Mirror, mirror, on the wall(鏡よ、鏡)

文字数 1,591文字

とても大きな美しい月が昇る星に、たいへん美しく、上品でお行儀の良い淑女さまがおりました。
世界で一番美しく、しとやかで女らしいのは私ですわ!
……ちょっとプライドが高すぎるのが欠点でしたが、まあそれぐらいは大目に見てあげましょう。

なにしろ淑女さまときたら、立てば淑女、座れば淑女、歩く姿は淑女のよう。

と、それはもう完璧なほどに「淑女の鑑」でいらっしゃいましたから。
淑女というのは、いつでもハンケチを出せることですの。
淑女というのは、お口に物をいれたままお喋りをしないことですの。
淑女というのは、トイレでお花を摘むことですの!
けっこー大変で努力が必要なんですよね。

それだけではありません。

慎ましく、ガッつかず、「男性に興味なんかないわ」っていう顔をして過ごさなくてはなりません。
フラゲ日お届け……いったいどういう意味ですの?
聖川真斗様……? 存じておりませんわ。
お味噌汁? 音を立てて召し上がる飲み物はちょっと……。
他の子たちが盛り上がっていても素知らぬ振り……これにはフラストレーションがマッハです。

淑女といえども女の人ですもの、やっぱり男の人には興味があったし、人並みかそれ以上に素敵な恋愛に憧れていたのです。
(あああ、私だって、私だって……)
ぶっちゃけて言えば、本当は自分だって「うたの☆プリンスさまっ♪」がやってみたかったのです。怒涛のプリツイに即リプしたかったのです! いいねコンプにオールしちゃったとか呟きたかったのです!
(でも、そんなはしたないこと、淑女はしてはいけませんもの……)
こんなですから、出会いの機会は限られています。

更に困ったことには、淑女さまの好みのタイプの男性は、自分と同じように奥ゆかしい方なのでした。

アイラブユーを、
「月が綺麗ですね」
……と、言い換えちゃうようなタイプです。

そんなものですから「初エッチは付き合い始めてから〇か月後」どころではありません。

そもそも、相手からの告白にこぎつけるまでに気が遠くなるような忍耐が必要とされます。

それでも、辛抱に辛抱を重ねる。それが淑女道。
そう信じてひたすら受け身。

いわば、淑女とはお肉を食べたくても食べられない肉食獣なのでした。

(それでも、いつの日か……いつの日にかきっと素敵な殿方が私を……)
しかし、ある日。
僕なんか、淑女の鑑である貴女に釣り合いません。
そう言って、ハンサムで奥ゆかしい素敵な紳士の王子さまが自分磨きの旅に出てしまわれたとき、ついに淑女さまはブチ切れました。
もうたくさん! 女らしくすればするほど愛されない世の中なんて間違いですわ!
これからは好きに生きる。そう決めたのです。

心のダムが決壊してしまったのですね。

そうして、鬱々とした青い霧と針葉樹に囲まれた古城にこもり、たった一人で暮らし始めました。

お城には鏡がありました。
鏡よ、鏡。世界で一番美しいのはだぁれ?
淑女さまがそう言って鏡を覗き込むと、もちろん、映し出されるのはご自分のお姿です。
鏡よ、鏡。貴方が愛しているのはだぁれ?
再び鏡を覗き込みます。

鏡はおくゆかしく何も語りません。ですが、映し出されるのはやはり、淑女さまのお姿なのです。

なんという画期的なシステムでしょう!
オーッホッホッホ! 笑いが止まりませんわ! 初めからこうすれば良かったのよ!
そう。

王妃様は鏡を恋人にすることを思いついたのです。
ダーリンは私に首ったけですのね!
そしてそれは、やってみると存外、たまらないものがあったのです。
ダーリンったら、こんなところに曇りが……今拭き取って差し上げましょう。大好きな私の姿がよく映るように……きゅっきゅっきゅっ♥
こんな調子で日がな一日中、いちゃいちゃとして過ごしておりました。

お城には他に鏡はありませんでした。

なんといっても淑女ですからね。
昔の言葉でいうと「二夫にまみえず」。操を守るというやつです。

それぐらい徹底した暮らしぶりでした。
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登場人物紹介

王妃様

小さな星でひとり暮し。

パイナップル

頼んだ憶えはないのに届いた。

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