殿方のタイプ

文字数 2,424文字

王妃様の疑問も、もっともなことでした。

スーツでビシッとした仕事のできる上司が強引にグイグイ来て、かと思えば突然そっけなくしたり他の女の影を匂わせたり、それでいて気のある素振りも見せるとあっては、そんな展開、月間ランキングもトップ確実。

★が五つのレビューがズラリと並びそうです。

どこに不満があろうかというもの。
それが……。
アラサーのアリスちゃんは哀しい表情を浮かべました。
私の上司様は、そのような上司ではないのでございます!
なんと!
危うく王妃様は腰を浮かせてしまう所でした。

内心、人材派遣会社に電話して午後一番にでも上司を一名、発注かけようと考えていたので――これは早まった真似をしなくて済んでよかったと、こっそり胸を撫でおろしました。
そうではない上司もおると申すのか!
そうなのでございます! 王妃様!
アリスちゃんはもう泣き出しそうな顔をして訴えました。
グイグイと来ぬと申すのか!
はい、王妃様。
そっけなくしたりもせぬと?
はい、王妃様。
それでいて気のある素振りも見せぬと!?
そもそも、興味があるのだかないのだか……いいえ、きっと私の上司様は私に興味などないのだわ!
アリスちゃんはついにこらえきれなくなってシクシクと、さめざめと、そして最後にはおんおんと声を上げて泣き出してしまったのです。
上司の風上にも置けぬ……不埒な!
これには王妃様も、怒り心頭でした。断じて許せません。
王妃様は女性ですから、当然、全ての女性の味方なのです。頼もしいですね。
ですが……ですが、王妃様。それはしかたのないことなのです。私の上司様は……
王妃様が自分の為に憤慨してくれたことは嬉しかったのですが、「首をはねておしまい!」などと言い出しそうな勢いでもあったので、アリスちゃんは慌てて涙をぬぐい、弁護をしました。
……草食系なのでございますれば。
草食? ヤギか何かなのかえ?
いくらスーツが似合っても、ヤギではのう……。
ヤギではございませぬ。
それはよかった。
……この場合の草食というのは、殿方のタイプのことでございます。
ほう?
王妃とは世間を知らぬもの。
キョトンとした顔の王妃様にアリスちゃんは説明しました。
俺様とか、ワンコとか……色々とあるのです。
ワンコか。ワンコはわかるぞえ。犬のことであろう。
そうでございます。
ちょっと違うのですが、アリスちゃんは、はしょって答えてしまいました。大差はないと思ったからです。実際、大差ありません。
たとえば、先ほど申し上げた上司は俺様上司といって肉食でございます。
ふむ、ふむ。
ワンコと申しますのは……
知っておるぞ、バターを食すのであろう。
王妃様はここぞとばかりに言いました。
ようやく自分の得意分野の話になって来たと思ったのです。
それは違……いいえ、その通りでございます。
アリスちゃんは敢えて逆らわないことにしました。
アラサーともなると、少女であっても世渡りというものを憶えます。
さもあろう、さもあろう。
そして……私の上司様は草食なのでございます。
……ううむ?
わかったような、わからないような。
王妃様は首を捻りました。

そこでアリスちゃんはもっと別の説明をすることにしました。
私にはドロシーという名の妹がございます。
ほう?
具体的な例が挙げられて王妃様も興味を持ったようでした。
恥ずかしながら、ドロシーは乱れた女なのでございます。
おお……。
乱れた女という部分に強く反応して王妃様は期待に胸を膨らませました。
それで……どうじゃな?
妹には三人もの男がおります。
おお、それは乱れておるな。
はい。それはもう。
二人の会話も、阿吽の呼吸になってまいりました。
その三人の男というのが、それぞれにタイプが違っているのでございます。
ほほう、またそれか。
そうでございます。
肉食というのはおるのか?
ライオンです。
バターは?
ブリキのきこりでござます。油をさします。
うむうむ。
王妃様は頷きました。今度の話はとてもわかりやすかったのです。
なるほど、それで最後の一人は草食なのであろう?
左様でございます。かかしです。
あいわかった!
パンタロンの膝を「パン!」と手で打つと、王妃様は声を大きくして言いました。
ワラでできておるからのう!
左様でございます。
なるほど、そういうものであったか……。
王妃様は殿方のタイプについて、草食系男子について、完璧に理解をすることができ、とてもスッキリとした気分になりました。

わからなかったことが、わかるようになるというのはとても爽やかで清々しいものです。

それは、オナニーの済んだあとのように、人の心を晴れ晴れとしたものにさせてくれます。
それで、そなたの上司はかかしなのじゃな。田んぼに立っておるのが仕事か。
違います。
今度ばかりはアリスちゃんも譲りませんでした。

いくらスーツが似合っていても、かかしが上司では、部下の自分は一体何の仕事をすればいいのか見当もつきません。

そもそも、かかしはお茶汲みもコピーも伝票処理も要求しませんし。
忙しい時に限ってエクセルの使い方を尋ねてくることがないのは助かりそうですが。
かかしではございません。仕事も、もっと上司っぽいことをしております。
……?
上司っぽいことと言われても、王妃様には見当もつきません。

さっきの話では上司とはグイグイ来たり、そっけなくするものなのに、それがそうではないということでした。

それでいて「上司っぽいことをしている」とは?

たいそう面妖ななりゆきです。
せっかくスッキリしたというのに、またわけがわからなくなってしまったぞよ。
王妃様は眉をひそめました。

しかし、王妃様はたいへん美しかったので、眉をひそめたそのお顔つきもたいそう絵になったのです。
かくなる上は、そなたの星へと案内せよ……!
王妃様は決然として言い放ちました。
色々と教えてくれた礼じゃ。その草食上司とやらに直接会って物申して進ぜよう。
おお……もったいなきお言葉……!
アリスちゃんは感激して、その身を打ち震わせました。
そして二人は旅立ったのです。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

王妃様

小さな星でひとり暮し。

パイナップル

頼んだ憶えはないのに届いた。

ダイレクトメール

素晴らしい思いつきを、あなたへ。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色