第64話 問う者

文字数 2,065文字

「はあ、はあ」
 振り返ればタクシーは道路を飛び出し木の幹に激突していた。
 周りを見れば人気の無い山林、見渡す限りを木々に囲まれ外界からの喧噪を静寂が遮っている。まだ昼間だというのに陽光は重なり合う樹枝に遮られ薄暗く薄寒い。とても直ぐ近くに人類の叡智の賜である空港があるとは思えないほどに、文明から隔絶されている。
良くこんな所に道を通したと関心するが、道があるなら人が通るだろう。出来ればこの場に留まり通りかかった人に助けを求めたいが、そんなことは後ろから迫るアランが許さない。
 俺と違って諸に激突の衝撃を受けたアランはどこかにぶつけたか頭から血を流し結構な負傷をしているように見えるが、俺を追いかける足取りは力強かった。山頂に続く道を走る俺が2WDならアランは4WDとでもいうようにぐんぐんと登坂してくる。
俺が汗を流しアランは血を流す鬼ごっこ、持久力には自信があったが、アランは体力が衰える様子も無く、俺の方が先に疲れ果てそうだ。
 体力がある内に何か手を打つ必要がある。
打って出るか森の中に逃げ込むか。
チラッと横目で見る。先が見通せない木々が重なり合う深い森。逃げ込めば簡単に隠れられそうだが、柔らかい腐葉土には簡単に足跡が付く。アランが馬鹿であることに賭けてみるのも一興だが、俺は幸運の女神には嫌われている。いや、時雨さんに出会えたことで幸運は債務超過。
 決意と共に俺はくるっと反転七段警棒を振り払って突撃する。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお」
 振り払って伸ばしきった七段警棒を上段構えて間合いの読みもクソも無くただがむしゃらに走って行く。
 幸い俺の方が上を取っている。この重力加速度を乗せた一撃で勝負。
 突然反転して気勢を上げて襲い掛かってくる凶人の如き行動に多少なりとも威嚇効果があったのかアランは戸惑い気味に足を止めた。
「カミカゼか」
 アランは多少は戸惑ったが直ぐさま対応、機敏な動きで胸元に手を入れた。
 やばいと直感した時には俺は飛び上がっていた。
「くっ」
 アランの足が速く距離縮まっていたことも幸いした。胸から銃を掴んで引き抜かれた腕に俺の七段警棒が届いた。
 俺の全ての力が乗った七段警棒が砕く音を響かせてアランの腕を折った。
 銃が地面に落ちるのを確認する暇も無く俺は七段警棒をアランの首目掛けて両手で持って振り払った。
 手に堅い感触が返ってきて何かを吹っ飛ばした。
「なっ!?」
 アランの首が90°折れ曲がって肩と頬で七段警棒を挟み込んでいる。
 無我夢中の必死に放った一撃がアランの首の骨を折ってしまった。運転手への傷害に交通事故、加えて殺人と犯罪の役満を今日一日でいや一時間足らずで達成してしまった。言い訳のしようも無く数年の実刑もの。
 などとどこか戦いも人生も終わって気が抜けた俺の眼前にアランの拳が迫ってきた。 咄嗟に反射だけで躱した俺の頬をアランの拳が擦っていく。
「一体何が」
 頬がチリチリするが構わず俺はアランを凝視する。
「ちっ傾いているから狙いが甘かったか」
 そう言うとアランは折れてない方の腕で自らの頭を掴み真っ直ぐに支えた。
「これで大丈夫だ」
 ニーと笑うアランに背筋が冷えた、まるで死体が嗤ったのかと錯覚した。
 ちらっと先程七段警棒が吹き飛ばした物は何かと確認すれば、それはギプスだった。スカーフはおしゃれもあるがギプスを画す為の物だったのか。つまり此奴は最初から首の骨が折れていたということ。
「はっは、犯罪の役満から殺人が消えたな。お前人間じゃ無いな」
 首が折れて動ける人間なんかいない。しかし、折れた首が直ぐさま再生するくらいは化け物ならやってのけて欲しい。何とも中途半端な。
「失礼な、僕は人間だ。低俗な猿が人間様を馬鹿にするとは躾が必要かな」
 アランは蹴りを放ってくるが、片手は頭を抑え片手は折れているようではバランスが悪い。素人の俺でも見切れる。
 俺は蹴りを避けるついでに後方に二三歩下がって仕切り直しを計る。
 首を折っても倒せないが、あの動きなら余裕であしらえる逃げられる。アランの脇を抜けて一気に山を下りる。逃げてしまえば何とかなる。ここでの事故はアランが揉み消してくれるだろ。
 希望が見えてきた俺の背に声が掛かる。
「遅いと思ってくれば、何を遊んでいる」
 振り返れば、初老の白人がいた。
 老人らしくないがっしりとした体格に英国式のスリーピースのスーツは鎧の如くかっちりと着込まれていた。シルバーの顎髭を蓄えシルクハットを被るその姿は紳士然として、どこかの大学の教授と言われても納得しそうである。
 思わず俺を助けに来てくれた謎の紳士と期待を抱くが、そんなもの老紳士の周りにいる黒服二人に三メールとはあるかと思うスキンヘッドの巨人が打ち砕いてくれる。
 あの黒服ディスコで会った鬼のお仲間か?
 警戒する俺を見据えて老紳士が重みのある声で言う。
「我は死を問う者。
 我は問う。青年よ、死とは何だ?」
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