第62話 遠い国からの来訪者

文字数 2,083文字

「ちっ」
折角の休日、折角の時雨さんとの勉強会。
それら全てをふいにして俺は今成田空港にいる。
前埜さんに頼まれたフランスからの客人の出迎えだ。自分でやれと言いたいが石皮音のこともあり俺は益々この世界にはまり込んでいく。その場合俺のような素人どうしたって後ろ盾がいる。もう前埜さんの頼みは断れないと覚悟している。
なんでまあ恋敵に媚びを売らなきゃ成らないのか、男の矜恃が廃りそうだが時雨さんとの契約期間がある内は死にたくない。今はそれ以外は些事な些末なことよ。
「さてと、愚痴っていても仕方が無い。お仕事はお仕事できっちりするか」
 言葉に出して気持ちを切り替える。普通の仕事すら出来ない俺に価値は無い。俺はスマフォを取り出し前埜さんから貰った写真を確認する。
金髪碧眼、すらりと背が高くモデルでも通用しそうな美形。名前はアラン、年は27の男性だ。俺の使命は初めて訪日するアランを出迎え、簡単な観光案内をした後ホテルまで案内すること。観光ガイドは昨日読み込んだ、アランは日本語も話せるとのことだから、楽と言えば楽そうな仕事だが。
「さてと」
 俺はそろそろ飛行機が到着する時間が来たので入国ゲートに向かう。

 ゲートに付くとカバンから『ようこそアラン』と書かれたプラカードを出す。古典的と言われようが初対面同士が合うならこの方が早くて確実だ。
 ぞろぞろと荷物を受け取った人達が入国ゲートを潜っていく。俺はプラカードを掲げアランを探すが、それらしき人は未だ来ず。
 数分後人は途切れだし今の便で到着した人は捌けてしまったようだ。
 見逃した? 俺が見逃したとしても向こうだって俺を探していたはず。どちらにしろ一度前埜さんに連絡して、アランの居場所を確認して貰うか。ちなみに、アランの番号を教えて貰う気も自分の番号を教える気もない。
 俺がスマフォを取り出そうとしたところで声を掛けられた。
「ボンジュール、Hatenasi」
 陽気な声の主は写真の通りの美男子で、首にスカーフなんか巻いていて洒落た感じで流石フランス人と思ってしまう。
 それにしても此奴俺の背後から来たな、見逃していたってことか。しかしこれだけの目立つ奴を見逃すとは、俺の目は思ったより節穴のようだ。
「ウィー。アラン?」
「そうだよ。ああ、下手なフランス語は使わなくていいよ。僕は語学堪能だからね、日本語だって得意なもんさ」
 明るいリア充の失礼野郎だな。
「お気遣いどうも」
「何か暗いな~君。まっいっか。挨拶が済んだところで、早速行動だ。時間は1秒だって無駄に出来ない」
 こんな奴が何で一人で日本に来たんだ? 女連れがデフォルトのような奴なのに。
「そうですか。まずは東京に向かいますので付いてきてください」
 このノリは苦手だ。ここは出来るだけ丁寧に事務的に対応しよう。
 京成のホームに向かって歩いて行き一階ロビーに出た時だった。
「ハテナシ、何処に向かうんだ? 出口はこっちだぞ」
 見るとアランが指差したのはタクシーが待機しているターミナルの方。
「電車で東京に向かうので合ってます」
「ノンノン、電車なんて冗談じゃ無い。タクシーで行くぞ」
「嫌ここからですと料金が掛かりすぎるので」
 軽く二万を越えるんだぞ冗談じゃ無い。
「僕を誰だと思っている。アランだぞ。タクシー代くらい払ってやるからタクシーだ」
 言うだけ言うとアランは俺の返事を聞くこと無く、さっさとタクシー乗り場の方に歩き出してしまった。
 まあ、ホストは彼で金も出すというなら反対する理由はないか。まあむかつくがこれも仕事の内か、やはり簡単な仕事は無いということか。

「ん?」
 アランに続き何気なく乗ったタクシー。スムーズに発進し東京に向かっていると思っていた。話し好きそうなアランがひっきりなしに話し掛けてきて相手をしていたが、ふと会話の途切れに見た風景に違和感を覚える。
 東京に向かっているはずなのに、なぜだろうどんどん人気の無い山の中に入っていっているように感じる。車で来たことない俺には土地勘は無いが、新空港自動車道から東関東自動車道に合流する前に自然に別に道に入られている。
「運転手さん、東京に向かってないですよね。言っておくがわざと遠回りをしてボッタクろうとしても払わないからな」
 何も知らない外人だけなら兎も角、日本人の俺が同乗しているのにボッタクれると思われたのは軽く頭にくる。
「やだな~そんなことしませんよ」
 運転手の和やかな声が帰ってくるが、そんな声で懐柔されると思うなよ。
「ならさっさと東京に向かえ」
「おいおい、ハテナシ何をそんなにカリカリしているんだい。落ち着いたらどうだい」
 アランが運転主席に乗り出していた俺の肩を掴む。
「お前が落ち着いてどうする。ボッタクられるのはお前だぞ」
 俺は振り返りアランの目とあった。
 アランの目は笑っている。俺の虐めてにやにやしていた奴らと同じように嗤っている。
 嵌められた。
 天啓の如くそれは確信と成り俺の頭はスッと冷えた。
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