第103話 来訪者達

文字数 2,665文字

 午前の講義も終わり食堂に入る。
 混んでいたら外に食べに行こうかと思っていたが、食堂内は適度に混んでいる状態で見渡せば席はちらほら空いている。
 外に行く手間が省けたラッキー気分と臨時収入もあったのでカルビ定食にちょっと贅沢に豚汁を付けて席に着く。
「お昼のニュースです」
 テレビの傍だったようで学生達の喧噪に混じってニュースが聞こえてくる。
「川崎代議士ですが本日保釈申請が認められたようです」
 ふっ現行犯逮捕されておきながらしぶとい。仮に起訴されなくても評判は地に落ち辞任は必死、ここからどう逆転する気なのか知らないが、その諦めないしぶとさは見習いたいものだ。潔い死など、唾棄すべき美徳。
 茶の間の話題は猟奇死体遺棄事件(クイ男事件)以上にセンセーショナルな現職代議士人身売買事件に塗り潰されてしまった感がある。
 まあ、猟奇死体は人身売買組織のアジトから搬送中に落下してしまい発見されたと警察から正式発表され一応のケリは付いた。これなら現場に血痕が無いことの説明も付くなど一件筋の通ったストーリー、細かい矛盾点は現職の代議士が人身売買に関わっていた衝撃に洗い流され大衆は気にしない。初仕事ながら退魔官としていい仕事を果たしたと自負できる。
 これからは事件を引き継がれた刑事達の仕事(主に工藤警部補になるが)、引き継がれた刑事達はこれから昼も碌に食べれないほどに忙しくなるが、俺の退魔官としての仕事は区切りが付いた。なので俺は退魔官から本来の学生に戻り講義に出て今食堂にいる。
「ようっ久しぶりだな」
「?」
 見知らぬチャラそうな学生が俺の周りの空いている席の中わざわざ対面に座り、それが西村だと分かるのに数秒要した。
「珍しいな一人か」
 いつも周りに彼女か友達がいる群体として認識していたので一人だと本気で誰だか分からなかった。
「俺だってたまには一人の時はあるぜ」
「振られたのか?」
「ふられてねーっての。大友がめでたく退院してな女同士で遊びに行っている」
 西村は憮然とした口調で言う。
「置いていかれたのか?」
「置いていかれてね-遠慮したんだよ」
 西村がムキになって言い返す、もしかして図星か?
「悪いが俺では慰められないぞ」
「いらねえ~。それに逆だ」
「逆?」
「大友の件では世話になったな。なんかそれっきりで礼も言えてなかったし」
 そういえばスキンコレクターの一件にケリが付いたその日に音羽に絡まれ、そこからは転がる雪玉のように忙しくなっていき、大友がどうなったのか気にもしてなかった。死んでないのは知っていたが入院していたのか。
「別に俺が何かしたわけじゃ無い」
「繋ぎを取ってくれたじゃ無いか、大友が助かる切っ掛けをくれた。それで十分だよ。
 それでだな、どうだ今夜空いてないか?」
「今夜?」
「ああ礼も兼ねて今日は俺が奢ってやるから一緒に飲みに行こうぜ」
「やっぱり寂しいのか?」
 このたまたま俺に会ったから思い付いたような計画感。でも出会ってそう思い付くということは気に掛けてくれていたということか。
「ああ、もうそれでいいからどうだ?」
 頭の中今夜の予定を浮かべていくが、視界に思いつきもしない意外な奴が映った。
 立っているだけで雰囲気が溢れ、女学生がちらちらと視線を向けていく。俳優にでも転職を勧めたくなる男、音羽がいた。暫く食堂内を見渡していたが向こうでも俺を見付けるとまっすぐ向かってくる。
 いつぞやのリベンジか? 流石にご勘弁願いたい。それにしても安心して任せて忘れるほどだったのに前埜は全然手綱が握れてないじゃないか。
「よう」
 俺が緊張しつつ身構える中、音羽が気楽な挨拶をしてくる様子にリベンジに来た気配は無い。何か纏う空気が柔らかくなったような気がする。
「何の用だ?」
 音羽はチラッと西村の方を見る。
「そいつならある程度事情は知っているし、口は堅い大丈夫だ」
 リベンジでは無ければ魔の話か。っというか俺と此奴なんて魔ぐらいしか接点が無いということはないか。だが時雨さんの話なら西村を気にする必要は無い、やはり魔だろう。
「一等退魔官就任を祝おうと思ってな」
「?」
「どうした、お前らしくない顔だが」
 会話とは聞こえた音だけで無く、ある程度言われることを予め推測することで成り立っていたりする。それ故にあまりに推測の斜め上の言葉が聞こえてきたとき聞こえても会話を理解できないことがある。
 聞こえた音を思い返し意味を反芻し理解する。そしてやっぱり理解できない。
「なんでお前が?」
「友として当然じゃ無いか。それにしても水臭い連絡をくれれば直ぐにでも祝ってやったのに。それで今夜にでもどうだ? なじみのクラブでも案内しよう」
 もしかして此奴、ルナティックパーティーの影響がまだ残っているのか?
 俺を恋敵で無く友と錯覚したまま?
 自信家でハンサムで頭が良くて名家の御曹司と来て旋律士の若きエース。俺にとっては妬みの対象だが、これから退魔官の仕事をしていく上では良好な関係を構築しておいて損は無い相手。
「悪いが先約がある」
 だが断る。妬みくらいならゴミ箱に捨ててやるが、時雨さんを廻る三角関係を持ち込まれるのは流石に俺の許容値を超える。損得だけで生きているような俺だが、俺だって感情はある。
 俺は西村の方を見て言うと、西村も空気を読んでくれて頷いてくれる。
「なら一緒に祝えばいい。友の友は俺の友だ」
 友達の友達はまた友達、一昔の人気番組のフレーズのようなことを言う。実際はそんなこと無いけどな、友達の友達は他人だ。
 俺の心中など構わず音羽はスマフォを出すと西村の方を向く。
「店はどうする? 俺が手配しても良いが」
「いや、俺の方でするよ。あんたに頼むと高そうだ」
「そうか? 俺の奢りだ気にすること無いんだがな。一流の女のいる店を紹介するぞ」
「いやいやいや、俺学生だし、そういう店早いし」
「そうか、男を磨くのに早いほうが良かろうに」
「いやいやいや、俺彼女いるし」
「意外だな。見掛から軽い奴かと思ったんだが」
 そいつは軽いぞ。多分合コンくらいなら喜んでいくぞ。
「取り敢えずメルアドを交換しよう。店が決まったら連絡をくれ」
「OK、分かった。ご期待に添える店を見付けておくよ」
 こうして何の流れか、俺は西村と音羽という如何にも気が合わない奴らと酒を飲むことになったのであった。
 俺は行くとは一言も言ってないけどな。
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