不思議の星のアリス

文字数 2,624文字

こちらが私どもの星でございます。
アリスちゃんの星は不思議な星でした。
昔はみんなから「不思議の星のアリス」と呼ばれたものです。

それは、美しい緑色をした星と、灰色のコンクリートのような殺風景な星の二連星でした。
ほほう、ふたご星とは変わっておるのう。
いっぽうが上司の星、そして、もういっぽうは部下の星でございます。
そなたの星はどちらじゃ。あの美しい緑の星かえ?
いいえ、殺風景なほうの灰色の星が私の星でございます。
見れば、灰色の星には、コピー機が一台と、星の裏側に給湯室があるだけ。

その寒々とした有り様に王妃様は胸を痛めました。
寂しそうな星じゃな……。
OLとはそのようなものでございますれば。
そういうものか。
はい。ですが、このような星でも、お茶会が開けます。給湯室がありますから。
そうか、それは慰められるのう。
はい。今日は王妃様がいらっしゃったので、初めて他の誰かとお茶会が開けますわ。
ちょっと痛々しくて作者の私も切なくなってくるほどです。

しかし、それでもアリスちゃんは王妃様に向かって健気に微笑み、そして、タイトスカートの端を摘まんで行儀よく持ち上げながら腰を屈めてもみせるのでした。
それでは、あちらの緑の星が?
はい。上司様の星でございます。
なるほど、言われてみればその星は、短く刈り揃ったきれいな芝生に覆われております。

いかにも草食系が好きそうな星です。
……食べるには困っておらぬようじゃの。
零細企業ではございますが、おかげさまで。
で、上司殿はどこにおるのじゃ?
王妃様か゛そう尋ねたとき、折よく緑の星からポコーンという音と共に小さな白い球が飛んできて、王妃様の足元に転がりました。
これはなんじゃな?
ゴルフボールでございます……。
アリスちゃんは王妃様の前であることも忘れて、いまいましげな深いため息をついてしまいました。
ゴルフ……。
はい。上司様のお仕事でございます。もう、夢中なのです。
見やれば、その緑の星の地平の向こうから、ゴルフクラブを担いだハンサムな男のが、球を探してやって来るではありませんか。
やあ、どうも。飛ばしたボールがこちらに来ませんでしたか?
上司様は、見目麗しい王妃様を目にしても何の感心も示さず、ただただ自分が飛ばしたゴルフボールの行方だけが気になる様子。

王妃様は合点がいきました。
なるほど、これが草食系男子というものじゃな。
上司様は、なかなか高雅な見た目をしておりました。

金色の髪は飴細工のようで、どんな女の人でも、柔らかなその光る毛髪に手を差し込んで梳いてみたいと思うことでしょう。

スーツもばっちりと決まっておりました。とても威厳をそなえて見えます。

更に言えば役職は「総統」でしたから、これは王妃様とほとんど並ぶほどの高い地位なのです。年収もきっと申し分ありません。

ですが、ひとつだけ。
あの顔色……病弱なのではあるまいな?
王妃様はつとめて顔に出さぬよう気を使いながら、小さな声でアリスちゃんに囁きました。

これは、やんごとなき身であり、誰に対しても遠慮をする必要のない王妃様としては実に珍しいことです。

上司様の顔色はそれほどに、我が目を疑うほど青かったのです。
……?
まどろっこしいことを抜きにして言えば、見た目は「宇宙戦艦ヤマト」のデスラーでした。

二連星も、灰色の星がガミラスで、緑の星がイスカンダルみたいなものだと……まあ、そう思っていただければ。

ご存じない方はご存知ないでいっこうにかまいません。

あと、上司様の顔色についてもうひとつ言うなら「使い回し」などではありませんからね!

上司というのは組織の中の人間です。組織には予算があり、できる上司はコストカットに厳しいものなのです。「使い回し」ではなく「合理化」なのです。色々大変なんです!
……。
さて、王妃様の耳打ちに、アリスちゃんはうなだれました。
病気ではありません。しかし、グイグイと来ることなど全く……。
さもあろう、さもあろう。
王妃様は頷きました。
こんな青い男の人が、グイグイなどとは想像もつきません。
ああも青くてはのう……。
青いことはいいのです。
畏れ多くも、アリスちゃんは異議を申し述べました。
これも譲れないところだったのです。
よいのか?
はい。あの青いお肌……冷酷そうで、残忍そうで、とっても素敵。
と、頬まで染める始末。
……クールですわ。
そういうものかのう……。
王妃様は不服でした。

どうやらここに来て話が合わないというか……萌え所って各人各様で難しいですよね。

とにかくアリスちゃんはそっち系だったのです。
肌の色にとどまらず、角が生えていたりも好きでした。
ハイネル様ぁ~。
……とかそういうアレですね。
青いのは……いいのです。
大事なことなのでアリスちゃんは二回言いました。
しかし、うっとりとばかりもしておれません。
ですが……ですが! 毎日毎日ゴルフばかり! これではとりつく島がございません!
ついに、その不満をぶちまけたのです。
殿方であれば、もっとグイグイと来て頂きたいのです。そう、放射能爆弾を遠くの星までバカスカ何発も撃ち込んで、滅亡に追い込むぐらいに迫ってくるのが良いのです!
ぶっちゃけついでに過激なことも言いましたが、ここは聞き流しておいてあげてください。

それだけイライラが募っていた、ということですね。
それで、『人類滅亡まであと何日』というテロップが流れちゃうぐらい肉食の、俺様上司になって頂きたいのです。
やめて下さい。迷惑ですから。
それは聞き流せません。

しかし、実際にそこまで情熱的に迫られたいという憧れは理解できなくもありません。「もうどうにでもしてぇ~」というのはロマンです。
そなたの申すことはよくわかるぞえ。
王妃様も、我が身に降り注ぐ放射能爆弾を思い描いてうっとりとしました。

ここの部分の趣味は合うようです。
どうかされましたか?
そんな女二人の気持ちなど、まるで頓着せずといった様子で、上司様はただニコニコと微笑んで佇んでおりました。

せっかくなのだから「ひとつご一緒にラウンドしませんか、ご婦人方」と誘うぐらいすればいいのに、まったく草食系男子ときたら!

……ところが、そうではなかったのです。
フフ……アリス君、どうやら誤解をさせてしまったようだね。
無関心のようでいて、実はしっかりとヒソヒソ話に聞き耳を立てていた上司様は、ニヤリと顔を歪めて言いました。
……!
……!
そのニヒルな口元のセクシーさに目を奪われ、アリスちゃんはドキッとしました。王妃様もハッとしました。
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登場人物紹介

王妃様

小さな星でひとり暮し。

パイナップル

頼んだ憶えはないのに届いた。

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