第四話 決戦準備

文字数 1,324文字

 目の前は人の海。
 本当に人を掻き分け泳げそうだ。
 俺は今若者の街渋谷にいる。
 服装は最低限笑われないおかしな格好で無ければ良いが信条だったが、今は違う。
 明日時雨さんとデートをするんだ。
 顔はもうしょうが無い、無くも無いが整形する金は無い。
 ならせめて格好だけはまともになろうとネットで調べて一番流行でかつ、カリスマコーディネーターが見繕ってくれる店を調べた。貯金が減ってしまうが、これも時雨さんと付き合う代償だ、食費を削れば何とかなる。
 俺が一歩店に践み入ると一斉に店員の視線が向けられる。この視線は侮蔑、場違いが来たとばかりの視線に鴨にしてやろうという悪意が込められてる。
 ここで戸惑ってもしょうが無い、俺は今の流行が展示されているディスプレイの方に向かっていく。
 スタイル抜群のマネキンが格好いい服を着ている。丈夫で長持ちGパン主体の俺の服装とは根本から違うコーディネイト。更にいつも俺が買う服より○が一つ多い。
 いつもなら値札を見た瞬間冷やかしに徹するが、今日はそういうわけにも行かない。真剣に選ばなくては。時雨さんの隣に立ってせめて彼女に恥を搔かせないくらいにならないと。
 そんな俺の真剣な思いを速攻でくみ取り、冷やかしで無いと判断して近寄ってくる店員がいる。
「いらっしゃいませ。今日はどんな服装をお求めですか?」
 少しオネーが入っているネットで見たカリスマ店員だ。流石伊達にカリスマと呼ばれてない、客の心を読むのに長けている。それに服もいいセンスしている。
 俺にセンスは無い。なら丸投げもありかというか、それしかない。
「明日デートなんだ。それでネットで有名なカリスマコーディネイターのあなたに服を見繕ってもらいに来た」
 そのものズバリ言った。主体性が無いと馬鹿にされるが、こう言った以上下手なものを進めては評判が落ちる。おかしな在庫品を無理矢理進めたりはしないだろ。
「あら~そう。なら責任重大ね。そうね~あなた年のわりには落ち着いているから、そこを強調していきましょうか。それともキャラチェンジする?」
 丸投げしたのに、さらっと選択肢を提示された。
 ふむ、時雨さんの横に立つならどっちがいいか?
①ちゃらく明るくして楽しませる。
②傍にいて静かに時を過ごす。
 本来なら①がいいのだが、それはちょっと今の俺には荷が重すぎる。取り敢えずは傍にいられるようにしよう。
「渋くでお願いします」
「りょうかい」

「ありがとうございました」
 買った服を片手に店を出る。
 これで武器は揃った。後は帰って明日に備えてシミュレーションを重ね、体調を万全にするのみ。
 駅に向かった歩き出す。その横を男が通りすがりに俺に呟く。
「身の程を知った方がいいよ」
「!」
 慌てて振り返ったときには男はもう消えていた。
 少年なのか青年なのか、はたまた中年だったのか分からない。
 分からないが男だったことと、悪意が籠もった台詞だけが耳にこびり付く。
 人が羨むものを欲すれば当然競争が生まれる。
 今までそういったものから逃げてきた俺だが、今度は逃げない。
 俺は受けて立つとばかりに胸を張って再び歩き出した。
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