第138話 妹にプレゼント

文字数 4,383文字

 ゆったりとした川が流れ、結佐趺坐する人々に挟まれる。
 悟りを開く人々を祝福するか称えるか。
 蓮華の華が咲き誇り。
 悟りを開く人々を憩うのか労うか。
 甘い香りを纏って風流るる。
 衝撃でまだ朦朧とする目で見ればそこは極楽浄土。
 目の焦点が段々と合ってくるに合わせて極楽のヴェールが剥がれ地獄になっていく。
 悟りを開くべく修行する人々、よく見れば煩悩たる頭が無い。
 衣服を剥ぎ取られた全裸の男女が結跏趺坐をして並んでる。
 悟りを開いた終着か煩悩生み出す頭が無い。
 煩悩を捨て去り頭を切り落とし。
 男の女も老いも若いも中年も性器を晒して羞恥せず。
 切り落とされた生首抱えて結佐趺坐。
 悟りを開いた喜びか、抱える生首穏やかに微笑む。
 現世を捨てたお祝いか、体から蓮華の茎伸び華開く。
 真っ赤な真っ赤な蓮華の華が咲き。
 結佐趺坐から垂れる真っ赤な血の滴が流れて寄り集まれば、
 ねっとりと地獄に流れる血の川となる。
 一陣の風が吹き俺にべったりと血臭をこびり付けてくる。
 
 これは地獄を見立てたのか、地獄のパーツで極楽浄土を見立てたのか?
 とっくに心が壊れた俺で無ければ間違いなく心が破壊される光景、そこに一人少女がいた。
「あら、お客さん?」
 結佐趺坐する死体の蓮華の華を鑑賞していたおかっぱ少女が振り返り、その赤い目が俺を見る。
 俺は迷うこと無く銃を抜き引き金を引いていた。
 このときの俺はたぐいまれなるプレッシャーからの集中力、殺らなきゃ殺られる弱者必死の心意気から数十メートル以上は離れていたのに必中の軌道を銃弾は進む。
「なっ」
 だが俺の銃弾は、割って入ってきた黒服の女の刀の一降りで切り払われた。
 真っ二つになった銃弾はそれぞれ明後日の軌道を描いて少女から逸れていく。
「貴様、お嬢に何をする」
 女が俺を睨んだかと思えば数十メートルもあった間合いが嘘のように無くなり、夜叉の如く髪を振り翳し女は俺の首筋目掛けて断頭の刃を振り払う。
 死!?
 俺は全く反応出来なかったが刃は首筋寸前で止まっていた。
「兄さんに手出しはさせない」
 燦が俺の首が切り飛ばされる寸前で割って入って黒服の女の腕を押さえてくれたのだ。
 俺は全く反応出来なかったが燦は反応出来た。怪力だけじゃ無いのかと戦慄におののいているだけじゃ生き残れない、俺は直ぐさま銃口を女に向けて引き金を引く。
 なんかおかしいな、あのゲートを潜ってから引き金がどんどん軽くなる。あのゲートは修羅地獄への入口だったか。
 女は苦も無く俺の銃弾を躱して一旦間合いを取り直す。
「燦っ」
「何」
「これを」
 俺は対燦用に隠し持っていたナイフを燦に放り投げる。
「丸腰じゃ、お前でも分が悪い」
 燦も化け物だがあの女も十分に化け物だ。
「はあ~」
 燦は心底呆れたような顔で溜息をつく。
「なぜそこで溜息をつく?」
 俺が燦を信用しきってなかったことを見抜かれたか?
「兄さんったら、妹への初プレゼントがナイフって。
 はあ~」
 この状況でネックレスを貰った方がいいと曰うか妹よ。
「俺の特別製で高価なんだぞ」
 そもそもあげるとは一言も言ってないのに、なぜかもう返して貰えない雰囲気だ。
「値段じゃないのよ兄さん」
「俺の心も籠もっているぜ」
 死ぬ思いで稼いだ金を出し、コンセプトを出し、その道の者達を集めもした総合プロデュースの逸品。ある意味俺のエンジニアとしての結晶とも言える。
「心が籠もっていても明後日の方向じゃ意味ないのよ、兄さん」
 あー言えばこー言いやがって、可愛くない妹だ。これが実際に妹がいる兄の心情という奴か。
「お前達、私を前にして余裕だな」
 女は俺達二人に高まる殺気を抑えるように上段に構える。此奴は廻やセクデスのように大物ぶって諧謔する余裕がない。まじめな殺人者とは、やっかいな女だ。
「瞑夜、下がりなさい」
「はい」
 少女が命じれば、良く訓練されて軍用犬のように俺達に向けられていた殺気は霧散し瞑夜は少女の元まで一目散に飛び下がっていく。
 この隙の無さからくる隙を突けば何とかなるか。
「たっ隊長!? そっそれに英治っ!!!?」
 背後からの悲鳴に振り返れば遅まきながら特殊戦部隊の二人が車から降りてきていた。そして衝撃的な映像を見せ付けられ視線を後ろにする余裕が無くて確認してなかったが、初めて車の前部を見た。
 車の前部には焼け焦げた死体が投げ付けられていて、それが突入した車の勢いを止めたのか。見た感じ、車は一般車のような外見でいて軍で使用する関係か装甲は厚くなっているのか、フロントが少しへこんだだけでエンジン部は無事のように見える。
 そして投げ込まれた死体、あれは最近よく見る鬼であった。俺が知らなかっただけで実は鬼はそこら中にいるのか? 
 大原は結佐趺坐する死体の誰かを見てへたり込んで狂乱している。あの取り乱しよう恋人でもいたのか、使い物になりそうも無いな。対して影狩は割かし冷静に見える。
 此方の戦力は三人と考えておいた方がいいな。
「そこのおにーさんいきなり撃つなんて酷いわね」
 視界を前に戻せば、地獄の風景に自然と溶け込み少女は涼しげな顔で道ばたで出会ったかのように話し掛けてくる。
「いきなりこんなトラウマもんの光景を見せられるよりはマシだろ」
「そう、極楽浄土を見立ててみたんだけど。
 この光景を見たら後に続く人達も怖がらずに極楽浄土に行けると思わない?」
 これが極楽浄土、そして何より怖いのはこの少女に悪意無く善意でものを言っている。
 それが何より怖い。
 この狂気、一応自分の悪を自認していたセクデス以上かもな。
「そう思うならまずお前が笑っていの一番に一番に行けよ。
 そしたらみんなも後に続いてくれるかも知れないぜ」
 俺は年端もいかない少女に死ねと言っている。客観的に見れば俺は酷いことを言っているのかも知れないが、この少女の前では子犬が吠えている程度の可愛いもの。
「それは駄目。私はみんなを救世って上げないと。
 この世の地獄に生きる幾億の蓮華の種、それを全部咲かせてあげないと」
 空を見上げて語る少女の瞳にはどんな光景が映っているのか、俺でさえ気が狂う光景かも知れないと思うと聞きたくも無い。
「そうかい、それは忙しそうだな。邪魔して悪かったな。
 俺達はもう帰るぜ」
 悪いが此奴相手に戦う気など全く起きない。1秒でも視界の範囲にいたくない、誰でもいいから俺以外の奴が此奴を退治してくれ。
「それは駄目」
 帰ろうとする俺を少女は呼び止める。いい加減名前を聞けと思うかも知れないが、こんな奴と少しでも縁を結びたくも無い。ここで別れたら、俺らしくも無いが酒でも飲んで綺麗さっぱり忘れ去りたい。アルコールにだって逃げ込みたい。
「廻ちゃんに頼まれたの誘拐された早乙女 燦を連れ戻してって」
 シン世廻の総帥を捕まえてちゃん呼びかよ。だがそれも納得してしまう。両雄並び立たず、同じ地面の上覇を競うでない、この少女は全く別次元の大地に立っている。
 つまり比べることは出来ないが、同じ格であることは分かる。
「そこにいるのは早乙女 燦だよね。だよね」
「ううん人違い。私は綾波 有希。
 兄さん帰りましょう」
 燦はしれっと淀みなく言い切った。
 そうか燦でさえ此奴には関わりたくないか。
「そうか、お友達じゃ無いんだな。じゃあしょうが無い、兄さんと一緒に帰ろう」
「それ、あんまり面白くないな。
 私は夢違 くせる。
 初めましてよろしくね、一等退魔官 果無 迫さん」
 くせるの赤い目が俺をねめる。
「知っていたか」
「ええ」
 ちっシン世廻の間じゃ俺の手配書でも回っているのか。
「なら俺が燦を誘拐したわけじゃ無いことも知っているよな。燦は自分の意思で付いてきたんだぜ。
 俺何にも悪いことしてないんだ、黙って家に帰してくれないか?」
「知ってる?
 他人が十六才未満の少女を連れ回せば、誘拐なのよ」
「いやな世間だ」
「ほんとね。現世は苦痛だらけ。だからね、私が救世って上げてるの」
 くせるは聖女のように使命を清らかに語る。
「お前の思想はだいたい理解したが、それでなんで廻に協力する?
 今一彼奴の思想とは合わないだろ」
「そう?」
 くせるは可愛く小首を傾げる。この見た目通りに可愛い娘だったらどんなに救われるか。
「廻ちゃんはこの世界を神代に戻したい、私は世界中の人を救世りたい。
 ほら同じじゃ無い」
「凡人には全く理解出来ないな」
 本気で異次元人の思考、理解をしようとしてはいけない。すれば思考のドツボにはまるか気が狂う。
「安心して廻ちゃんには貴方に手を出すなと言われているけど、そんな貴方だけを救世らないなんて可哀想なことはしないわ。
 出会った以上救世ってあげる」
「上司の命令には従わないと行けないんだぞ」
「ふふっ」
 俺の言葉にくせるは悪戯でも注意されたかのように微笑む。
 もうどうやっても説得は出来そうもない、もうどうやっても逃がしてくれそうも無い。
 もうどうやって相手を殺そうか考えるしか無い。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 俺とくせるの会話を断ち切っていきなり雄叫びを上げて大原が立ち上がり、くせるに向けて発砲した。
 俺じゃ有るまいし、こんな少女に躊躇いなく発砲するとはいい具合に壊れているな。壊れていても訓練を受けた戦士、狙いは正確だがくせるはゆったりと舞うような動作で難なく躱していく。
 やっぱりあの瞑夜がいなくても拳銃程度では軽々といなすか。
「瞑夜、燦をお願い」
「お嬢は?」
「残りの三人を救世って上げないとね」
「分かりました」
 向こうの作戦会議はあっという間に終了した。
 俺に関しては命令違反しても、燦に関しては命令を守るのかよ。その線引きは何処だ? 俺に教えてくれ。

「燦」
「なに兄さん」
「チャンスが有ったら俺に構わす逃げろ」
「兄さん」
 俺の力強い言葉に燦は少し感動したように声を震わせる。
「俺もチャンスがあったらお前に構わず逃げるから」
「台無しよ兄さん」
 呆れ果てた溜息を吐き捨てるように燦は言う。
「駄目にーさんは最初からだろ」
「そうね」
 俺の台詞に燦は少し微笑むと、ナイフを翳し瞑夜に挑んでいく。
 多分だが燦では瞑夜に勝てない。身体能力が互角でも燦には技が無い。だが相手は殺せない、そこに活路あり。うまく隙を見て逃げてくれることを祈るのみ。
 さて他人を気遣う俺の余裕はここまでだ、ここより全身全霊を賭け化け物に挑んでいく。
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