第145話 今のデートと未来のデートの約束

文字数 5,902文字

「おいおい、盛り上がっているとこ悪いが、お前等の方こそチェックメイトだぜ」
 瞑鼠が気取って指を鳴らせば、俺達を囲むように鬼達がぞろぞろと表れてくる。その数十数人。
 天秤が一気にこっちに傾いたっとでも言いたげな顔がむかつくぜ。だがその顔が泣きべそに変わればスカッとするな。
「ああ、ターゲットここにいるじゃ無いか」
「俺達無駄骨かよ」
「瞑鼠さんも人が悪いっすね」
 口々に愚痴垂れる台詞を聞けば、此奴等は燦を探しにこの施設内を探索していたようだな。そしてチンピラにーちゃんのような軽い口調とは裏腹に、フライドチキンのように千切れた女の生足を囓っている奴や呻き声さえ上げない裸に剥かれた女を引き摺っている奴など、どいつもこいつもその体を返り血でべっとり赤く染めていた。燦を探すついでに何をしてきたのか明白すぎる。
 くせるの救世の思想とは一線を画す。冥界の三鬼とも毛色が違う。
 瞑鼠が上手く煽てて宥めて使っているようだが、此奴等はシン世廻というか廻配下の鬼共だろう。応援兼監視といったところか。なら粗暴なようでいて一匹は頭の切れる奴が紛れている可能性があるな。
「お前等、サクッとターゲットを確保したら、焼き肉でもするか」
 瞑鼠が打ち上げに行くぞくらいのノリで言う。
「おっいいっすね」
 恐怖に固まった女の生首を齧り付いていた鬼が直ぐさま相づちを打つ。
「瞑鼠さんの奢りっすか」
「おめえら馬鹿か、肉なら上手そうなのが目の前にあるじゃ無いか」
 瞑鼠が俺達というか時雨の方を指差す。
 時雨がご馳走なら俺はなんなのだろうな。罰ゲームのつまみか?
「えーー俺、肉を食うより女として味わいたいな」
 女を引き摺っていた鬼が不満を言う。時雨をそんな目で見たこと後悔するぞ。
「いいぞいいぞ、折角のご馳走だどう楽しもうが自由、楽しめ、楽しめ。
それっーご馳走は早い者勝ちだーーーーーーーーーーーーー」
「「「うぇ~い」」」
 乱交パーティーノリで騒いだ鬼達が一斉に此方向かってくるのに合わせて時雨が一歩前に抜きんでる。
「ん?」
 ここは舞台。
 時雨が表れた瞬間より戦場は舞台と成り、周りの敵も味方も観衆と成り果てその一挙手一投足から目が離せなくなる。
 観衆の注目が集中するプリンシパルがすっと抜き身の小太刀を垂直に掲げる。 
 掲げられた小太刀が手首の返しで水平になっていき陽光が集いていく。
 集いて純白に輝き、残光残る半円の軌跡を描いてを振り下ろされた。
 片翼。
 停滞することのない体の捻りと連動する手首を返して小太刀が半円を描いて振り上げられる。
 両翼、白の軌跡の翼が羽ばたいた。
 羽ばたきに合わせた反動を利用して音叉で空気を叩く。
 鶴の一鳴き、山に鳴り響く。
 今ここに、美しき純白の鶴が降臨した姿を誰もが幻視した。
「はっ見穫れるなっ。旋律を妨害しろ」
 あの瞑鼠でさえ一瞬心を奪われたほどの美。美に惚ける鬼達に瞑鼠が慌てたように命令する。
 誰もが振り向き視線を釘付けにする美しき天使、これを振り向かせるのは並大抵じゃ無い。少なくても今の俺では到底無理。
 でも、いつかはと美しき姿と共に誓いを心に刻む。
「うおおおおお」
 鬼共はラクビーのスクラムのように重量の肉壁となって襲い掛かる。肉と肉が重なり合い人一人通れる隙間など物理的に無い。無い隙間を少女はすり抜けていく。
 湖面を滑空する鶴は誰も捕らえられない。
 ハッキリ断言して雑魚の鬼共が来ても俺は全く焦ってない。俺の惚れた女が負ける姿など想像だにできない。
「どけ、邪魔だ」
 見かねた瞑夜が鬼共を怒鳴り散らし飛び出してくるが、その前を小柄な少女が通せんぼする。
「浮気とはつれないですね」
「いいだろう、私の前に自ら立ったことを後悔させてやる。手足の無い達磨でも生きていれば廻は文句を言わないぞ」
 瞑夜は本気になったのか八相に構え摺り足でじりじりと燦との間合いを計り出す。
「あんまり私を侮らない方がいいですよ」
「破ッ」
 八相から燦の首を刎ねる軌道の一閃、甲高い金属音が響く。
「下らない小細工ですね」
 手足といいつつ首を狙う。単純なフェイントだが燦は引っ掛からない、ナイフを両手で支えて首筋の一撃を受け止め、そのまま瞑夜の刀が切断された。
「ちいっ」
 だが切断されたことで振り切れた刀を返して一歩踏み出し再度燦の首を狙う。
「だから嘗めすぎです」
 今度は真正面からぶつかり合う様なことをせず巧みに太刀筋を変えた刀は切断されること無く弾かれる。
 腕は瞑夜、武器の性能は燦。
 鬼人と魔人は互いに常人では見えない剣戟を交わして時雨から離れていく。
 しかし仮にも組織のボスを呼び捨てにしたことといい、瞑夜は大分苛立っている。もはや燦の生死に拘ってない、燦もここが正念場の岐路。皆の信頼を勝ちとり己の有能性を示して見せろ。
「はあ~こりゃ凄いね。本職の俺の立場無いな~」
 影狩は溜息をつきつつも、走り回って要所要所で鬼に銃弾を撃ち込み牽制して時雨の負担軽減に一役買っている。
 激闘。
 誰もが死力を振り絞って戦っている。
 仲間を守るため。
 仲間の仇のため。
 自分の存在意義を示すため。
 不謹慎かも知れないが、サッカーで互いのチームが力を出し合い競り合い観客と一丸となって最高のゲームを生み出す光景に似ている。
 そうした誰もが一致協力する空気、誰もが熱狂する渦、そういうのから自然と弾かれ外れ誰にも注目されることの無い奴がいる。
 死闘の音がどこか遠くに響く建物の裏、そこに入り込んだ俺は振り返る。
「デートのお誘いを受けてくれて嬉しいぜ」
「お前はなぜ救えない」
 俺はくせるに一礼し、くせるは俺に問い掛ける。
 元々大した戦闘力の無い俺だが右手を打たれ銃すら握れない。そんな俺が出来る最大のことは間違っても人質になどにならないこと。
 だから俺はいつもの如く流れから外れていった。
 だがその際にちょっとだけ賭に出た。
 回り込んでいき瞑壁の影に隠れていたくせると目を合わせたのだ。後は自然と外れていく俺の後を勝手にくせるが付いてきてくれた。
 あの戦場における最大の不確定要素くせるを排除することが出来た。これで間違っても時雨が後れを取るようなことは無い。
「お前はなぜ救えない」
 答えない俺に井戸の底からに響いてくるような声で再度問う。
「天空を舞う鳥、地を這う虫螻の心知らず」
「どういう意味?」
 含蓄を含んだ俺の言葉など噛み締める気などないとばかりに俺に意味を問う。
 これが禅問答における師匠と弟子の関係なら甘えるなっと一喝して煙に撒けるところだが、そんなことしたらどうなるか分からないほどに、くせるが切羽詰まっているのが感じられる。
「お前は生まれながらの菩薩。
 穢れを知らず人類救済なんぞ志す徳高い心を持つ」
 くせるに悪意は一切無い。狂気も無い。
 純粋に人類を救世る為に何をすべきが考え結論を出したのだろう。
 ただその結論が凡俗には理解できない次元が一つ二つ上を超える菩薩の理論だっただけのこと。
「だがそれ故に地を這う俺達みたいな者の心を理解することは出来ない」
 俺は言葉に力を込めて断言する。人を説得洗脳するなら迷いはいらない力強く己さえ騙す勢いが必要だ。
 まあ、あながちハッタリだけとも言えないけどな。
 穢れの知らない菩薩では、いい女を抱きうまいものを喰い喝采を浴びたいと本能に根ざした下卑た幸せは理解できまい。
「そんなことは無い。私はみんなを救おうと・・・」
「救おうとはしたが、俺を知ろうとはしなかった。
 俺の穢れ、壊れた心、過去。
 そういった一切合切を塵芥と掃き清めようとした。
 だがそういった塵芥こそが俺なんだよ。
 お前は俺を救おうとして俺を捨てようとしたんだっ」
「そんななんなことは、確かに貴方の手を掴んだ」
「断言する。もう一度お前が旋律を舞おうともさっきの繰り返しになるだけだ。
 お前に俺は救えない」
「くっ」
 己でも自覚していたのかくせるは反論すること無く黙り込む。
「俺がお前を抱きたいと言えば抱かせてくれるか?」
「抱かせれば貴方を救えるの?」
 女として俺なんかに抱かれたくないなどという自尊心など既に捨て去ったのか、そうだと言えば簡単に抱かせてくれそうな返事だ。
「そういうことを平気で言えるようじゃ、俺は救えないな」
「抱かせてと言ったのは貴方なのに」
 理不尽だとばかりに抗議し、やがて縋るような目を向けて口を開く。
「なら、あなたを救うにはどうすればいいの?」
「天空から俯瞰する者よ、地に墜ちて這いずり回れ。
 弱者に混じり、その憎しみと悲しみを知れ。
 その過程でお前は弱者をいたぶる悪と出会い、その底なしの悪意を蓮華に変えて世界を美しく飾って見せろ。
 世界が美しくなった先にある答えを掴み取れたとき、俺がもう一度さっきの質問をしてやるよ」
「答えを教えてはくれないの」
 子猫のような甘えが声で言う。
「甘えるな。道は自分で掴め」
 そもそも俺を救う方法なんて、俺が教えて欲しいくらいだ。
 時雨、キョウ、弓流、火凜、ユリ、今まで出会った美少女美女達を欲望のままに抱くことが出来れば俺は救われるのか?
 本当にそうなら、それならそれで、やりようはある。
 時雨、キョウ、弓流、火凜、ユリ、今まで出会った美少女達の喝采を浴びることが出来れば俺は救われるのか?
 本当にそうなら、全てを捨てて打ち込んで仕事で手柄を立てればいい。
 時雨みたいな振り向いて貰えないような高嶺の花は諦めて、自分に相応しい人を見付けたら救われるのだろうか?
 それとも人に期待することなど辞めて自分だけの探求の道を見付けて求道を極めれば救われるのか。
 才無く一度しか無い人生、俺に選べるのは一つのみであり、どれを選べばいいのか俺ですら分からない。
「分かったわ。
 私は一度地に墜ちるわ。そして見付けてみせる。
 だからそれまでに死んじゃ駄目よ、おにーちゃん」
 くせるは初めて年相応の女の子らしい笑顔を俺に向けてくれた。いつか俺を殺しに来るヒットマンを待つほど自殺願望は無いんだが、その笑顔には死以外の答えを持ち合わせた再会を期待させてしまう暖かさがあった。
「ああ、楽しみにしているよ」
 十年後くらいならいい女になっているだろうな、それこそ俺が土下座でお願いするくらいに。
 抱けるなら死んでもいいと男に思わせる女。
 そんな幻想を抱かせつつ、くせるは夕日に溶けるように消えていった。
「終わったか」
 さてと動こうとして後頭部に冷たい金属を突きつけられた。
「下手に動けば即座に撃ち抜く」
「影狩か、これはどういう意味だ?」
 今までの陽気なバンドにーちゃんのイメージを覆す声だった。
「それはこっちの台詞だ。なぜくせるを逃がした。仲間の仇なんだぞ」
「そのことか」
「そのことだ」
「くせるは道に迷っていた。あのままだったらどう転ぶか分からない。
 万が一にも皆殺しこそ救済とでも結論してみろ、俺達なんぞ一瞬で首が飛ぶ」
 弁解じゃない本当にくせるは思い詰めて無垢から狂気に陥ってもおかしくは無かった。
 生まれながらの菩薩に挫折を与えた初めての男。それ故に挫折を乗り越えて得た答えの初めての救済者になるのか。
 嬉しくない初めての男だ。
「お前は一度勝っただろ」
「あれは救おうとしているから付け込めた。
 殺しに来たら、どうにもならない。あれはマジで天上人、超人だ。多分だが時雨でも勝てない」
 互いに配られた勝負手、スペードのエースの時雨と使い方次第でどうなるか分からないワイルドカードくせる。俺は勝利を確実にするためワイルドカードの排除を狙っただけ。
 そしてこの勝負における俺の勝利とは生き残ることのみ。それ以上は望まないしそれ以下など許さない。
「そうか、納得は出来るが、ならあれをこの先どうする気だ?」
「俺の言葉が効いたようだし、今までみたいに無差別に救世ることはなくなるさ」
 その代わりくせるが悪と判断した人間は容赦なく救世られそうだが、悪人だからしょうが無いと思って割り切るしかないというか、俺の知らない悪人が死んだところで心が痛むようなヒューマニストじゃ無い。
「虫螻に混じって穢れて、長じて普通の人になってくれるのを願うばかりさ」
 天童も長じればただの人。これが一番いい結末だ。
 間違っても正邪呑み込む菩薩となって救世りに来られたら、今度こそ俺はこの自我ごと浄化されるな。
「仇は取らないと」
 別に俺にとって仇を取らなきゃいけない人はいないんだがな。いつの間にか影狩の中では俺は仲間に成っている。
「再度立ち塞がるようなことがあれば、その時はもう言いくるめることは出来まい、雌雄を決するしかないな。
 まあ死にたくは無いからな、それまでに精々対策を考えておくさ」
 正邪呑み込む菩薩に勝つ方法、最初から放棄したくなる命題だぜ。精々それまでに悔いの無いように生きることくらいしか道は無いように思える。
「何処までも受け身だな。さっきの格好いい台詞が泣くぞ」
「台風が悪だと、進んで台風を倒しに行く奴なんていないだろ」
 あれは人災というより、菩薩による天災だな。
「まっ俺も手も足の出なかった身だ、あまり言えないしな。それにそんなお前が作った唯一無二のチャンスは俺の同僚が潰しちまったしな。
 まあ、しゃーないか」
 出会ったときの気楽バンドにーちゃんの口調に戻った。
「そう、しゃーない。ケセラセラさ」
「命が懸かってそう言えるお前はいい根性してるぜ。
 まっこれから、よろしくな」
「どういう意味だ?」
「まっこの業界は狭い、その内分かるさ」
「思わせぶりなことを言う奴だな」
「まっ今は後片付けをしようぜ」
「そうだな」
 なんとかジョーカーは退いてくれたが、まだまだ仕事は山積み。ツメをしくじるわけにはいかない。
 こうして男二人意気込んではみたが、くせるが消えたのと同じくして冥界の三鬼も気付いたときには消えていなくなり、残った鬼など時雨や燦の敵では無かった。結局どれがリーダー格だったのか区別付くこと無く退治された。
 本当に俺には事後処理という仕事だけが残され、この事件は終わった。
 カッコは付かないが俺は生き残れた。
 生き残れた以上俺は前に歩き続けるだけさ。
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