第127話 NTR

文字数 2,588文字

 少女は大地の足と成る。
 ゆらゆらと包囲する嫉妬の群衆に迫っていく少女。
 筋肉のうねりの腕。
 締まって力が盛り上がる腹筋。
 迫り上がって支える背筋。
 美しい筋肉の造形美、体全体が足の機能であり大地と繫がる。
 すなわち走る。
 大地と繋がり大地を蹴るんじゃない大地に打ち出される少女。
 地球の自転より早く嫉妬の群衆の間を駆け抜けていく。
 走る足となった機能美に見惚れてしまう。
 だが無粋な奴はどこにでもいる。
 うらやましい~。
 少女の脇から飛び掛かる嫉妬の群衆の頭が吹き飛ぶ。
 少女は飛び散る血飛沫を置き去りにして走り抜けていく。
 俺の射撃の腕も上がったものだ、この距離でなら火凜に当たらないように撃てる。
 火凜がどうしても避けれない自体に追い込まれないようにする牽制くらいには成る。
 ユガミ相手なら銃などこの程度くらいにしか役に立たない。立たないものを十全に活用出来ているんだ、どこぞの旋律士の女よりマシだろ。 
「さいてい~」
「何が?」
 あまりに不満たらたらの声に思わず反応してしまった。
「あんた、火凜を特攻させてその隙に逃げるつもりなんでしょ。
 それが最低じゃなくて何が最低なのよ」
 嫉妬の群衆の嫉妬の対象は火凜、火凜が俺達から遠ざかれば当然俺達から嫉妬の群衆も遠ざかっていく。何の捻りもない答えだ。
「そうさせたのは誰だよ」
 俺だってやりたくてやっているわけじゃない。だが三人無駄死にするよりは意味のあることをしようと足掻いているだけだ。
「分かってるわよ。だから最低の気分なんじゃない」
 ほう、そういう気持ちがあるのか。ここで完全に俺の所為にする普通の人の下だったらこのままだったが、こういう気持ちがある普通の人の上ならまだ道はある。
「ならもうワントライしてみるか?」
「えっ?」

 俺が六本木に悪巧みを持ちかけている内に火凜は目当ての元に辿り着いた。
 それは嫉妬の群衆の一体に過ぎない、俺では他との違いなどどんなに観察しても分からないだろう。
 だが火凜は識別してそれを目指していた。
 最も自分に執着する一体。そんなの向けられた本人でなければ分からないというか、本人が主観で決めるしかない。
 火凜は兎のように跳ね回り他の個体を躱して目的の一体の懐に潜り込む。
 うらやま・・・。
 嫉妬を吐き出す個体に火凜は自分の口を重ねて黙らせる。
 その他大勢が選ばれた個体となった瞬間である。
 そのままに愛おしげに片手を選ばれた個体の頭にやさしくを回し。
 もう片方の手を腰に回す。
 足は選ばれた個体の股を割って絡ませる。
 何秒何分が過ぎ去ったのかは分からない、ただやけにねっとりとした時間が過ぎていく。
「はあ~」
 火凜が口を離すと絡ませていた舌から涎が糸を引く。
「愛してるわ」
 愛おしげに目を細めもう一度火凜はキスをする。
 さっきまで代わり映えせず同じだった他大勢が、火凜に選ばれた個体、群衆が嫉妬する特別な個体となった。
 それが例え欺瞞だとしても嫉妬するような者達はそんな深いことを知ろうとはしない。
 浅はかな目に見える結果を見て嫉妬を滾らせる。
 うらやましい~。
 羨ましい~。
 妬ましい~。
 火凜だけに向けられていた嫉妬が、火凜と選ばれた個体へと向けられる。それに連れて俺と六本木を中心に展開されていた包囲が、徐々にだが火凜と選ばれた個体を中心とした包囲に変わっていく。
 嫉妬の群衆とは個としての嫉妬が集まって群体から全体の個へと補完したもの。
 個ではあるが全体。
 個の嫉妬は全体の嫉妬。
 全体の嫉妬は個の嫉妬。
 選ばれた個体を嫉妬するのは全体を嫉妬するのと同じ。
 己に嫉妬を向け、己が嫉妬を向けられる。
 己が消滅するまで回る嫉妬の回し車。

 死を厭わず、己の心を殺してあんな醜悪に愛を抱く。
 見事だ。お前の覚悟が嫉妬の群衆を地獄に落とす。
 お前は見事仇を果たした。ここまでの結果で誇るがいい。

 じりじりと包囲していくが、火凜と選ばれた個体に対して一定の距離を溜まったままに嫉妬を吐き出しそれ以上進むことはない。これについては変化前と同じ、嫉妬の対象が何か躓くのをひたすらに待っている。
 臆病で陰湿な野郎だ。
 だが今はそこに付け込ませて貰う。
 嫉妬の群衆の意識が火凜と選ばれた個体に向けられる背後より俺は駆け出した。
 俺なぞ気にしないされない、簡単に嫉妬の群衆の間を駆け抜けていける。
 空白地帯に現れた俺に見開かれた火凜の瞼が瞬きするより早く俺は選ばれた個体を殴り飛ばした。
 選ばれた個体が吹っ飛ばされ空いた場所に俺は代わりに立つと火凜を抱きしめ胸を揉み拉く。
 そして熱い接吻をする。
 唇を舌で割って入って火凜の甘い口内をタップリと舐め味わう。
「はっはっは寝取ってやったぜ」
 俺は地面に転ぶ選ばれた個体に高笑いを見せ付けてやった。
 嫉妬の対象が躓いた。
 嫉妬する者達がこの機会を逃すわけがない、今までのんびりと包囲していたのが嘘のように一斉に此方に雪崩れ込んでくる。正確には選ばれた個体にだが、一点に向かう群衆の雪崩は周りにいる俺達など誤差で巻き込む。
 まあ巻き添えという奴だ。
 だがそんなのは終わりはご免だ。
 俺は火凜の股に手を入れる。
「きゃあ」
 仇を果たしたことを心で悟って気の抜けた火凜は年相応の少女らしい可愛い悲鳴を上げる。
 だがまだまだ終わらないぜ。
 胸に手を当てる。
「ちょっと、どこに・・・」
 さっきまで俺に抱かせてあげるとかいっていたのに怨念が消えればこのざま。年相応の少女に戻った火凜にとっては俺に触られるのはお嫌なようで。
 悲しいけどこれが普通の反応、俺に触れられ喜ぶなんて心がどこか壊れていた。
 だが構わず最後かも知れない感触を楽しんで火凜の胸と股を掴んだままに俺はウェイトリフティングのように一気に天に持ち上げた。
「お前はやっぱ走るのが似合っている。陸上続けろよ」
「なっなにを」
 俺は火凜を砲丸の如く空に放り上げると、カメレオンの舌の如く伸びてきた金属の鞭が火凜を捕まえ包囲の外に引っ張っていった。
 旋律士として最低の仕事くらいは果たしたか。
 そう思い俺は嫉妬の群衆の雪崩に呑まれた。
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