第十三話 俺は展示ケースになる

文字数 1,359文字

「分かった」
 決意を固めた顔をした時雨さんが飛び上がり、俺の肩にずしっと重みが掛かる。
 上を見ようとしたら後頭部を踏みつけられた。
「上見たら分かっているよね」
「はい」
 声が氷より冷たく固い。決してスカートの中を見ようとしたわけじゃ無いけど、俺彼氏なんだから、そんな痴漢を弾劾するような声をしないで欲しい。
「それと彼氏ならちゃんと責任とってね」
「分かった」
「ちょっと待てよ。あの水槽を砕くなんて、溺れたらどうするつもりだ」
 三人寄れば文殊の知恵と諺もあるが、裏を返せば三人いれば三つの意見が出るのが人間、どう決断しようが反対する奴は表れる。
 波風立たないように、笑って受け流して相手にしないのが俺。
 真摯に対応しようとして自分を磨耗していくのが、時雨さん。
 こんなゴミのような仕事で美しい時雨さんが磨耗するなんて俺は耐えられない。
 俺は美しい物をゴミや塵から守る展示ケースとなる。
「お前等死にたくなければ、俺を中心に陣を組め。俺に水の手を近づけるなっ」
 今確認できるのは、カップル三組にさっき助けたギャルが一人。十分防御陣を組める。
「お前自分だけ助かるつもりか。そもそも俺達が溺れたら責任取れるのかよ」
「何をぼっとしている時雨。俺は何があってもお前を支える、早く旋律を奏でろっ」
 文句を言われて行動を止めてしまっていた時雨さんを雑事から切り離すべく命令した。
「おい無視するなっ」
 プーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。
 時雨は音叉を縦に振り、心地よい振動音が大気を震わせる。
 ビュキンンーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
 肩の上に軸足を置いて旋回、小太刀の大気を切り裂く凜と堅い一音が響いた。
 そこからは止まらない、男の肩という決して安定も広くも無い舞台で時雨は華麗に舞いを旋律を奏でる。
 月光が楚々と地上に降り注ぎ。
 シンシンと雪が煌めき地上に降り注ぐ。
 山間の森に、水氷る小川に、雪と月が降り注ぐ。
 美しきかな。
 生物はそっと息を潜め、美しきものを見上げて身を寄せ合い息を潜める。
 美しきは魔、見てれば優しいがひとたびその静寂を破ろうとするものには容赦が無い。

 そんな情景が浮かぶ美しい舞いと旋律。
 これを観客席で鑑賞するなら至福であろう。
 だが、舞台となって支える者にとっては修羅。
 時雨さんは少女で女の体になる一歩前、成熟しない小柄な体。俺の肩にの上に乗ったときには小鳥が舞い降りたかと思ったほど。
きっと軽いのだろう軽いんだろうが、初めはいいが時間の経過とお供に、やはり肩の上で動き回れると、肩は砕け背骨が折り曲がりそうな激痛が体を支配していく。お馬さんになって支えた時とは段違いの苦しみ。
 それでも、それでもだ。これが美しいものの傍にいられる代償と言われれば、なんと言うことも無い。
 幸い一人で生きていくと誓った日から、俺は鍛え上げている。普通の人が部活で笑い青春を謳歌しながら鍛えている頃、俺は一人黙々と生き残るべく体を鍛えていた。頭が良かろうが何だろうが人は動物、体が弱い者は馬鹿にされる。だから、俺は鍛えた。そしてその日々が今俺を支えている。
 出来る。時雨さんが旋律を奏で切るまで支えてみせる。
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