第164話 エピローグ

文字数 2,982文字

 ユガミは無事退治され、こうして事件は終わった。
 いや一区切り付いた。
 負傷した燦と疲労困憊のユリを救急車で搬送。
 火傷した燦の足だが、応急手当てした桐生所長の見たてでは魔人の持つ回復力で跡も後遺症も残らず完治するとのこと。
 ユリはまあ点滴打って寝てろ。
 お前達の仕事は終わった、ゆっくりと傷と疲れを癒やすといい。
 戦士達の仕事は終わり、ここからが退魔官の仕事。
 仕事における、事前準備と事後処理こそ本番。
 エナジードリンクを飲み干し俺は動き出した。

 契約通り死守したUSBメモリを桐生所長に引き渡し、これで極限環境対応スーツ破損の件は不問となって笑顔で別れることが出来そうだ。
 もしこれでUSBメモリまで失っていたら、損失を何処で持つか紛糾していただろうし、何より桐生所長の信頼を失い今後の仕事に支障が出ていたかも知れない。
 ビジネスチャンスはファーストワン。初回での失敗は許されないのだ。

 コスプレのようなインナー服を脱いで元の服装に着替えると、天空のエスカレーターのあるビルの被害状況の調査となった。
 自分の足を使っての被害の実地調査。
 幸い怪我人は無し。
 ユリが生み出した衝撃波の影響でビルの外壁と窓ガラスに破損、更には高熱で一部商品も駄目になっていた。天文学的損害とはいかないが、個人で払うにはきつい金額だ。
 本来ならこの損害を引き起こしたユリに被せたいところが、今回は俺が命じた。上司である俺が責任を取るのが筋なんだろうな。
 この損害をどうするか? 
 依頼されていないとはいえ、事は天空のエスカレーターで起きていた以上事件に責任が無いとは言わせない。それにあのまま天空のエスカレーターでの失踪が続けば水波で無くても誰かが騒ぎ出す。そういったトラブルを未然に防いだ報酬として相殺させるか。
 色々と策を巡らせていると、こういう時だけは素早い官僚気質による査問が開かれる事になった。
 一番怖いのは身内というのが身に染みる。組織があるところ派閥あり、派閥あるところ足の引っ張り合いあり。五津府を蹴落としたい派閥のちょっかいか、それても近頃噂の若造を潰したいだけの老害か。
 つくづく、俺は官僚なんだな。
 今回は五津府、如月さんの援護は無い。
 一人前と認められたかトカゲの尻尾切りか。
 別に恨みはしない。負けられない戦いとは、自分一人で行うものさ。
 孤立無権で人の粗を探すことに掛けてはプロの連中と数時間掛けて渡り合う。孤立無援だが、こんなのあの時に比べたらなんということもない。
 小説一本分くらいは成りそうな舌戦を繰り広げ、不可抗力であることとユガミを退治して犠牲者が増えることを防いだ功績を認めさせ、損害賠償は国が持つことになった。
 更にはユガミを退治した報奨金、更には時給も支払ってくれることに成った大勝利だが、敵も最後の意地で今回の事件の隠蔽工作は俺に押しつけた。
 今回ユリが放った火球を多くの通行人に目撃されたことが大問題。そりゃ空中にいきなり火球が表れたら大騒ぎになるよな。見間違い勘違いは通用しない。だが、幸いなことに熱や風を感じた者はいたが、怪我人は居ない。
 どうやって誤魔化すか。
 幸いCM作成の態を取っていたので、桐生所長達が記録していた映像を繋ぎ合わせて、一本のCMを作り上げyourtubeに投稿した。
 これであの火球はCGでなく今時珍しい古典的SFXを使った演出という流れを生み出す。訳知りの素人専門家になって色々なSFXの手法を解説したりもした。一人でレスバトルを繰り返し炎上させたりもした。
 これだけ一気に燃え上がれば、一気に燃え下がる。
 謎の火球はトリックで一件落着、ただ誤算だったのは意外と根強いファンがついてしまったこと。今回でっち上げた架空の調査会社「八咫鏡」について問い合わせが架空のオペレーターをさせている大原が切れるほど来ている。これはペーパーカンパニーとして急遽立ち上げる必要がでるかも知れない。
 だがそれはまた別の話だ。
 こうして事件の後片付けを済ませ退魔官としての事件は終わった。

 そして今。
「凄い人だね」
 三十分待ちで混み合う行列に並ぶ俺の横には時雨が居て、少し人混みに酔ったような顔を俺に向ける。
「人気スポットだからな、しょうがない」
 ユガミのことなど何も知らない人達は変わらず天空のエスカレーターを利用している。それどころか俺の作った動画の影響で来客数は増えているらしい。本気で損害賠償を相殺しても良かったのかも知れないな。
 以前の俺なら時雨に同調してフォローなんかしなかっただろうが、一人で並んでいては気付けないことに気付いた。長い行列に並ぶ時間が無いほど時雨の横にいられて自然と見ていられる。別に俺は天空のエスカレーターからの光景が見たいわけじゃ無い、時雨といたいだけ。
 それだけで幸せだ。
 だが時雨の方はそうはいかないだろうから、色々と楽しい場所を見付けて連れ出すしか無い。
 ほんと惚れたら負けは格言だな。
「そういえばここで仕事をしたって本当?」
「まあな」
 狭い業界だ俺がした仕事の事なんて直ぐ耳に入っても不思議じゃ無い。
「どうしてボクを呼んでくれなかったの?」
 時雨はちょっとだけ口を尖らして言う。
「命を賭けた仕事に私情は挟まない」
「ボクじゃ力不足とでも」
 意外とプライドが高い時雨が少し強張った声で言う。
「ユガミは嵌め技のようなものだ。相性を選ばなくては死を招く。
 時雨の旋律は最高だと思っている。
 だが死んだら、その最高の時雨の旋律を見れなくなってしまうからな」
「ふんっボクの価値は旋律だけ?」
 俺の賛辞を浴びてちょっと頬を赤くした時雨がしょって言う
「いや、願うなら心も体も全て頂きたい」
 俺は時雨の顎をくいっとして強制的に俺だけしか見えないようにする。
「ちょっちょと」
「このまま体も頂いてもいいんだが、俺は心も欲しい。
 だから我慢するさ」
 頬が染まった時雨を解放する。
「今の君ちょっと怖かった」
「そうさ。男はみんな狼よ。油断為されるな赤頭巾ちゃん」
 今はこんな余裕な格好付けしているが、約束の期限が迫ればなりふり構わなくなっているかも知れない。
「そうさせて貰うよ」
 ぷいっと時雨は前を向いて黙り込んでしまった。
 ちょっと巫山戯過ぎたかな。
 だがいい人やっていたんじゃ、前埜には勝てない、前に進めない。
 会話が止まり二人して静かに並んでいると、前の方から聞き覚えのある声がした。
「やだ~赤くなっちゃって可愛い。でも、アッシーそんなに安くないの。もっともっっと惚れさせてくれなきゃ」
 見れば水波が見知らぬまじめそうな青年と幸せそうに腕を組んでからかっている。
 そうか、笑ってくれたか。
 その屈託のない笑顔を見て柄じゃ無いが俺も嬉しくなった。
「ねえ」
「ん」
 気付けば時雨がジト目で俺を睨んでいる。
「今他の女の人見てなかった」
「嫉妬した」
「馬鹿」
 脇腹に肘喰らった。痛いが痛んでいる場合じゃ無い。
 そうか水波は立ち直ったか、なら俺も胸を張って今を楽しまないとな。
 俺は多少強引だったかも知れないけど時雨の掌を握った。

Fin
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