第三話 高まりすぎて

文字数 1,055文字

「ふう~」
 六畳一間、ちゃぶ台とノートパソコンが置いてあるだけの殺風景な部屋。
 それでも落ち着く部屋に帰ってきて、俺の思考はやっと現実に戻った。
 時雨さんに出会えた感激で脳内ドーピング出っぱなしだった為考えが及ばなかったが、あの手首は何だったんだ?
 空中に浮かぶ手首。
 おいでおいでと俺の心の弱さを付いてくるように誘ってきた。
 あんなの科学じゃ証明できない、色々な経験をしてきたがあんなの初めてだ。
 自分で体験しないのなら都市伝説と思うような出来事。
 都市伝説!
 このワードが引っ掛かる。
 俺は急いでコートを着たまま座るとノートパソコンを立ち上げる。
 パスワードを入れるのももどかしく起動されると同時にブラウザを立ち上げネット検索。
 空に浮かぶ 手首 誘う で検索
 出てくる出てくる膨大なヒット数。もう少し絞り込む必要があるな。
 追加で陸橋 線路を加える。
 あるワードがトップに躍り出てきた。
『誘う手』
 酷いときには毎日のように起こるとある路線の人身事故。
 確かにリストラ いじめなど辛い世相もあるだろうが、なぜ人はよりにもよってこの路線に飛び込む。
 そんな謎に答えるようにたまたま路線に飛び込もうとしたところを他人に止められ助かった男性の証言がある。
「空中に浮かぶ手首が俺を誘ったんだ。おいでおいでと、こっちには嫌な上司も裏切る同僚もいないと俺を誘うんだ。それでふらふら~と」
 
 ここまで読んで俺の背筋が震えた。汗でシャツがぐっしょりになったのを感じる。シャワーでも浴びて着替えないと風邪を引いてしまう。
 俺が遭遇したのはこれなのか?
 もしあのまま手首を追い払おうとしたら、俺は陸橋から線路に身を投げていた?
 あれはあの線路に巣くう怪異なのか。
 時雨さんはそれから俺を助けてくれた。
 そもそも彼女は何でそんな怪異を退治できるんだ。
 霊力のあるシスターなのか、巫女なのか?
 どっちにしろ彼女は俺の知らない世界に属している。
 そんな彼女と付き合えば当然俺もそっちの世界にどっぷりつかることになる。
 彼女とは明後日の日曜日デートする約束をした。
 もしそれをすっぽかしても彼女は何も言わない何もしない。
 霞のように俺との縁が消えていくだけだろう。
 引き返すなら今。
 何を今更、そういうのもひっくるめて俺は一歩踏み出し、嫌な奴になった。
 怪異は恐ろしいかも知れないが、それは知らないからだ。
 知ろう。
 そして俺は彼女の隣に立ち続けてみせる。
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