第104話 和やかな夜

文字数 4,333文字

 俺様男に我が道男と俺なら逃げ出すツートップだが、陽キャラ男は果敢に挑んでいく。
「取り敢えず、生ビールは揃ったな」
 西村は店員から受け取ったビールを甲斐甲斐しく俺達の前に置くと言う。
 俺も社会に出れば嫌な上司の機嫌の一つも取らなくては成らない時が来るだろう。つい最近まで大学でいい人の仮面を被っていたように、太鼓持ちにだって演じてみせる。それもこれも仕事ならばこそ、何で私生活で敢えて苦難の道を征く。チャラ男に見えて実は何かの修行者なのかMなのか?
 それともこれを苦とも思わないからこその陽キャラなのか。
「では、果無の一等退魔官就任を祝ってかんぱーい」
「乾杯」
「ありがとう」
 蟹鍋からぐつぐつと香る湯気が吹き上がっていく中、取り敢えず生ビールと注文されたジョッキがカチンと音を立てる。
 ゴクッ、久しぶりのアルコール。味は兎も角酔いがいきなりグッと来る。半分くらいにしておくか。
 西村が予約したのは蟹鍋料理がうまいと評判の店で、人気店だろうにどういうツテか和室の小部屋を今日の今日で確保していた。おかげで気兼ねなく旋律士とか退魔官とか魔とかユガミとか他人に聞かれれば大学生にも成った中二病連中という目を向けられる痛いワードを声に出せる。西村もそれが分かって無理したのかも知れない。
「ぷは~効く~。おっ音羽はクールそうな顔していける口か。もう一杯いくか?」
「ふっこの程度のアルコールじゃ酔えないな」
 西村と音羽は空になった大ジョッキをテーブルに置きつつ言う。
「それじゃあ、何にするんだ?」
「ウィスキーのロックでも貰おうか」
「OK。果無は?」
「俺はまだいい」
 見れば分かるだろうに、ちゃんと聞いてくる気の回しよう。
「そっか。それじゃ店員を呼ぶか」
 西村が部屋にあるベルを押して店員を呼んでいる間に、俺は腹に何かを入れておくことにしよう。空きっ腹ではアルコールが回りすぎる。別に酒に強いと思われたいとは思わないが酒に弱いとは思われたくはない。
 煮えて味が染みこんだ蟹の足を一本を取ると蟹夾みで殻をガリッと破る。殻を引き抜いていけば蟹蒲とは違う瑞瑞しい身が引き出されていく。白に薄茶の彩りを添えるポン酢を付けて嚙めば、ぷりっとした食感がたまらない。
「しかし果無はもう就職が決まったのか、しかも国家公務員エリートじゃん」
 追加注文を終え一息ついた西村が言う。
「羨ましいか?」
「まあね」
 素直に言っているつもりだろう西村。
「なら推薦してやろうか。多分直ぐ成れるぞ」
「遠慮させて貰います」
 西村ががばっとその場で頭を下げた。
 国家公務員のエリートと言えば聞こえが良いが、多分競争率は限りなくゼロに近い。
 権力は強いが魔関連限定、給料は高いかも知れないが出来高払い。何より明日の命も知れぬ将来性。
 まあまともな人間ならまず就かない職種。
「我が友も本格的にこちら側に来たな。この業界では俺の顔は結構効く、何かあったら俺を頼れ」
 音羽は聞いた話では歴史有る旋律士の名家の御曹司、吹けば飛ぶしがない小役人の俺と同じ側にいても重みが違う。音羽や時雨さんから見たら俺なんぞ限りなく一般人に近いだろう。
 その重さから来るしがらみの煩雑さは色々コネがある裏返し。俺みたいな新参者なんぞ仲良くなっておいた方が良い相手。ここは友の仮面を被るべきなのだろう。いや、目的を果たす為無条件で被るべき相手。なのに時雨さんのことがある所為かいつもの如く仮面をさっとかぶれない。
 ・・・・・。
 辞めた考えるのがめんどくさくなった。アルコールの所為だな。なら酔いに任せて見るのも一興。
「なになに俺と線引きしちゃうの」
「いや、お前も半分は線を越えているぞ」
「えっ何それ」
 優しい俺が仲間だと教えてやると西村は鳩が豆鉄砲喰らったかのような顔をする。仲間外れが嫌じゃ無かったのか? 
「お前も魔を認識してしまった。今まで気にせず流していたことが流せなくなり、魔を認識し引き寄せる」
 魔に関わった者は魔から完全には逃げられない。魔に関わったのは不幸だ。知らずに過ごせる者に比べれば不幸だが魔に関わった瞬間この世からおさらばする不幸に比べれば、幸運だ。
 その幸運を大事に抱えて強く生きて欲しい。
「何それ怖い」
 紅かった西村の顔が真っ青に変わっている。アルコールという物理現象が気の持ちようという精神でどうにでも成るという例を俺は目撃した。
「だが悪いことばかりじゃ無い。認識したんだ逃げることも出来るさ。むしろ何も知らずに魔に引きづり込まれるよりいいかもな」
 酔っているのか俺は普段しないようなフォローを入れたりする。
「お前も友だ。何かあったら俺に連絡しろ悪いようにはしない」
 音羽がウィスキーグラス片手に言う姿、ひゅう男でも惚れちゃいそうなくらい様になっている。外見なら俺は一分の勝ち目も無いな。
「お前は言ってくれないのかよ?」
「勤務時間内なら相談に乗ってやるよ」
「この公務員」
 その後も他愛ない話が続いていく。
 息が合いそうに無い三人だったが、それぞれ個性の方向が違うだからだろうか意外と和やかに時が流れ終了となった。
「ふう~喰った喰った」
 店を出て人で溢れる繁華街の道を歩きながら西村が言う。
「二次会はどうする? 女は駄目なら、いいショットバーなら知っているぞ」
「おっ流石イケメン、かっこいいね~行くか」
 俺に言わせれば西村も十分イケメンだがな。意外と二人は馬が合うように見える。
 さて俺はどうする? このまま帰ってシャワーでも浴びて布団に潜り込めば、久しぶりの和やかな夜を迎えられるだろうに、そのささやかな夢を破る怒声が響く。
「邪魔だてめえらっ」
「見付けたぞ」
「きゃああ~」
 騒ぎの方を見ると、迷惑なことに人通り多い通りを塞ぎ柄の悪い男数人が一人の女性を囲んでいた。
「もう逃がさねえぞ。俺の運を返して貰うぞ」
 成金ヤクザ。
 赤シャツに金のタイ、白地に水色のスプライトが入ったスリーピースの上には長いマフラーを羽織っている上に手にはごつい指輪をじゃらじゃら嵌めた禿頭に顎髭の男。
 見ただけで素人は近寄らない。関わるなと警告を発してくれるある意味親切な男だ。
「ワンナイトラブを引き摺るなんて無粋ね」
 見事なまでに女。
 時雨さんやキョウとは違う。少女の殻を破った女、もはや成長の余地など無い完成された体は女である。そんな体を熟知し魅せることを知っている胸元が大胆に空いたレッドのドレスの上から毛皮のコートを羽織っている。
 強面に囲まれて女に怯える様子は微塵も無い。この女も素人じゃ無い、っということはどっちもどっちということか。
「その強気と体に惚れたんだがな。可愛さ余って憎さ百倍、取り敢えず事務所に来て貰おうか」
「女一人を大勢で囲んでエスコートするなんてなってないわね。あの夜の貴方にあった余裕はどうしたのかしら?」
「黙れっ。てめえだ、てめえを抱いてから俺に来ていた流れがどっか行っちまった。おかげで株で大負け、縄張りを掛けた麻雀勝負でも負け。 ・・・・・・」
 男が女に振られた恨みをグチグチ言っているようだが、今はそれよりも気になることがある。
「辞めろ。男女のいざござに首を突っ込むな」
 前に出ようとした音羽の肩を掴んで止める。
「美女の味方をするのが男の粋だろ」
 確かに粋だし格好いいが、それは俺がいない時にやってくれ。
 こちとら揉め事お断りだ。
「お前、長生きできないぞ」
「腑抜けた生に興味は無い。じゃあ俺は置いといてお前はどうなんだ? 一応公僕だろ」
 確かに身分的には音羽は一般人、俺は特殊とはいえ公僕官権様。
「民事不介入。
それにだ。美人が被害者で醜男が加害者と決めつけるのはどうなんだ? 案外醜男は美女に騙された被害者かも知れないぞ」
「そこまでクールには俺は成れないな。悪人だろうが善人だろうが美人を助けるのは男の本懐」
「おいおいおい、てめえ何やってやがる」
 いきなり怒鳴り散らし俺達の方に囲んでいた男の一人がやってくる。
 醜男と言ったのを聞かれたかと思ったが、俺をすっと躱して男は俺では無くその後ろスマフォを取り出し通報しようとしていた西村の前に立つ。
 しまった。女好きに気を取られ油断していた、チャラそうで意外と正義感の強いのが西村だった。
「何、通報しようとしてくれちゃってんの」
 男がガンくれながら西村のスマフォを取り上げようと腕を伸ばしていき。
 俺の胸に当たった。
「なんだてめえ、い・・・」
「うぎゃあああああ、殴られた~」
 チンピラの声を掻き消す大音量で俺は叫ぶ。
「痛い痛いっ」
 俺はいつもチンピラが善人にやっているようなことを先手を打ってやる。兎に角わめき立てて相手の思考を奪い去る。
「肋にヒビが入ってるっ~」
 嘘じゃ無い。元々ヒビが入っていた肋が完治してないだけ。
「何言ってやがるお前が勝手に割って入ってきたんだろ」
「警察に訴えてやる。誰か弁護士を呼んでくれ」
「うっ五月蠅い黙れっ」
 警察に反応して思わずチンピラは殴りかかってくる。
「正当防衛成立」
 本当は公務執行妨害も付けたいが、警察であることはあまり知られたくないので自重。
 拳をさっと内に躱してカウンター気味にすっと右手を男の首筋に差し込み押し込むと同時に男の足裏を払う。
「うぎゃっ」
 面白いようにひっくり返ってチンピラは地面に叩きつけられ気絶する。
 う~ん。修羅場を潜り過ぎた。実戦こそ最大の稽古の言葉通り、俺の技は一段上の次元に到達しているようだ。チンピラレベルじゃ相手にならない。
 兎に角今ならまだこの流れから脱することは出来る。相手はヤクザ、関わると後を引いてめんどくさい。さっさと退散有るのみ。
 俺が音羽や西村を連れて逃げようとするより早く俺の背後に回り込み叫ぶ奴がいる。
「お願い。助けて、悪い男に絡まれてるの」
 先程まで怯えた様子など微塵もなかったクセに、ここまで保護欲をそそる声を出せるものかと感心する。本当に見事に女だ。
「てってめえ、女の味方を気取るつもりかっ」
 白スーツの頭目らしき男が俺を睨み付けドスの効いた声で威嚇してくる。
「そんな気は・・・」
「きゃあ、助けて」
 俺の台詞を塗り潰す絹を裂く声。このクソ女。絶対男の方が犠牲者だろ。
 だが、この状況もうどうにもなるまい。
 だが、どうにもならないのをどうにかしてこその俺。
 俺はおもむろに常備している煙玉を地面に叩きつけるのであった。
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