第十八話 宣言と黄色い声と困惑

文字数 1,521文字

「ありがとうございました」
 ショッピングモール内にある大型書店。近年次々と書店が閉店していく流れに逆らうようにこれでもかというくらいの大型書店である。マンガ、文庫、雑誌の売れ筋から学術書まで揃えているその野心的な心意気は嫌いじゃ無い。
ここは、本に囲まれ、まだ観ぬ本のタイトルを眺めているだけで幸せになれる俺にとってのヘブンだ。先日完全敗北してしまった俺は傷付いた心を癒やすべく本棚の間を縫って歩き、新しい出会いを求めていた。
そんな俺の心にヒットしたのは『謀略の心得』、ビジネスから実生活において如何に相手を誘導し利益を得るかについて書いてある、まあハウツー本である。しかし今の俺にとってこのタイトルは心に響いた。よって、本日の出会いに感謝しつつレジで購入した。
さていい出会いはあった、カフェにでも行ってコーヒーでも飲むか。そう思って通路を歩いていると、向こうから紺のブレザーの上から紺のコートを羽織った3人の女子校生が向かってくるのが見えた。三つ編みと軽いパーマを掛けたロングにショートカットの三人娘で楽しそうに話をしている。それだけなら、道を三人揃って歩くな邪魔くさいと、さっさと自分の方が避けてすれ違ってしまうのだが、今は違った。
左端で静かに笑っているのは時雨さんだ。
どうする? 見つかる前に回れ右して逃げるかと判断する前に時雨さんと目が合ってしまった。
どうする? ここでやあ時雨さんと軽く挨拶して、その後他の二人に向かって、時雨さんの彼氏ですこれからよろしくねと挨拶するのか。
駄目だ駄目だ。そんな事したら次の日には時雨さんが学校中の噂になってしまう(※時雨さんはそのくらい可愛いもん)。なんで時雨さんみたいな可愛い娘があんなダサい男と付き合っているのと、どうしてとどうしてときっと恋愛がばれたアイドルのようにゴシップ記者と化した者達にいいように質問攻めにされ、時雨さんの可愛さに嫉妬している悪意ある者達に悪意の噂を流されてしまう。
そんなことになったら、時雨さんは嫌だろうな。
俺は時雨さんの傍にいる為に嫌な奴になったが、時雨さんに不幸に成って欲しいわけじゃ無い。出来れば俺とは関係ないところでは幸せになっていて欲しい。
時雨さんの幸せを守る為、ここは他人に徹して素通りするに限る。
時雨さんは俺と目が合い軽く会釈したが、俺は無反応。時雨さんの会釈なんて俺の後ろにいた人にしたんでしょって感じで脇に避け時雨さんの横を通り過ぎようとした。
何かに引っ張られた。
観れば俺の袖を時雨さんが掴んでいる。
「えっ」
「無視は酷いよ」
 時雨さんはちょっとむくれていた。
 その頬を少し膨らませ上目遣いに睨んでくるその顔も可愛いけど、俺の気遣いに気付いて欲しかった。
「ちょっとシグ、その人誰」
 パーマの方が猫のように目を輝かせて興味津々尋ねてくる。
「えっえっと」
 友達に聞かれて時雨さんは返答に困っている。だから俺を無視すれば良かったのに。しかし、ここで俺のことを彼氏とハッキリと言わない時雨さんに何か少しイラッとしてきた。
 これがもし俺で無く前埜さんだったら時雨さんはどんな反応をしていただろうか?
 考えると胸が締め付けられる。
 軋む胸に背を丸めるな、胸を張れ。苦しいときこそ強がれ。
 俺の気遣いを台無しにしたのは時雨さんの方だ。ならばもう遠慮することなどあるか。
 時雨さんには悪いが嫌な奴の俺にとっては好機。
 どうせ心は手に入らないなら、外張りを埋めてしまえ。
「俺は果無 迫。帝都大学 工学部 二年。時雨の恋人だ」
 俺が高らかに宣言し、女子二人は黄色い声を上げ、時雨さんはちょっと困ったような顔をした。
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