに他にも人質を数名取り、どっかのテロリストみたいに、『公開処刑こそに、意味がある! テレビ局を呼べえっ』と叫んだ」
僕は落ち着いた声で教えてやる。
「警備員が来てなだめようとしたが、いきなり銃をぶっ放して追い払ったな。でも、それだけの努力をした割には、あいにくテレビ局はこなかった。あまりにも現場がセンセーショナルで、そんな場面を生放送なんかできないって結論になったのさ。代わりに、ラジオ局が来ただけだったな」
当時を思い出し、僕はため息をつく。
「その、不運なラジオアナウンサーの前で、またあのおっさんは、長広舌を振るったわけだ。
内容はあまり覚えてないけど、『私は神の啓示を得て、この日本に潜む巨大な悪の化身……つまり、悪魔ですら可愛く見えるような、凶悪な化け物を見つけるに至った。それこそ、このクソガキである』てな内容だったな。本当に、ろくでもない記憶だ。あいつの演説の間、僕の父親は本人の隣で青い顔で動かずにいるし、僕としてはわけがわからなかったよ。一番理不尽だったのは、あの神父、演説が終わった途端に、いきなり僕を撃ったことだ。肩を掠っただけだったけど、傷は今でも残っている」
そして、おそらく現場に呼ばれたラジオアナウンサーは、まさか神父が本当に撃つとは思わなかったらしくて、悲鳴を上げて逃げようとした。
あいつはその背中にも躊躇泣く発砲し、殺害してしまった。
そう、それからが悪夢の始まりだ。
話ながら、いつしか僕の脳裏には、当時の記憶が蘇っていた。
「神父が失敗した瞬間、僕はあいつの手に思いっきり噛みつき、銃を奪おうとした。我ながら気が利いた行動だと思うけど、神父は喚きながらも全力で抵抗し、その間にも引き金を引き続け、さらに関係ない犠牲者を増やしてくれた」
馬鹿げた話だが、あいつが人質に取っていた客達に、面白いように弾が当たったのである。
その時、ポカンと立っていた父親がようやく動き、僕らの争いに介入した。
「もちろん僕は期待したさ、遅まきながら、父さんが助けに入ってくれたってね。しかし、それは僕の早とちりだった。あいつは僕じゃなくて、神父に加勢したんだ。銃にかかった僕の手を外そうとしつつ、はっきりとこう言った。『おまえはここで死ぬべきだ、守!』と。その瞳には、はっきりと殺意が浮かんでいたな。父親は……とうの昔に神父と意気投合していたってことさ」
段々気が滅入ってきたので、僕は打ち明け話はこの辺にしておいた。
「あと、話すことはあまりたくさんない。僕の記憶には残っていないが、おそらくかっとなった僕は、最終的に銃を奪い、父親を撃ったんだろう。もちろん、偽神父も、しかし、神父に関してはものの見事に失敗し、彼はお得意のシャッフルを使って逃げた。残ったのは、死体の山と僕だけってことさ」
――それからだ、僕がはっきりと変わったのは。
最後にそう付け足し、僕は静かに話を終えた。
しばらくしんと静まり返っていたが、最初に反応したのは亜矢で、「それは……今後のためにもぜひ、見つけないといけませんね」と押し殺した怒りの声で呟いた。
忠実な亜矢は、僕を殺そうとしたというだけで、自然と怒りが込み上がってくるのだろう。
「そのためにもっ」
ばんっ、と義妹の葉月がテーブルを叩く。
いきなりなので、隣のアリスがぎょっとしていた。
「一刻も早く、葉月をおにいちゃんの使徒にっ」
言い切ると、今度は両手でバンバン叩く。
「待ちくたびれた、待ちくたびれたぁあああ!」
などと連呼している。
見事なツインテールが、テーブルを叩く度に揺れていた。
何事かと、ウェイトレスさんがこっちをちらっと見たほどだ。
「あー……おまえ、使徒になるって意味、わかってる?」
僕が試しに訊くと、葉月は余裕の表情で答えた。
「わかるよ。おにいちゃんと生涯一緒ってことでしょ? 別に葉月の今の方針と変わらないし。余裕!」
……いや、全然余裕じゃないような。
おまけに左隣のルナがそっと服の袖を引いた。
『義妹さん、危ない子なの?』
「ルナに言われるんだから、大したものだ」
相手に倣って、僕もひそひそ声で応じた。
「実際ヤバい。もの凄くヤバいんだ……でも、僕が注意してるから、大丈夫だよ……多分」
我ながら頼りない返事になったが、こればかりは仕方ない。
なにしろ、いつから葉月にストーカーされていたのか、僕ですら気付かなかった。僕を尾行するのは、かなり難しいはずなんだが。
ある意味、これも異能力かもしれない。
あと、僕らだけでやりとりしてるので、アリスが疎外感を感じたらしい。
小さく咳払いして、真っ直ぐに僕を見た。
「マスター、どうか今後の方針を!」
「うん……それが本題だしね」
僕は頷き、ざっと三人を見る。
ルナは最初から仕切る気がまったくないらしく、僕に任せきりで行くらしい。
やむなく、僕は自分の考えを述べた。
「標的はカラス神父とあの若者だけど、どちらが強敵かというと、未だ正体不明な若者の方だろう。なんとなく彼は、強敵だという気がするんだ。だから僕は、この際、手段を選ばないことにした。どのみち、最終的にはそうするつもりだったしね」
そう述べた後、結論としてなにをすべきかを語る。
驚いた顔をしたのはルナのみで、元ハンターのアリスでさえ、あまり意外そうではなかった。今更だが、この美形女子達は、全員が極めて危険な性格なのかもしれない。
「……思い切った手段に出るのね」
ヴァンパイア貴族のルナは、最初目を丸くしたが……僕を見るうちに、段々表情が綻び、最後は満足そうな猫のように目を細めた。
「でも……まずは街一つを丸ごとわたし達の色で染め上げるというのは、考えてみると素敵だわ。本当の意味で、わたし達の領地になるわね」
「そうとも」
僕は気安く頷く。
ただし、完全に本気だし、やり抜く決意だ。
「まずは街、そして国、最後は世界……人間が支配する世界ではなく、ヴァンパイアが支配する世界を作る。僕は本気だし、今は心底それを望んでいる。周り中が味方になれば、自然と敵が炙り出される道理だしね。当然、見つければ排除する」
「いつから始めますか?」
「作戦開始はいつ頃でしょうか?」
亜矢とアリスが同時に尋ねた。
「決まってるだろ?」
僕はルナと亜矢の手を取って立ち上がり、同時にアリスと葉月も立つ。
「もちろん、今この時からだよ」
……そう、どれほど時間がかかろうと、必ず僕はヴァンパイアの帝国を地上に作ってやる。
太陽光が絶対の弱点にならないハイブリッド種なら、それが可能のはずだ。
「コトが成った時には、ルナの世界へ渡ることも考えよう」
歩き出した僕がルナを見ると、彼女がぱっと僕を見上げ……そして、幸せそうに微笑んだ。