第157話 優しい嘘か厳しい現実か

文字数 2,211文字

 エスカレーターを無事登り切れば、魅力的な店が並ぶ飲食街のフロア。エスカレーターを登り切ったカップル達が仲良くどの店に入るか相談している姿が目に入る。俺も登り切れば時雨とのデートで立ち寄る予定の店の調査に行くはずだった。
「警備室に行くぞ」
 動くと決めた以上1秒の無駄も出来ないというのに、水波は目をぱちくりして呆気に取られ時間を浪費する。
「どして、なぜに急にそんなに協力的?」
 そうか此奴はあの狭間の空間でも出来事を覚えてないのか。まあ、俺もこの時点に戻った時点で記憶こそ残っているが悠久の時を掛け鍛錬した能力を失っている。悠久の時と命懸けで手に入れた力何とかならなかったのかと思う未練はあるが、戻って来れた代償だと思って納得するしかない。精々戻って来れた世界、堪能させて貰う。
 その為にもあんなもの放置できない。もうこれは俺の戦いだ。
 記憶は無いか、そうなると此奴との関係もリセットだな。
「いやなら俺一人で行く」
 俺は狭間の空間で築いた信頼関係の山を吹き飛ばし、元の事務的な扱いで対応する。
「決断早すぎ~早漏気味。
 いくいく付いていくから置いてかないで~」
 振り返ること無く警備室に向かう俺に水波は慌てて付いてくるのであった。

「ここ、ここでいなくなっている」
 俺でも驚くほどの集中力で画面を凝視していた水波が指摘した。
 六畳ほどの部屋には無数のモニターがありビル内の監視カメラの映像が映っている。ここ監視室には普通ならこんな若造がどんなにお願いしても入れて貰えないだろうが、国家権力をちらつかせたらあっさりと入れた。
 国家権力スゲ~、溺れる権力者の気持ちが理解できてしまう。
 そのまま権力を振りかざし水波の友達がいなくなった日いなくなった時間の映像を、この場で確認させて貰うことにした。当然何かあれば現存する映像データは全て証拠として押収となる。
 映像の再生が始まり、ほどなく下から乗り込む水波の友達が確認された。
 そうか居てしまったかと水波を哀れむ気持ちのままに追跡していくと、やがて水波の友達は監視カメラの死角に入り、その後幾ら経っても次の監視カメラに捉えられることは無かった。
「ねっねっこれで証明できたっしょ」
 嬉しそうにはしゃいでいるが、この女はこの映像の意味が理解できているのか?
「早く助けにいかないと。早くあの陰陽師に連絡をするっしょ」
 そうか理解できてないのか。出来ていないからこそ、救援するつもりなのだろう。
「落ち着け」
「なんでっ落ち着いてられないよ。やっと見付けられたんだ」
 逆だ。お前にとっては見付けられない方が良かったんだ。俺が言ったように、単なる家出だったら良かったんだ。あの空間を経験すればあの二人がどうなったのかなんて容易に想像が付く。此奴はあの時間を失っているから、助けられるなんて希望という妄想を抱いているだけに過ぎない。
 くそっこういう時俺は何て言えばいいんだろうか?
 優しい嘘か厳しい現実か。
 だが優しい嘘をついてどうする、保って数日の魔法。結局は俺が今告げるか、後日此奴自身で悟るかの違いだけ。結果は同じじゃ無いか。
 何を悩む?あの時間は無かったんだ。ならいつもの俺の如く壊れた心のままに、水波の心情を慮ることなく真実をドライに告げればいい。
「分かっているはずだ」
「なにが」
 俺の言葉に水波の決壊寸前の目が縋るように俺を見てくる。
 そうか、水波にとってもあの時間は無かったことには成ってないのか。俺ほど明確に覚えてないが薄々は魂が感じている。
 なら信頼し合えた仲間として引導を渡してやるのが俺の役目か。
 事務的じゃ無い、此奴の一切の希望を切り捨てる刃を振り下ろす。
「もう助からない」
「へっはっ、なんでなんでそんなこと言うの?」
「下手な希望を持ったところでしょうが無いだろ。もう結果は変えられない」
「なんで、なんでアッシーが。やっと出来た彼氏に裏切られたと思えば、友達まで失わないと行けないの? アッシーが悪いの? アッシーが相談されたとき本当のこと話していれば運命は変わっていたの?」
 水波の目は決壊し涙と共に床にへたり込んだ。
「うぐえぐ、全ては無駄だったの」
「無駄じゃ無い」
 怒鳴っていた。俺は水波の泣き言を聞きカッとなった、許せなかった。
 此奴の友達思いの気持ちが起こした一連の行動が無駄?
 あの空間の狭間で共に戦ったことが無駄?
 そんなこと言わせない、俺が絶対に誰だろうと水波本人であろうと言わせない。
「はえ」
 肩を掴み無理矢理俺の方に向けさせる。
「お前が動かなければこのユガミの存在が明らかになることは無かった。お前がこのユガミを白日の下に晒したんだ。
 少なくてもこれ以上の犠牲者が出るのは防いだ、何十人という人を救ったんだ」
 ユガミが一番恐ろしいことは闇に潜みその存在が認識されないことだ。認識されなければ、誰も倒そうとは思わない延々と犠牲者は増え続ける。
「でっでも」
「お前が仇を討ったも同然、認識された以上もうユガミに好き勝手はさせない。
 後は俺達が処理する。
 今日は泣いてもいい、明日からはまたノー天気なお前に戻って笑って過ごせ」
 此奴にはそれがよく似合い、そうなれば俺も少し嬉しい。
 俺はそれだけ言い残すと、水波を残して俺は退魔官として動き出した。
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