第53話 休息

文字数 1,936文字

「これ中々使えたぞ」
 俺は万年筆大の射出式スタンガンをネジやら回路やら顕微鏡やらがごちゃごちゃ置かれている緑の絶縁シートが敷かれているテーブルの上に置く。
「中々? 上々の間違いじゃ無いのか?」
 何やら組み立てていた男が顔を上げる。シャープな顔立ちと片目が隠れるくらいに前髪を伸ばしていて、ちょっと見にはいい男。天才との呼び声も高いがトレードマークが白衣という変人 高柳 丈。帝都大学工学部二年で俺の同級となる。
 まあ人間性など俺にとってはどうでもいい。大事なのは仕事を果たすかどうかで、その点に関しては高柳はキッチリしている。俺が依頼した数々の特殊な武器は彼の自作である。
 ここは帝都大学真理研の部室。広い部屋のはずなのに壁には棚がびっちり置かれ、棚の中にはびっちり物が詰まっている。見たことも無い神像やら魔方陣が描かれた本が有るかと思えば、最新式の自作パソコンなどがあり統一性がない。だが真理研に所属する部長の高柳と他数名に言わせればどれも真理に至るアイテムなのだそうだ。そう真理研の目的はその名の通り、この世の真理を探究すること。その目的達成の為、部員それぞれが独自の道を突き進んでいて、たまに集まって成果を話し合っているらしい。俺の何が琴線に触れたのか俺も一応高柳に誘われ所属している。まあ何かしらのサークルに入っていた方が就職の時にいいからな。何も入ってないと社交性の無い人物の烙印を押される。
俺はたまに高柳の真理探究の手伝いをし、俺は高柳に色々と道具を作って貰っているので、まあwin-winの関係だ。
「袖口に仕込めるのはいいが、一発勝負というのが素人には荷が重い。おかげで慎重に成り過ぎて使う前にノックアウトを喰らいそうになった」
「ふむ。実際に使って貰った感想は一考に値するが、そもそも暗器とはそういうものなのでは無いのか? 使いやすさを求めるなら普通の武器の方がいいぞ」
「警察に捕まるだろ」
「はっは、そりゃそうだな」
「あとこれはエンジニアとして意見なんだが」
「何かね」
「絶縁をしっかりしろ、俺まで感電しかけた」
「それは済まない。
 しかし何だね。君は次から次へと武器を求めては、次から次へと実戦データを取ってきてくれるのは開発者としては嬉しい限りだが、大丈夫なのか?」
 高柳が少しまじめな顔で俺を見る。
「ん?」
「なんだな、果無は真理で無く悪の組織でも見付けたのか? 幾ら何でも君が普段装っている普通の人の生活では、こんな物使う機会なんか滅多に無いぞ」
 装っているね。巫山戯ているようで俺の本質は見抜いている当たりが、此奴の怖いところ。
「逆だよ」
 俺はどちらかというと悪と戦う正義の方の組織と巡り会ったのさ。
 共通認識の歪みから生まれる怪物ユガミ、それに対して共通認識が統べる世界の律に旋律を持って干渉し超常の力を生み出す旋律士。共通認識という世界の魂源にアクセスする旋律士というのは此奴が好みそうな真理に近い存在なのかも知れない。だが、俺は言わない。あれは関わらないで済むなら関わらない方がいい存在だ。あれに関わると言うことは良くも悪くも世界観が変わる。俺は他人の人生にそんな影響を及ぼしたくない。まあ時雨さんだけは別だけどな、出来れば俺を忘れなくさせるほどの影響を与えたい。
「?」
「それにしても、お前が俺の心配をしてくれるとは意外だな」
「心配では無い、興味だ。もしそんな組織があるのなら、是非俺も知りたい」
「さよか」
 悪と善は表裏一体。悪も突き詰めていけば真理に至る。とはいえ善の道も厳しいが悪の道は険しい、少しのミスで奈落に突き落とされる。俺なら関わりたくない。
「勿論、お前も興味の対象だ。くれぐれも軽率な行動で命を落としてくれるな」
「そう思うなら、依頼した新装備を早く作ってくれ」
「善処はするが、最近色々立て込んでいてな。二~三週間は欲しいな」
「分かった」
 用件も終わり俺は高柳の元を辞去してサークル棟から出た。
 空気は冷たいがその分ガラスのように澄んだ空から日が降り注がれている。立ち止まっているば体を熱線が貫いていくのを感じる。
 時雨さんに出会ってから濃密すぎる時間が映画のように流れていった。また日を置けば激動に晒されるだろう。ならば今日今ぐらいはゆっくりしてもいいのでは無いか。俺は久方ぶりに、無為な時間を過ごしたくなった。
 幸いに本日の講義は終わっている。スーパー銭湯にでも行って体をゆっくり休め、何も考えない時間を過ごそう。
そう思い一歩踏み出すその先に鬼の形相でこちらを睨む音羽が待ち構えていた。
「俺の旋律具を返せ」
 そう音羽は叫ぶのであった。
 ちっ俺の休息が。
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